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第1話 おっさんは魔術師である

 ゴブリン。


 それは邪悪で人間に害をなすとされる亜人。


 単体ではさほど強いわけではなく、ある程度剣などの訓練を積んだものであれば倒すのはさほど難しくはない。


 しかし彼らは独自の言語を持ち、意思疎通を行い、部族社会を形成しておりその繁殖力による数の暴力はそれなりに脅威であるとともに、その繁殖力ゆえこの亜人を殲滅することはほぼ不可能という意味では厄介さは人間と良い勝負である。


  ゴブリンはおもに天然の洞窟や廃鉱、もしくは遺跡や廃墟に棲み付き、基本的には森のなかで狩猟採集生活を送っており、その食性は雑食で肉でも穀物でも野草でも食うが、どちらかといえば肉食傾向が強いようである。


 そしてその数が増えると彼らは食べ物を求めて辺境の集落をよく襲う。


 主に狙われるのは羊などの家畜だが穀物や野菜、若い女などが襲われ連れ去られることもある。


  そして、そういったことに対処するのは酒と煙草の匂いが充満する、酒場兼宿屋兼賭場(サルーン)の住人である宿無渡鳥(ワイルド・ギース)たちである。


 彼らの多くはいろいろな身分の三男三女以降や家を勘当されたものなどで相続の権利がなく、それゆえに体を張って食い扶持を稼ぐ者たちである。


  そのサルーンに一枚の張り紙が張り出された。


 ”ゴブリンに村の家畜がおそわれています。どうか助けてください”


 辺境の小さな村の家畜がゴブリンらしき小さな人影に襲われ殺され連れ去られたというものだ。


「また、ゴブリン退治の依頼か、でも手間の割には金にならねえらしいしなぁ」


 ある程度の実績を持つ者にとってはゴブリン退治は薄利なミッションでありあまり旨味はない。

 そのようななかでその張り紙の前に足を止めたのは駆け出しの宿無渡鳥(ワイルド・ギース)の三人組パーティの一人。


 革の鎧を身に着けて剣を腰に下げた若い戦士の男だ。


「ゴブリン退治か、受けるのか? アレクサンダー」


 戦士は声をかけた男に振り返り言う。


 革のジャケットに投げナイフという斥候(スカウト)のスタイルのやはり若い男だ。


「ああ、ベネディクト、俺達にはちょうどいいんじゃないか?」


 そしてアレクサンダーはもう一人の男に聞いた。


「シーザーはどう思う?」


 シーザーと呼ばれた男は僧衣に身を包んでいるこれまた若い修道士の男だった。


「うむ、まあゴブリンの数にもよるだろうな、我々にはちょうどよいと思うが」


  宿無渡鳥(ワイルド・ギース)にはひと目で見てその人物の実力がわかる階級制度や実績を示すものはなく、所属するための試験などもなく、サルーンにいるものはただの飲んだくれや娼婦から、名高い実績を持つものまで様々。


