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その13

 馬の頭が左右に大きく振られる度に、ノルンはバランスをとって必死に堪えた。ミーミルも悲鳴を上げながら、振り落とされまいとノルンにしがみつく。


「どう!! どう!!」


 掛け声が聞こえたのか、ようやく脚が止まり落ち着きを取り戻した。ノルンは大きく息を吐いて、嗚咽するミーミルに「もう大丈夫だ」とそっと囁いた。あんな怖い思いをしたのだから無理もない。

 何度も頷く彼女の頭を、ノルンは黙って撫でた。ノルン自身も母親にしてもらって気持ちが安らいだのを思い出したのだ。


「さあ、帰ろう。リドさんが待ってる」

 

 ミーミルを後ろに乗せてゆっくり馬を進めると、ノルンの細い腰に腕を回して華奢な背中に頬をすり寄せた。

 騎馬隊員や町の男達よりずっと小さい背中が、今日ほど頼もしく思えたことはない。一歩間違えれば自分の命も危ないのに、ノルンは身を挺して助けてくれた。徐々に湧く安堵感と情けなさで涙が止まらない。


 来た道を戻ると、大広場が見えてきた。もう騒ぎが知れ渡ったらしく、大勢の者達が集まっている。人ごみで見え隠れする娘達を見つけたリドは、一目散にかき分けて進み出た。


「ミーミル!!」

「あっ、お母さん!!」


 先に下馬したノルンの手を借りたミーミルは、地面に足が付くや否やリドの胸に飛び込んだ。抱き締める母の温もりで、生きていることを実感して号泣する。


「ああ、無事でよかった」

「ごめんなさい。ごめんなさい」


 ノルンは、髪を慈しんで撫でるリドの姿にユミルを重ねた。一言も相談せず騎馬隊へ来た娘をさぞ心配しているだろう。帰ったら手紙を書こうとノルンは思った。


「ありがとう。あんたがいなかったらどうなっていたことやら。ほら、礼を言うんだよ」


 リドが促すと、強気なミーミルも今回ばかりは「ありがとう」と素直に従った。


 

 とんだ災難で、だいぶ遅くなったが買い付けを済ませて帰路へ着く。部隊が見えてくると、一同はほっと胸を撫で下ろした。ノルンも同じ気持ちなのは、ここが我が家と思い始めたのかも知れない。

 誘拐犯の一報はまだ騎馬隊に届いていないのか、出迎えたハールは普段通りだった。


「よお、初任務お疲れ。隊長のところへ報告に行けよ」

「うん。隊長は?」

「馬小屋じゃないか?」


 ノルンが厩舎へ向かうと、フォルセティが自身の馬にブラッシングをしているところだった。近づく気配に顔を上げた彼に敬礼する。


「ただいま戻りました」

「ご苦労。何かあったか?」


 『何かあった』前提の質問に、ノルンが誘拐犯について報告した。しばらく黙って聞いていたフォルセティが口角を上げる。


「お手柄だったな。さぞ自警団も悔しがるだろうよ」


 躍起になって追っていた誘拐犯が、よりによって国境騎馬隊の新入りのお陰で逮捕できたのだ。素性の知れぬが集う隊員達を彼等は良く思っていない。犯人逮捕の協力要請は形ばかりだったので、皮肉としか言いようがない。


「でも、未然に防げませんでした」


 ノルンは、唇を噛んで悔いた。


「起きたことは仕方がない。大切なのは、いかに迅速かつ最小限の犠牲で終結させるかだ」

「ぼくがもっとしっかりしていれば……痛っ!!」


 額を指ではじかれて、ノルンは脳天に響く痛さに顔を顰める。

 

「お前は何様のつもりだ!? みんなが物事を見通せるなら、俺達や自警団はいらないだろうよ」


 まだ痛む額をさすりながら、フォルセティを上目遣いで見る。真っ直ぐで揺るぎない狼眼ウルフアイが、屋根の隙間から差し込む光で金色に輝いた。痛みも忘れて見惚れていると


「悔しいならもっと強くなれ」


 そう言って、ブラッシングを続けると馬の身体が艶やかになった。青鹿毛がフォルセティの髪と重なる。しなやかな筋肉をまとい躍動感あふれる姿が美しく、ついノルンの手が伸びた。


