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01

 「貴様のような役立たずの聖女は追放だ」

 王子のよく通る声が、舞踏会場に響き渡った。




 辺境領主ダイファンは、非常に不快な気分になっていた。

 ここは何もかもが不快だ。

 両親を幼い頃に無くし、まだ十四の歳で辺境領主の立場になったダイファンは、わずかばかりあった中央社会への憧れを幻滅させられることになった。

 「おまえがダイファンか。ふん。田舎領主にふさわしいみすぼらしい格好だな」

 上から下まで品定めをした後で、王子が見下したように言い放つ。

 「まあまあ。貧乏領主に、都会の流行を求めるのは酷ですわよ、殿下」

 美人だが、ケバイ化粧とゴテゴテした宝石を身に着けた女性が、王子にしなだれかかる。

 「確かにそうだな。モリシア」

 「それに、あのどんくさい妹の相手としては、ピッタリじゃないですか」

 「まったくだ」



 「おまえに嫁をくれてやるぞ。第一夫人がいるなら、第二夫人でもいい」

 「あの子に、そんな贅沢な地位は不要でしょう。夜伽相手にでもして使用人扱いでいいですわ」

 ダイファンは不快さを押し殺して反論する。

 「私はまだ結婚する気はありません」

 「おまえに拒否権はない。モリシアの言う通り、嫁にする必要もない。あの役立たずを引き取ってもらえばいい。おまえをこの舞踏会に呼んだのは、廃品回収をしてもらうためだ」

 「役立たずとは誰のことを言っているのですか?」

 「聖女だよ。いいまで奇跡の力で王国の重症患者を治療していたが、その魔法が使えなくなった。役立たずは用済みだ」


 舞踏会場につれてこられたダイファンは、そこで聖女を見た。

 会場の隅で、小さい身体をさらに小さく目立たなくしようとしている少女がいた。

 聖女リリー。

 その地位に反して周囲よりも劣るドレスを着せられている少女から、目が離せなくなるダイファン。

 「邪魔よ」

 何もない会場の隅へわざわざ足を進め、少女リリーを突き飛ばす紫色のドレスを着た令嬢。

 「失礼じゃないか、君」

 思わず声を上げてしまうダイファン。

 そのダイファンを上から下まで品定めをしてから、紫のドレスの令嬢は言った。

 「舞踏会には初参加のおのぼりさんね。だとしたら、いいことを教えてあげるわ。その子の母親は卑しい平民なのよ。聖女の仕事をしているから、特別にこの舞踏会に参加が許されているけど、本来ならこの場にいることはあってはならないことなのよ」

