第十二話 ヘルネス
ユサと商店街を歩いている。こうして歩いていると、兄妹というよりは親子にも見えそうである。と、さっきユサに言ったら今不機嫌なのであります。
テラは言葉を探しながら歩く。
「ユサぁ。そろそろ許してくれよ。恥ずかしいから。」
「ダメです。このまま一日過ごします。」
「マジかよっ!一日かよ!」
その罰として手を繋いで歩いているのだ。しかも普通に繋ぐのではなく、なんというのか。この指絡めるような繋ぎ方。
手汗止まんない。
「はぁ...。トイレぐらい外させてくれよ。」
「ダメです。」
「はぁ?!」
ユサはこちらを睨みつけながら言った。なんとも可愛らしいのだが、今は真面目にトイレに行きたい。
「漏れそうなんだよ。」
「み、見ててあげますよ。」
これを見逃さなぁい!
今の一瞬の動揺。そう彼女は、動、揺、したのである。これはチャンスだ。妹でもあるため少し抵抗はあるが、思い知らすためには丁度いい機会だ。
「そうですか。じゃ失礼しますぅ。」
「えっ!?あ、いやっ兄さん待って!」
おもむろに、ユサと固ぁく握りあった手を離さず男子トイレに入ろうとする。だが流石ユサも抵抗した。
「なんだなんだどうした妹よ。さっきの威勢はどこへ消えたのか。」
ユサが涙目になりながら必死に手を離そうとする。だが、テラは離さなぁい。
「すみません!私が悪かったです!離してぇ!」
「分かったならよろしい」
テラはゆっくりと手を離した。ユサは顔を真っ赤にしている。
「うむ。可愛いぞ。」
「兄さんの馬鹿。」
そしてトイレに入り、済ませる。
はぁあっ!すぅっっきりっ!
ずっとユサに連れ回されて貯めに貯め込まれたものたちは荒れ狂う寸前だった。服屋にいって新しい服を買ったり、食べ物を買ったり、生活に必要なものを買ったり。色々楽しかった。もうそろそろ昼なろうとしているが、まだ買い物を続けるのだろうか。
手を洗い、外に出るとユサがモニターをいじっていた。
「何やってんだ?」
「ラズミが操作を解除してくれたので私が操作を任されたんです。それで今トランスフォートをステルスで隠したのでそれを今近くに運んで解除しているんです。荷物も多くなったので一旦しまいましょう。」
「そうだな。」
解除、ということはゴッツォに戻れるのではないのか。と言いたかったがもうそれは散々あの後喋ったことだった。
もう戻れなのだ、と。
彼女に言われるがまま荷物を持って歩く。茂みの中に入っていき、広いところに抜けると
そこに要塞があった。
ユサがドアを開けて荷物を中へ運ぶのに続いて大きな荷物をテラが中へ運んでいく。すると前にひょこっと角が見えた。
「あれ?早いですね!お帰りなさい!」
ノラが笑顔で声をかけてくれた。シラも奥でヒラヒラと手を振っている。とりあえず食い物をキッチンに置き、服をテーブルに置く。
「よし。オッケイ。」
「ありがとうございます。あと兄さん。しばらく私はここで荷物の整理をするので夕方ぐらいに最初に降りたところに来てください。迎えにいきます。まだこの街は抜けませんが、家にいたほうが安全なので。それまでは自由に街を見てきてください。まだ見てないところがあると思われます。」
ユサは食材をしまいながら言った。街の人達に色々聞くチャンスなので有難く言う事を聞いた方がいい。
「分かった。じゃ行ってくる。」
「テラ君!ちゃんと私も見てるからね!」
ノラが少しニヤニヤを挟んだ笑顔で言った。
「分かった分かった。じゃあな。」
テラはまた家を出て街へと歩いた。商店街に出るとやはり圧倒される。色んな人がいる。しばらく関心しながら色んな種族の店に行った。それぞれの種族に独特の文化があり、ここはそれらを互いに認めあっている、多様性主義の国のようだ。どの種族にも付かず、みんなが過ごしやすいように造られている。
