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その14

 馬を手に入れたノルンはようやく正式な国境騎馬隊の一員となったが、実戦に出るには充分な訓練を受ければならなかった。基本となる騎馬の隊形が主で、体術、武術、馬術、警笛の合図など学ぶことは多い。

 今日の体術の訓練に、早速ノルンも参加することになった。対戦方式なので、ノルンはハールと組む。


「訓練、始め!!」


 フォルセティの号令で、隊員達が身構えた。ノルンも護身程度ならセイムダムに習っているのが、果たしてどのくらいのレベルなのかは計り知れない。


「かかってこいよ」


 女みたいな(実際は女なのだが)ノルンに負ける気はなく、ハールは親指で鼻を弾いて挑発した。互いにじりじりと間合いを詰めて攻撃の瞬間を窺う。そして、先に動いたのはノルンだった。

 ノルンが素早く相手の懐へ飛び込み、ハールのみぞうちを狙ったが寸前でかわされる。お返しとばかりに彼の拳がノルンの胸元を抉った。

 

 力では男のハールには敵わないが、敏捷性と体勢を崩さないバランス感覚でノルンはなんとか食らいつく。そして、「止め」の合図で二人は肩で息をしながら離れていった。

 ハールがタオルで顔の汗を拭いていると、フォルセティが手招きする。


「どうだ、使いものになるか?」

「あー、まあまあですかね」


 ハールは余裕ある態度を取ってみせたが、実は途中からかなり本気だった。そのくらいノルンの実力はあったのだ。型に忠実で相手の急所を的確に捉える動きは、然るべき騎士に指導を受けていたに違いない。



 午前中の訓練が終わり、隊員達は食堂へ向かった。皆トレイを持って一列に並び、調理場の女達が料理を注ぐ。当番のミーミルは、ノルンの番になると仏頂面で器に料理をよそった。


「あれ? こいつの肉団子、やけに多くないか?」

 

 スープの肉団子の数が明らかに差があるので、ハールがノルンの肩越しに指摘する。


「そ、そんなことないわよ!!」


 目を剥いて怒り出したので、「ぼくのと替えようか?」とノルンが提案すると、ハールがしかめっ面で首を左右に振った。


「やめとくよ。なんか知らんけど、ミーミルが怖い顔で睨んでるしさ」

 

 呪いをかけているようなミーミルの形相に、ノルン達はギョッとした。



 夕方、ノルンが馬の世話をしていると、厩舎にミーミルがもじもじしながらやってきた。そして、唐突に紙袋を押しつけられる。


「これは?」

「ちょっと作り過ぎたから、あなたにやるわ」

「ぼくに? なぜ?」


 怪訝そうなノルンに、頬を赤く染めてぶっきらぼうに答えた。


「あなたしか甘い物、食べそうにないでしょ!! そのくらい分かりなさいよ!!」


 そそくさと立ち去るりゼットに、ノルンは紙袋を胸に抱いて茫然とした。中を覗くとチョコチップ入りのクッキーで、一つ取り出して口にすると甘さが疲れた体に沁み渡る。

 - ぼくって甘い物が好きそうな顔をしているのかな。

 

 ミーミルの意図が分からず、首を傾げながら宿舎に戻る途中でエルデイルと出会った。白衣を着ていると、医者らしく見えるから不思議だ。


「同じ敷地にいるのに、なかなか会わないものね」

「ほんと。怪我でもしない限り無理かな」


 二人はクスリと笑った。エルデイルの視線が紙袋に注がれたので、ノルンが差し出す。


「わあ、クッキーじゃない!! 一つ、いいかしら?」

「どうぞ。ミーミルからもらったんだ」

「へえ、あの子が作ったの?」

「なんでも作り過ぎたとかで」


 すると、エルデイルはクッキーを眺めて含み笑いをした。チョコチップ入りのクッキーは、自分達で食べるにしては贅沢すぎる。明らかにノルンのために作ったとしか思えないのだ。