 故に階級による依頼の受注制限などというものはなく依頼を受けて死んでも自己責任の荒事家業だ。


 基本的には国家の兵士を動かすようなものではない、もしくは兵士では対応できないような亜人や怪物などの退治を行うのだが、彼らはこれが初仕事だった。


「ならあとは……やっぱり魔法使いがほしいな。

 だれか一緒に組んでゴブリン退治をしてくれませんかー」


 アレクサンダーはサルーンの喧騒でも伝わるような大きな声を張り上げたが、戦士や斥候に比べ魔術を習得するためにカネがかかる魔術師は貴重である。

 やはり芳しい反応はないかと彼が意気消沈しかけたところで、手を挙げる者がいた。


「あー、よければ私も加えてもらえませんか?」


 それは白いローブにヒョロっとした体躯のうだつの上がらなそうな30代から40代位に見えるおっさんだった。


 ローブとワンドを持つ彼はたしかに魔術師っぽい。


「あ、ああ、ゴブリン退治なんだけどいいのかい?」


 しかしゴブリン退治はある程度の年齢の魔術師となれば普通は受けないような依頼だ。


 魔術師はいろいろな理由でカネがかかるのだ。


「ははは、実は私は火炎弾(ファイヤショット)の魔法しかまともに撃ち出すことができません。

 なのでお前では力不足だと皆断られてしまうのですよ。

 あ、私はドレヴァンツと申します、ぜひ加えてもらえれば嬉しいです」


 なかなか気の良さそうなおっさんだったが、たしかにたった一つそれも初歩的な火炎系攻撃魔術しか魔法が使えないのでは仲間にしたがるものも少ないであろう。


 とはいえ、三人組も駆け出しで人を選べるほどの立場でもなかった。


 後衛からの遠距離攻撃手段を持つものはそれなりに貴重なのである。


「ああ、じゃあおっさんこれからよろしくな」


「ええ、よろしくおねがいします」


  アレクサンダーとドレヴァンツが軽く握手をして彼のパーティー加入が決まった。

 四人パーティになった彼らは依頼先の村へ徒歩で歩いていく。


「馬車に乗れるほどの金はまだないし歩くしかないのだけど、鎧を着込んで歩くのは結構大変だな」


 アレクサンダーは苦笑しながらそういう。


 そして彼はおそらく一番体力がないだろう魔術師に声を掛ける。


 斥候や修道士は歩くのが仕事であるためなれているが、魔術師はたいてい引きこもって何かを研究しているものである。


「ドレヴァンツさんは大丈夫ですか?」


「私は大丈夫ですよ」


 意外に元気に答えるドレヴァンツは引きこもりではないのかもしれない。


 ほぼ駆け出しばかりのパーティで大丈夫かという不安はあるもののゴブリン退治は駆け出しなら誰でも一度は行う依頼とされる。


 そして小さな村にもゴブリン退治のために多額の金を出す余裕はない。


 これはこれで需要と供給は釣り合っているのだ。


 村についた4人組は村長の家におもむいて、現状の被害やおおよその周囲の地形などの情報を聞き、村で確認されているゴブリンの数は足跡から数えると5匹程度であることを確認し、疲れた足を休めるためにしばし休憩を取ると、ねぐらがあるとおもわれる森の中へと足を踏み入れた。


 ベネディクトが先頭を進み、アレクサンダーとシーザーがその後に続き、ドレヴァンツは一番後ろだ。


「足跡が残ってるゴブリンが5匹ぐらいというと、全部で20匹くらいはいるかもしれないな」


 ショートソードを抜いてアレクサンダーがそういうとシーザーもうなずく。


「ゴブリンたちがまとまって行動してはいないことを祈りましょう」


 ベネディクトが森のなかに残るゴブリンの足跡を追跡しながら進んでいく。


 ドレヴァンツがふいに口を開いた。


「森がざわついてますね」


 シーザーがそれに首を傾げて聞いた。


「ん?動物でもいるのかい?」


 しかし、草むらにひそんでいたのは兎でも猪でもなかった。


「GYAOOOOOOOOO!」


 草むらから、さびたナイフを振りかざした三匹のゴブリンが飛びだし最後方のドレヴァンツへ襲いかかろうとしたのだ!


「おっさん!危ない!」


 ドレヴァンツがブツブツと小さく何かをつぶやいた。


「活動筋力30%開放……反射神経増幅……骨組織置換」


 ”ヒュッ”


 そして風をきる音がするとなにか硬いものが砕ける音が響いた。


 ”バキャァ”


「GAAAAAAAAAAAAA!」


 ゴブリンの膝があらぬ方向へネジ曲がり、苦痛の声を上げながらゴブリンが地面へ倒れる。


 ”ズン”


 更になにか重たいものが柔らかいものへ突き刺さるような音が響く。


 ”ボバァッツ”


「GAAAAAAAAAAAAA!」


 かと思いきやもう一匹のゴブリンの土手っ腹に大きな風穴が開いて、ハラワタがあたりに撒き散らされた。


 ”パアン”