「すげぇなぁ。温かい街だ。」
ソレイユ"太陽の街"と呼ばれるのも納得できる。
またそこで買った昼飯を食べながら歩いていると、何やらザワザワしている群衆を見つけた。遠巻きに見てみると真ん中で何やら男が騒ぎ立てていた。
「俺はやってねぇんだよ!盗んでねぇよ!何でだよ!」
窃盗事件の模様。
「いーや。俺ァ見てたぞ嘘つかねぇで吐けごらぁ!」
群衆はワキャーワキャー言っているがテラはボケェと眺めていた。すると後ろから誰かに方を叩かれた。テラはその方を見る。そこには白い髪の美しい青い目を光らせる男がいた。
「見てて楽しいかい?」
そう男は言った。テラは、もう一度騒ぎの方を見直す。
「んん。俺が今ところではあんまりこういう光景っないから俺にしては、貴重かな。」
「ほほう。面白いこと言うな。」
男はそう言って微笑んだ。そして手をヒラヒラさせながら群衆に近ずいていく。人々をかきわけて彼は口論をしていた二人の前に立った。
「落ち着け、お前達。ここで言い争ってもしょうがない。役所へ行け。そうすりゃ解決する。とりあえずここで騒ぐな。いいな?」
男がそう言うと何事も無かったように解散していった。二人の男も役所の方へ向かっていった。
彼はみんながいなくなったのを見てこちらに振り返った。
そして近ずいてきて言った。
「暇か?」
「......まぁ。てかお前誰だよ。」
テラは低い声でゆっくりと言った。でも彼はそんなこと気にしないでニヤッと笑った。
「俺はシリウス!よろしく頼む!」
彼に連れられてある店へ来た。なんとも静かな人気のない場所にある酒場。看板には「キュレネ」と書いてある。シリウスはその店のドア勢いよく開けて入っていった。
「うーす!久しぶり姉さん!今日も綺麗だねっ」
「はいはい。変なこと言ってないで。ん?後ろにいる子は誰だい?シリウスさん。」
よく響く声が耳の中を共鳴する。なんかとても懐かしいような声だった。耳に残るような声。
「ん、そういえば名前聞いてなかったな。なんてんだお前?」
「いや、あった時聞けよっ!ったく。俺はテ、」
自分の名前を言いかけた瞬間シラの警告を思い出した。
"そとに行ったらテラとは名乗らない方がいい。念のため。"
という警告を。
シリウスと店の女性がテラを見つめている。そしてシラとノラに命名された名前を言う。
「俺の名前はテレス。よろしく頼む。
そういった途端店が少し静かになった。というか元々客がいなくて静かったが。
「......テレスね。よろしくテス。私はサラよ。そしてそこで本読んでる子はアオイ。いっつも黙ってるけど優しくしてあげてね。」
サラと名乗った女性は笑顔でそう言った。とてもカッコイイといか、勇ましいといか。存在感のある女性だった。そしてアオイという女の子の方を見ると、静かで気づかなかったが確かにそこに女の子がいた。金髪ツインテール幼女というと手っ取り早い。
「おーい。テス。女の子を見つめるとか気持ち悪ぃぞ。」
シリウスが耳元で囁いた。テラはビックリして飛び跳ねる。
「うわっ!何すんだ!テメェ覚えとけよ!」
「そんな感じだと、覚えとけよとか言っても自分で忘れる感じだな」
シリウスは笑いなごら言った。なんか久しぶり腹が立ってきた。懲らしめてやりたい。
「シリウスとか言ったか?お前ぇ。この野郎!」
「覚えてろよってまた言いかけたな。」
「......っ。」
テラは言い返せず黙りこむ。やられた。
「まぁそう悲しむな。俺はお前と話したかったんだ。さぁ飲め!」
「飲めるか!未成年だわ!」
「ジンジャエールだぞ?飲めねぇのか?」
「クソ」
テラはチビチビと飲む。その光景を見ていたサラが笑いながら言った。
