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その12

 大所帯、しかも食欲旺盛な男達の味覚と空腹を満たすのは並大抵ではない。『安く・美味く』をモットーとするリドが腕を振るうには、新鮮な食材が手軽に入手できるこの町が最適なのだ。


 赤や緑、黄色など色彩豊かな野菜が並ぶ八百屋へ来ると、がたいのいい主にいつもの豪快な笑いがない。


「いつものを、明後日まで騎馬隊へ届けておくれ」

「あいよ」

「なんだか元気がないね」

「物騒な事件が続いて、ご覧の通り商売あがったりだ」


 物騒な事件とは若い娘ばかり狙う誘拐犯のことで、八百屋の話だと客の足が遠のいて売れ行きが悪いらしい。この町の自警団も躍起になって捜査しているが、未だ手掛かりすらない状況だ。

 なにせ犯人は単独か複数かもわからず神出鬼没で、娘が一人になった隙を疾風のごとく馬でかっさらう。解決しない今は、街の娘達は陽が昇っても一人で出歩く者はいなかった。

 

「ミーミルも来てたのか。母ちゃんから離れるんじゃないぞ」


 主は、ふくよかな母親の後ろで見え隠れするミーミルに注意を促す。出発前から母親やノルンに口酸っぱく言われて、ミーミルはいささかうんざりした。


「大丈夫よ。それに一応護衛もいるし」

「護衛?」


 彼が辺りを見渡すと、「一応」の言葉に憮然とする金髪の美少年と目が合った。


「へえ!! この子も騎馬隊かい!?」

「新入りのノルンだよ」


 リドと主が世間話をしている間に、ミーミルがこそっとこの場を抜け出そうとした。ノルンは目敏く見つけて彼女を呼び止める。


「どこへ行くの?」

「ト、トイレよ」

「じゃあ、ぼくも一緒に……」

「デリカシーのないやつね。近くだからついてこないで!!」


 ミーミルは何度も振り返ると、ノルンを威嚇しながら公衆トイレへと向かっていった。



 やがて、八百屋の買い付けも終わり次の店へ向かおうとした時である。もう帰ってきていい頃なのにミーミルが見当たらない。


「遅いね、あの子。何してるんだい」

「私、見てくる」


 もう一人の女性がトイレへ様子を見に行ったが、間もなく首を捻りながら戻ってきた。


「リド、いないわ」


 返ってきた返事に、リドの顔に焦りの色が広がる。


「一体、どこへ行っちまったんだろうね」


 ノルンはこれまでの行動を思い起こして、あることが記憶に引っ掛かった。

 - ひょっとして、あの雑貨屋に行ったかも。


「ぼく、捜してきます!!」


 通りすがりにミーミルが寄りたいと、駄々をこねたあの店へと全力疾走する。



 ノルンの予想通り、ミーミルは雑貨屋へやって来た。彼女の目当ては友人の間で流行っている髪飾りである。今日のために小遣いを貯めていたので、嘘をついた罪悪感より胸躍る楽しみの方が少女を駆り立てた。

 煌めくビーズ、鳥の羽が付いた華やかな物。どれも素敵で目移りする。散々悩んだが、小遣いで買えたのはカラフルな布で作った花の安い物だった。それでも、ミーミルは満足げに店を出ると皆の所へ戻っていく。


 コツコツ


 ミーミルの足音が裏路地に響く。まだ昼近くというのに人通りがなく、先ほどの雑貨屋の女主人との会話が蘇った。


『お嬢さん、一人なの? 連れがいるなら早くお戻り。最近この町は物騒でね、連中は昼夜問わずやってきてわ若い子をさらっていくんだから』


 急に不安が掻き立てられた。とにかく一刻も早く母親の元へ戻ろうと、早足が次第に駆け足へ変わっていく。

 すると、更に足音が重なった。明らかについてくる気配。やがて、追いつき彼女の肩に手が伸びて……


「キャーっ!!」


 ミーミルは、咄嗟に手で頭を覆い地面に蹲った。


「おい、大丈夫かい? 驚かすつもりはなかったんだが」


 太い声に恐る恐る顔を上げると、自警団の制服を着た男だった。強張った身体から一気に力が抜けていく。


「女一人でこんな薄暗い路地を歩いたらいかんぞ。誰かと一緒かね?」

「お母さんがあの八百屋にいます」

 