「いい馬ですね」

「分かるか?」

「はい。ここに来る前は馬の世話をしていましたから」


 ノルンが愛おしげに撫でる仕草を、フォルセティは目で追う。


「一目惚れした俺の相棒だ」

「相棒……」


 今のノルンに相棒と呼べる馬はいない。馬がいなければ、正式に騎馬隊員になれない。ノルンは、フォルセティ達を羨ましく見つめた。



 馬が欲しい。そんなノルンの願いは、意外なところで叶った。

 事件から数日後、ノルンは隊長命令で馬小屋へ行ってみると、フォルセティの横に見慣れない、いや見覚えある栗毛の馬がいた。ミーミル救出の際、老人から拝借したそれである。今思えば、実に乗りやすいいい馬だった。

 

「ノルン、この馬を知ってるな?」


 フォルセティが尋ねると、ノルンが頷いた。競り前の売り物を勝手に乗った苦情なのか。


「今回の功績を称えて、お前に預けることにした」

「え?」


 てっきり、叱られると思っていただけに拍子抜けだ。ぽかんとするノルンに手綱を手渡す。


「今日からお前の相棒だ。大事にしてやれよ」


 フォルセティは、手入れの道具が入った桶をノルンの足元に置いて馬小屋を出ていった。急な展開で、未だ突っ立っているノルンに、相棒となった馬が鼻をすり寄せた。


 実はこの馬、様々な者達の好意によってノルンに与えられたという。ひったくりから鞄を取り返してもらったエルデイル、武具屋のガラール、娘の危機を救ってもらったリド、自警団から犯人逮捕の感謝として、そして馬を借りた老人から。

 老人にも孫娘がいるので、今回の事件は他人事ではなかったのだ。

 自警団の取り調べによると、ミーミルを襲った男は組織的な犯罪の一員だったという。若い娘をさらっては遠方の国に売っていたとのことだ。国境を越えられたら我々に追う手立てはない。今回は隣町の事件だったが、放っておいたらこの町にも被害が及んだかもしれない。

 

 ノルンにとっては、いづれも当たり前の行動だった。王の父には平等を、ユミルからは優しさを、ヘイムダムから勇敢さを学んだノルンには、目の前で人が困っているのに素知らぬ顔はできなかった。

 

「今日からきみがぼくの相棒だ。よろしく」


 ノルンは、新しく加わった仲間の体を嬉しそうにさすった。


 

 厩舎から戻る途中、エルデイルがフォルセティを待ち伏せしていた。


「これでいいんだろ?」

「ええ」

「お前、相当入れ込んでいるな」

「妬ける?」

「まさか」


 フォルセティが肩を竦める。知性的で美しいが、性格は男勝りで気が強い。友人としては最高だが、恋人や妻にするには問題外だ。


「大したやつだ。自警団も手をこまねいていたのに」

「私の言った通りでしょ?」

「だから、お前は恐ろしいんだよ」


 どんな怪我や病気も治し、未来を見通す能力がある。この女、魔女ではないかと真剣に思うのだ。


「レディに対して失礼ね」と頬を膨らます彼女に、片手を挙げて通り過ぎていく。


「あなたこそ、恐ろしい人よ」


 その若さでひと癖ある隊員達を束ね、『国境の狼』と盗賊たちに恐れられる男。そして、彼女が想いを寄せる男でもある。

 - まあ、あいつがその気がないんだけどね。

 故意なのか鈍いのか、心理学にも通じているエルデイルも図れないところだ。その点、遠目でもわかる笑顔で走ってくるノルンは分かり易い。

 エルデイルの前で軽く息を整えて、開口一番


「エルデイルさん、ありがとうございました」

「喜んでもらえてよかったわ。あの時のお礼がまだだったから、気掛かりだったの」


 エルデイルは、ノルンの満面な笑みが眩しく感じた。








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