「テス面白いね!あんた気に入ったわ。どっから来たのよ。」
「それだよ。俺も聞きたかったんだ。」
二人に見つめられるとなんだかドキドキする。そのまま美男美女である。でも冷静になるとふと思う。ゴッツォは忌み嫌われているため、やはり言わない方がいいのだろう。と。
「俺は生まれはよく分かんねぇんだ。生まれてこのかたずっと放浪してたからさ。」
「放浪してたところでは窃盗は少なかったのか?」
テラは少しヒヤッとする。だが表情には見せない。そして深く息をすって答える。
「まぁ、そうだな。無かった。」
「ほほう。旅のほうは楽しいか?」
シリウスが興味深そうな顔をして聞いてきたため、それっぽく答えてみる。まぁ事実なのだが。
「色々大変なこともあったけど、家族とか仲間に支えられてやっとこさここまでこれたんだ。」
「ううっ。そんな顔でしみじみと言わないで。お姉さん泣きそう。」
サラが涙目になっている。早い。まだ早い。
シリウスはというとなんな号泣している。
「すまん!大変だったなテス!とりあえず飲め!で家族とお仲間の話を聞かせろ!」
肩を揺らされて左右にテラは揺れる。ここに馴染んできている自分を不思議に感じながらも悪くないような気分に浸る。
「話すと長くなりますけどいいんですか?」
二人は深く頷いた。
しばらくベラベラと要塞生活について色々隠しながら喋っていると、シリウスがよって寝いた。
「あれ、シリウスさん寝ちゃったか。いやぁ、それにしてもテスの話は面白いね、いつかその ユサさんシラさんとノラさんに会ってみたいわ。」
サラがシリウスに奥の部屋から持ってきた毛布をかけながら言った。なんだかとってもキレイな人だった。
「サラさんはどんなことをしていたんですか?」
何となく聞いてみる。するとサラさんは少し照れくさそうに笑いながら話してくれた。
「んん。なんと言うか私ね、元々ハンターだったのよ。獣とか魔物とか色々狩出てたんだけど、疲れちゃって今はこの有様。嫌だ嫌だ言って継がなかった店を継いだわけ。情けないでしょ?」
「......そんなことないですよ。」
情けなくなんかない。この人は戦ったんだから。
「...そう、ありがとう。」
サラさんは優しく言った。そういえばだが、自分はシリウスについても何も知らなかった。
「シリウスってどんな奴なんですか?」
「シリウス?んん。彼ね、なんか少しお上の人っぽいんだよね。あんまり喋ってくれないんだよぉ。でも只者ではないわね!」
サラさんは何やらウキウキした感じで答えてくれた。なんか誰かに似ていると思ったのだが、誰だか思い出せなかった。
しばらくまたベラベラと喋っていると夕方になっていた。そろそろユサとの約束の時間である。
「じゃあ、俺そろそろ出ますね。ありがとうございました。お代出しときますね」
「はい、どうも!また遊びに来てね!」
彼女はそう言って見送ってくれた。
日が地平線のギリギリに伸びている。それを眺めながら最初の場所へ行く。
あぁ、なんかもう少しあそこにいたかったなぁ...
とテラはしみじみに思っていた。
しばらく黙々と歩き続けて裏路地から大通りに出ようとした。
その時だった。
「きゃぁぁあああっ!!!!」
悲鳴。テラは一瞬、記憶がフラッシュバックしてパニックになりそうになったがギリギリ止まった。
とりあえず状況を把握しないと......
と思った矢先、大勢の人にぶつかった。
「逃げろぉぉおおお!ここから逃げろぉぉおおお!」
「助けてぇ!!」
「走れ!速く!!」
みんな同じようなことを言いながら街の中心部の方へと走っている。
「............。」
テラは人々の流れに逆らって進んでいく。
嫌な匂いがする。ドス黒い、血のような匂い。二度と嗅ぎたくなかった匂い。なのに...