 会場が静まり、みなの視線がダイファン達に集まる。

 「何をしているんだ!聖女の仕事もできない上に、ここでも問題を起こすのか?」

 決めつけで詰問する王子に、怯えた様子の少女リリーは何も言えなくなる。


 そして、王子は聖女追放の宣言をする。


 ダイファンの位置からは、その表情は見えないが、後ろ姿で肩を震わせているのはわかった。

 泣いているのか、それとも絶望しているのか。

 その少女リリーの前に、姉のモリシアが立つ。

 ダイファンから見えるか見えないかの角度で、モリシアの拳が少女リリーの腹に叩きつけられるのが見えた。

 呻きながら床に倒れこむ少女リリー。

 「あらあら。どうしたのかしら?」

 少女リリーの元に駆け寄ろうするダイファンの前に立ちふさがる令嬢二人。

 舞踏会の間ずっとモリシアにくっついていた取り巻きその一とそのニだ。

 「あんな小汚い小娘はほっといて踊ってくださらないかしら」

 「その次はわたくしと」

 言葉とは裏腹ににやにや笑いをする取り巻きその一とそのニ。

 ダイファンは会場を見回す。

 少女リリーが床にうずくまり、苦し気に呻いているのに、みなにやにや笑いをしていた。

 その悪意に、ダイファンは背筋を冷たくする。

 この少女を守らなければ。

 ダイファンは王子に宣言する。

 「この子は、私の嫁として、私の領地に連れて帰ります」

 「役立たずを引きとってもらえるか」

 「私の妻を侮辱するのはやめてもらいましょうか。役ただずとの中傷は取り消してください」

 「おまえは誰に物を言って・・・」

 王子は、ダイファンの迫力に飲まれたのか、言葉途中で会場から出ていく。



 夜の月明かりの下で馬車が走る。

 そこには、辺境領主と新しく妻となった少女リリー。

 「・・・ありがとうございます」

 それだけ言って、少女リリーは顔を伏せる。

 その表情はわからないが、その肩が大きく震えていた。





 その五時間前。

 「貴様のような役立たずの聖女は追放だ」

 台本を片手に持った王子のよく通る声が、舞踏会場に響き渡った。

 会場にいる全ての人間が台本を持っている。

 「良い感じですね。一旦休憩します」

 その場を仕切るリリーが、全体の指示を出す。

 本番が迫っているので、全体休憩をしても個々の演技指導はしていく。

 「王子。たいへんよろしかったんですが、時々私にたいして、普段のですます調が出てきてます」

 「すまない。ついつい、普段の口調が出てきちゃうよね」

 紫色のドレスを着たスワンリ伯爵令嬢が質問に来る。

 「リリー様。私がリリー様をつき飛ばすとき、どうしても不自然な感じになってしまうのですが」

 「あそこは不自然なぐらいがいいです。ただ、私に意識を集中しすぎないようにお願いします。普段から、私をつき飛ばし慣れていて、習慣的につき飛ばしましたと言う感じで」

 「無茶言わないでください。人をつき飛ばした経験なんて無いんですから」

 「あと、ここのシーン、ダイファン様は、みんなが演技しているのを知らないので、介入してくるかもです。その時はアドリブで」

 「そんなの無理ですよ」

 「いえいえ。スワンリ様なら楽勝ですよ」

 姉のモリシア伯爵令嬢がやってくる。

 「この私のケバイ化粧とゴテゴテの宝石、もっと盛ったほうがいいんじゃない?」

 「さすがに、それ以上は不自然でしょう」

 「でも、私が嫌な奴だって説得力はこの小道具にかかっているから、盛れるだけ盛った方がいいと思うわ」

 「それじゃあ、もうちょっとだけ盛りましょう」


 最終リハーサルが終わり、モリシア伯爵令嬢がみんなに挨拶をする。

 「では、妹の代わりにみなさんにお礼を。ありがとうございます。妹がひとめぼれした辺境領主ダイファン様にお嫁にもらってもらおう作戦に協力していただき感謝します。ぜひ、みなさんの力でこの作戦を成功させましょう」

 「オー」

 みなノリノリで声を上げる。

 次に挨拶する聖女リリー。

 「みなさんは気を抜くと人の好さが出ちゃうので、気を引き締めて悪人面をしてください」


 本番が始まる。

 辺境領主ダイファンだけが台本があることを知らない聖女追放劇。

 「失礼じゃないか、君」

 途中まで台本通りに進行していくが、スワンリ伯爵令嬢が聖女リリーをつき飛ばした場面で、辺境領主ダイファンが介入してくる。

 会場のみんなは固唾を呑む。

 「舞踏会には初参加のおのぼりさんね。だとしたら、いいことを教えてあげるわ。その子の母親は卑しい平民なのよ。聖女の仕事をしているから、特別にこの舞踏会に参加が許されているけど、本来ならこの場にいることはあってはならないことなのよ」

 と、台本に無い台詞をアドリブで入れるスワンリ伯爵令嬢。

 会場のみんなは、心の中でスワンリ伯爵令嬢に拍手する。

 王子が登場して、台本通りに戻る。

 そして、王子は聖女追放の宣言をする。

 「貴様のような役立たずの聖女は追放でちゅ」

 でちゅ?

 会場のみんなの頭の中で、疑問符が浮かぶ。

 王子は最後にですと言いかけてしまいその軌道修正に失敗したのだった。

 初めに笑いのツボに入ったのはリリーだった。

 (でちゅは無いでしょう。よりにもよって、でちゅ。駄目だ。口を開いたら笑いが止まらなくなる)

 必死に口を閉じて耐えようとするリリー。

 爆笑寸前のその顔は、辺境領主ダイファンからは見えなかったが、肩が震えるのは隠しようがない。

 (もう無理です。吹き出すのを押さえられません。助けて、お姉さま)

 (任せて)

 姉のモリシア伯爵令嬢は、辺境領主ダイファンから見えるギリギリの角度を計算して、妹に腹パンチを叩きこむ。

 (ありがとう、お姉さま)

 床にうずくまりながら、心の中で感謝するリリー。

 リリーのことを心配して、駆け寄ってこようとする辺境領主ダイファン。

 まだリリーが爆笑を我慢して顔を見せられないことを察したミッシェル伯爵令嬢とヨールデリ伯爵令嬢が、辺境領主ダイファンの行動を封じる。

 (ありがとう。みっちゃん、よっちゃん)

 (いいってことよ。もっちゃん)

 親友の行動に感謝するモリシア伯爵令嬢と、背中で答えるミッシェル伯爵令嬢とヨールデリ伯爵令嬢。

 時間稼ぎをしながらも、ミッシェル伯爵令嬢とヨールデリ伯爵令嬢も、笑いのツボに入ってしまう。

 (でちゅ?)

 (笑っちゃ駄目よ。笑っちゃ駄目よ)

 会場の他のみんなも必死に笑うのをこらえる。


 「おまえは誰に物を言って・・・」

 王子自身も笑いのツボにハマり、言葉が続けられなくなる。

 それっぽい演技をして、会場を出ていく王子。

 それに続くモリシア伯爵令嬢。

 ドアを閉めた瞬間、二人は吹き出す。

 「ぶはははははは。でちゅって何ですか?」

 「ぶはははははは。ごめんごめん」


 夜の月明かりの下で走る馬車の中。

 追放された聖女リリーは顔を伏せ、爆笑するのを必死に我慢していた。

 (でちゅってなんだよ!)



 かくして、哀れな聖女は理不尽な追放をされたのでした。


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