 ミーミルが指差した方向には、広場の奥にある八百屋が見えた。二人は路地を抜けると、自警団は持ち場へ戻っていく。

 - はあ、驚いた。そもそもこんな真昼間にいるわけないわよね。


 安堵の息を吐いて、広場を横切ろうとした時だ。石畳を蹴る蹄の乾いた音に振り向くと、ぶつかる衝撃と共に体が宙に浮いた。一瞬何が起きたかわからなかったが、徐々に自分がかどわかしの被害者だと理解する。

 男が前に座らそうとすると、ミーミルが拒んだ。


「やだ!! 離して!!」

「暴れたら落とすぞ!!」


 必死に抵抗する彼女に、男が怒鳴った。この速度で落馬したら命の保証はない。ミーミルは不本意ながら男の言う通りに身を預けた。

 

 - ああ、私は知らない町に売り飛ばされるのかな……。

 

 こんなことなら、母親のそばを離れるんじゃなかった。勉強をもっと頑張ればよかった。恋もしてみたかった。そして、あの金髪の新入りにもっと優しくしてやればよかった。

 遠ざかる町に、ミーミルの後悔が涙と一緒に溢れ出す。


 

 ミーミルを捜すノルンがふと立ち止まった。遠くから大きくなる地響きに耳を澄ます。次第に近づいてくる馬は通りの中央は駆けていき、慌てふためく通行人を左右に散らす。

 男が小脇に抱えているものがミーミルだと分かると、ノルンは背負った弓を構えた。腰に提げた矢筒から一本抜き放とうとしたが、遠ざかる馬と通行人に的が絞れない。

 焦るノルンの目に入ったのは、老人に手綱を引かれる競り待ちの馬だった。


「おじいさん、馬を借りるよ!!」


 言うが早いか、華麗な身のこなしで鞍に納まるとあっという間に消えてしまった。

 

 絶望にうちしがれるミーミルは、自分の名を呼ぶ声がした。初めは聞き間違いと思ったが、後ろから迫る馬に助けが来たと確信する。振り向くとあの新入り騎馬隊員だ。


「ミーミル!!」

「ノルン!!」


 ある程度まで距離を詰めると、ノルンは手綱を口でくわえて弓を構える。ギリギリと音を立てて矢を引き狙いをつけた。揺れる馬の背を諸共せず矢を放つと、迷いなく男の肩を射抜く。

 男は転げ落ちたが、騎手を失った馬は止まらなかった。ミーミルは、暴走する馬の首にしがみついて泣き叫ぶ。

 横に並んだノルンがありったけの声を張り上げた。


「ぼくの手に掴まれ!!」


 右手を精一杯伸ばすも、彼女は恐怖と風圧で目すら開けられない。


「ミーミル、目を開けて!!」

「いやー!! 死んじゃう!!」


 このままだと、少女は振り落とされて命を落とす。隊員は受け身を訓練するが、ミーミルは普通の女の子だ。


「ぼくを信じるんだ!!」


 その言葉にようやくミーミルが目を開けると、金髪を靡かせるノルンがいた。


「ノルン……」

「手を!!」


 ノルンに導かれるように、ミーミルも恐る恐る左手を伸ばす。数センチ届かず二人の手が離れていくと、また彼女の手が縮こまった。


「君を必ず助ける」


 場違いな穏やかな口調に、ミーミルの表情が緩む。彼女も意を決して、今度は身を乗り出して手を差し延べた。

 互いの指先が触れて、ノルンが力強く彼女を引き寄せる。ミーミルを全身で受け止めると、手綱を操り馬を制止させた。勢いがついた馬はすぐには止まらず、前脚を上げて大きく嘶いた。



 

 

 




 



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