「どこだ......。」
テラは進み続ける。ひたすらぶつかってぶつかって。そして、何かが見えた。
青黒いコートを羽織った集団が遠くから近づいてくる。そして血の付いた剣と死体を掲げている。
殺してやりたい。
この世にいちゃいけないやつら。
「我々はヘルネスッ!!無駄な抵抗はよせぇ!!然もないとこうなるぞォッ!!!」
低い地鳴りのような声が響く。それと共に一人の男が首を絞め上げられていく。見覚えのある人。誰だっけ。
「ぐああっ!!やめ、て、...く」
「やめてぇ!!その人を下ろしてぇ!!!!」
あぁ、朝ついた時初めて声をかけてくれた二人だ。逃げられなかったのか。無理だよ諦めろ。諦めろよ。
なのに、足は止まらない。
「へへぇあ?苦しいかぁ?」
「よせ、バロ。俺らはここにいる英雄さまに用があって来たんだぞ。」
「知るかぁ。こいつは死ぬ。てか殺すんだぁ。」
「がぁっ!!!!」
「やめてぇ!!」
無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情無情
テラは背中に背負った大剣を握った。なぜだか分からないが、この剣を握っていると力が湧いてくる。なんでもできるような気がしてくる。
「やめろよお前。」
テラは"バロ"と呼ばれた男の前に立った。そして首に剣を突きつけた。
「うぉお。こりゃ厄介な奴が来たなおい。この剣ただモノじゃねぇよ。ライフがよぉ。」
バロがそう言うと首をしていた男を離した。
「できればお前とは関わりたくねぇなぁ。坊主。」
「俺もだよ。」
テラは男とその近くにいた女を連れて彼らから離れようとした。しかし、目に止まったのは数え切れない量の死体。
「...............。」
そして信じられない光景がそこにはあった。
信じたくない。絶対に嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
ユサの死体。
「よし、十分人質はとった。これで英雄気取りの馬鹿をおびき出すぞ。そろそろガキが連れてくるはずだ。お、来たぞ。」
血の匂いは、狂気の餌。
テラは二人を裏路地に返すなり走り出した。
ふざけた奴らに。
「死ねぇぇぇぇえええええ!!!!!!」
「うわぁー、来んなし。」
テラは呆気なく吹き飛ばされた。そして吹き飛ばした男が近寄ってくる。その顔は絶対に忘れない。
「あれぇ?確かにその剣からは馬鹿みたいに強いライフが宿ってるけど、お前の中身は空っぽだなぁ。」
そう言うと周りの奴らも笑い出した。言い返そうとするが、吹き飛ばされた衝撃で動くことができない。骨を折ったかもしれない。
だがその痛みよりも、怒りが。
「許さねぇ!絶対に許さねぇ!」
「いいよ別に。もう許されるようなことしてないし。」
テラは悔しさと悲しさで涙を滲ませる。嗚咽が止まらない。また何も出来なかった。
「おぉ、おぉ、泣くのか?子供かよ。」
また笑われる。皮肉だ。こいつらを見返してやれるほどの力があれば。
テラは土を握って嗚咽を鳴らす。
なんでいつもこうなのか。
神様は無情な上に冷酷だ。
「待ちなさいその人を離して。」
「おぉ、来たか同志よ。そいつが英雄か?」
「そうよ。もう私達の任務は終わったわ。やることなんてもう無いのよ。」
そこにいたのは、金髪ツインテール幼女。
「んじゃ撤退すっつぉ!お前らぁ!!」
集団が街を出ていく。テラは力を振り絞りその幼女の足をつかむ。
「ア、オ...イ、なのか?」
「そんな人知らないわ。もうここから離れることね。」
アオイだった。確かに。だが、追いかけられない。
「待て、って。」
テラの伸ばした手は彼女には届かなかった。あの悲愴の目を。なぜそんな目を見せるのか。
彼らは夕日に消えていった。
テラは残りの力を振り絞ってユサのところに向かう。そういえばよく見るとここが初めて降り立った場所だ。ユサを抱える。そこでユサがまだ呼吸しているのに気がつく。
「ユサ?ユサっ!聞こえるか?俺だ!テラだ!」
ユサは少しだけ目を開けて、テラを見つめてきた。もう、息が切れかかっている。
「兄さん......。生きて。」
彼女はそう言ってまた目を閉じた。
「なんで?」
泣くことしかできないのだろう。
テラは月が登っても泣いていた。血と涙が入り混じった匂いがする。テラは泣き疲れて横になる。
そして、静かに眠りに落ちた