09
「兄に本当のことをいってもいいすっか?」
執事見習いのリンリンが、モリシア伯爵令嬢のひとりお茶会の席で質問する。
「兄一人だけが、リリー様の本当の顔を知らないのは不憫です」
「いいわよ」
「そんなにあっさり許可してくれるんですか?」
「私は、私のやりたいようにやります。リリーも、リリーがやりたいようにやります。だから、あなたも、あなたのやりたいようにやりなさい。ただし、私が断罪されるまでは駄目です。それ以前にばらしたら、私はあなたに極悪非道な罰を与えなければなりません」
「極悪非道の罰とは、どんな罰っすか?」
「お茶会のお菓子を食べるのを禁止します」
悪役令嬢の極悪非道の罰に、執事見習いは悲鳴を上げる。
「領主として、みんなを守れる人になれ」
父親が最後に残したその言葉は、呪いだった。
辺境地で生まれ、教育も知識も乏しく育ったダイファンにとって、解決の糸口もわからない重荷になった。
まだ七歳の時、両親が流行り病で亡くなり、周りは誰も何も教えてくれず、何をしたらいいのか何をすべきかもわからないまま辺境領主になる未来が決定した。
何もわからないままで数年過ぎ、中央へ定期的に顔を見せに行くことぐらいしかできることがなかった。
その中央で、少年ダイファンは王国仮面に命を助けられることになる。
「やあ、少年。昨日の約束通り、参上したよ」
月明かりの下で、マントをはためかせる王国仮面。
「ありがとうございます。昨日も言った通り、僕はあなたのように誰かを守る人になりたくて・・・」
「待て待て。昨日の私が何を言ったか知らないが、一から話せ。コスチュームは一緒だが、昨日の王国仮面は私じゃない」
現在の王国仮面の中身はモリシア。
「聞いてます。四人が入れ替わりで活動しているんだと」
「そうだ。だから、君を暴走馬車から助けたのも、君の妹の避難場所を確保したのも、昨日君の相談話をきいたのも私ではない」
「はい。昨日の王国仮面様が、僕の相談事に答えるには、今日の王国仮面様が最適だと」
「では、二人きりで話せる場所がいいな。ついてきなさい、少年よ」
「はい」
仮面をつけたモリシアは、中央広場の初代国王の像にダイファン少年を連れてくる。
初代国王像の台座は、空洞になっていて中に入れるようになっていた。
台座の中に入り、話をする二人。
「死んだ父さんとの約束を僕には守れそうもありません」
ダイファン少年の話を聞き、王国仮面のモリシアはあっさりと言う。
「あきらめればいい。私はできないことはやらない。できることをやるだけだ」
「それでも、僕は父との約束を守りたいんです」
「それなら、これをやろう」
王国仮面のモリシアが渡したのは、王国の剣術道場への紹介状だった。
「少年よ。どんな壮大な目標も、一歩ずつ進めていくしかないのだ。君はまず基礎を学ばなければいけない。まず体力作りだ」
「ありがとうございます」
「みんなを守るまえに、たった一人を守って見せたまえ。君にとって一番守りたい、愛している人は誰だ?」
「・・・僕には愛している人はいません」
「好きでもない相手を守るなんてできないだろう。君はまず、君の愛する人を見つけなさい。それは十年、いや二十年かかるかもしれない。でも、先にやるべきことだ」
「僕にそんなことができるでしょうか?」
「大丈夫。いつか、きっと、君が愛する人ができる」
いつか、きっと
剣術道場に通い基礎体力にも自信が持てるようになったダイファンは、少しずつ領主に必要な知識を身に着けていく。
だが、それはそれまでおぼろげながら感じるだけだった自身の未熟さと周囲の敵意を明確化することになった。
ダイファン少年は、王国仮面が教えてくれた隠れ場所の初代国王の台座の中で泣くことが多くなる。
そんなある時、台座の中で一人泣いている最中に、外からやってきた女の人がいた。
おでこに紙を貼りつけ、顔が半分隠れた、年上の女性だった。
(いつか、きっと、君が愛する人ができる)
何故だか、その年上の女性を見たとき、尊敬する人の言葉を思い出した。
その年上の女性は、自分が守るまでもなく強い人なのは明白なのに。
その強い女性は、自分の悩み事を吐き出し、自分で乗り越えていく。
その日から、毎日台座の中で話をするようになる二人。
ダイファン少年は自分のことをいっぱい話した。
自分が辺境領主なのに何もできないでいること。誰か愛する人を見つけたいこと。その愛する人を守れるようになりたいこと。
年上の女性は、ダイファン少年にいろいろなことを教えた。
堂々とした立ち振るまい方。意見の通し方。身の守り方。気に入らないやつの殴り方。
最後の日、その年上の女性は言った。
「あなたなら大丈夫。いつか、きっと、あなたが愛する人を守れるようになる」
いつか、きっと
そして、三十年後。
手練れの暗殺者が国王の喉笛を切り裂く寸前で、国王のパートナーがその暗殺者を撃退する。
とっさのことで、名声を馳せている剣技ではなく、素手で暗殺者をぶん殴っていた。
「ダイファン様」
「君に教えてもらった、気に入らないやつのぶん殴り方が役に立った」
「私だと気がついていたのですか?」
「気がついたのは最近だけどね」
(いつか、きっと、あなたが愛する人を守れるようになる)
だけど、それは、まだ先の話。