「ふうん。あなたに……ねえ」

「なに?」


 意味深な台詞に、ノルンが眉を顰める。


「美味しかったわ。ごちそうさま」

「待ってよ。気になるじゃないか」


 エルデイルは「そのうち分かるわよ」と、にこやかに手を振って行ってしまった。


「お前ら、仲がいいな」


 背後からの太い声に、ノルンが振り返ると今度はフォルセティだ。


「まあ、見てくれもそれなりだからいいとは思うぞ?」

「何の話ですか?」


 エルデイルにせよフォルセティにせよ、今日は訳が分からないことを言っている。せっかくだから、彼にも食べてもらおうと紙袋を差し出した。


「隊長、クッキーいかがですか?」

「悪いな。甘いものは苦手なんだよ」

「男の人って、皆そうでしょうか?」

「はあ? 男の人って、お前も男だろうが」


 呆れた口調に、ノルンははっとして慌てて言い直す。


「いや、その、大人は……ってことです」

「ガキでも大人でも好きな奴はいるぜ?」


 フォルセティは何かを思いついて、ノルンと紙袋を交互に見やりにやりと笑った。


「さてはそのクッキー、女から貰ったな?」

「え、ええ」

「エルデイルか? いや、あいつがそんな小洒落たものを作るはずがない」

「ミーミルにもらいました」


 彼が意外そうな顔で「ふうん」と自身の顎を手で撫でた。リドの娘は、この間まで自分を追い掛けていたのを思い出す。


「とにかく上手くやれよ。女は怖いぜ」

「なんですか、それ」


 エルデイルにせよフォルセティにせよ、明確な答えはくれないので軽い苛立ちを覚えた。作り過ぎたクッキーに他意などあるのだろうか。初恋もままならないノルンには理解不能だった。


「それにしても平和ですね」


 噂に聞いていたのと違い、のどかで平穏な日々を過ごしている。


「嵐の前の静けさってやつさ。もうすぐ貿易船が入港する」


 この国は規模が小さいので、できるだけ多くの国との交易を盛んにして、財政を潤っているのが現状だ。それゆえ関税や渡航規制が比較的緩いので、貿易船が入港すると人と積み荷が大量に街へ流れ出す。


 商人全員がまっとうな商いをしていると思ったら大間違いで、金が稼げるなら危ない橋を渡るもの多いのだという。例えば、積み荷に紛れた犯罪者の密航や抜け商いなどだ。しかも、不特定多数の人間が出入りするので隙は幾らでもある。商人たちに紛れて連中が横行すれば、当然治安も悪くなり国家を揺るがす一大事に発展する恐れがあるかも知れない。

 それを未然に防ぐもの、我々国境騎馬隊の役目なのだ。


「それは湾岸警備隊の任務なのでは?」

「船の連中の身元と積み荷をいちいち調べていたら、何日かかるかわかりゃしない。あいつらは気に入らねえが、俺達も手を貸すしかないってことよ」

「……散々馬鹿にしておいて。もし、問題が起きたら絶対ぼく達に押しつける気だ」

「そう言うな。これも大人の事情ってやつだ」


 釈然としないノルンの顔に怒りの色が広がる。長い物には巻かれるフォルセティに失望もした。事情を抱えた者達に、生きる意味を与えた彼を一瞬でも尊敬した自分を恥じる。

 - もうこの人には頼れない。


「ぼくがこの町を守ってやる」

 

 力強く宣言するノルンの頭に、フォルセティの手が乗った。


「頼もしいな。期待してるぜ」


 くしゃっと黄金の髪をかき乱した手がそっと離れると、彼は踵を返して去っていく。子ども扱いされたのか、それとも本心なのか。紫紺の背中は答えてはくれなかった。



  数日後、フォルセティが隊員達に召集をかけた。貿易船が入港したとの連絡に、彼等の顔に緊張が走る。




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