 そして残りの一匹のゴブリンの頭部が熟れたスイカのように弾け飛んだ。


「はは、まだまだ駆け出しとはいえ足技の魔術師と云われた私を侮ってもらっては困りますな」


 ドレヴァンツの肉体は膨らんでいた。


 手足は丸太のごとく、胴体は巨木のごとく。


 そしてゴブリンを屠ったのはローキック・ヤクザキック・ハイキックの三連発だった。


「お、おっさんそれは一体?」


 あんぐりと口を開けアレクサンダーが聞いた。


「はは、肉体強化系魔術はそれなりに得意でしてな。

 ゴブリンがどの程度の力なのかわからなかったゆえ、まずは30%ほど筋力を開放して見ましたが20%でも十分でしたかもしれません」


「っていうか、普段のあのひょろい体は?」


「ああ、筋肉というのはエネルギーを多量に消費するので普段はなるべく活性化させぬようにしているのです、食費も馬鹿になりませんしな」


「おいおい詐欺だろ」


「いえ、投射系魔術は一応使えますよ。

 一つしか使えませんが」


 そこへ狼に乗ったゴブリンライダーが森の奥から突進してきた。


「では、そちらもお見せいたしましょう。

 火球生成……」


 ドレヴァンツの手のひらの中に真っ赤な火球が生まれた。


 それを彼はすっと下に落とすとブンと足を大きく振り上げ呪文を唱えた。


「火球よ……もっともっと、熱くなれよおおおおおおおおおおおお!ファイヤーーーーーーーーーーーーー!」


 そして超高速で振り下ろした足の断熱圧縮による熱と”熱くなれよ!ファイヤーーーーーーーーーーーーー”という暑苦しい想いのこもった呪文により炎の色が赤(摂氏800度くらい)から黄色みを帯びた白になり、さらに青みがかった白(摂氏7000度以上)に到達しそれはものすごい勢いで蹴られ投射された!。

 

 その火球はあたりに熱を撒き散らしながらゴブリンライダーを捉えるとゴブリンライダーは騎乗していた狼ごと骨も残らず消滅しその背後にいたものも次々と炎に巻き込まれて燃え散っていった。


 さらにはそれに巻き込まれたのは生きていれば人類そのものへの脅威となるはずであったゴブリンエターナルチャンピオンやゴブリンアークメイジ、ゴブリンダークハイプリーストなども含まれていたがそれが知られることはなかった。


 殆どのものが知らぬ間に世界は大きな危機から救われたのである。


 しかしながらあっさりほとんどのゴブリンは消滅したがゆえに討伐確認のための部位が残ったのは最初の三匹だけであとは消し炭も残らなかったため成功報酬はたったの3匹となってしまった。


「あはは、この魔法しか使えないとは誠にお恥ずかしい」


 そういうドレヴァンツにアレクサンダーは呆れたように言った。


「おっさんにはゴブリン退治は役不足だ、あとおっさんとはこれ以上パーティは組めない。

 悪いけど他のパーティをあたってくれ」


 そう言われしゅんとうなだれるドレヴァンツ。


「そ、そうですか……それは真に残念です」


 ゴブリン討伐の成果となるものをほとんど消してしまったのが自分だけにドレヴァンツはうなだれながらパーティから外れ立ち去っていった。


 その姿を見てシーザーがアレクサンダーに言う。


「なあ、あのおっさんなにか勘違いしてないか?

 役不足っていうのはあんたの実力で弱いゴブリン退治なんてしてる場合じゃないだろ。

 もっともっと強いやつを狙えよっていう意味でいったんだよな」


 アレクサンダーはうなずく。


「ああ、あのおっさん、どう考えてもゴブリン退治なんかするようなレベルじゃないだろ?」


「だけど多分逆に捉えてると思うんだよ。

 ゴブリン退治をするような実力もないって」


「まっさかーそんなわけ無いだろ」


「まあ、そうだよなぁ……まあ、とりあえずゴブリン三匹でも報酬もらえるし村長のとこへ行くか」


「そうしようぜ」


 三人組に戻ってしまった彼らはゴブリンの死体を引きずって村に戻っていって報告し、僅かだが報酬を得てささやかな宴でもてなされた。


 一方、パーティから追放されしばらくトボトボと歩いているドレヴァンツであったが、やがてなにか吹っ切ったような表情で顔を上げた。


「うむ、私はまだまだ弱い……か。

 また50年ほど山にこもってさらなる修練を積まねばな。

 それをしれただけでも山から降りた意義があったというものだ」


 彼は足取り軽く”山”へと戻っていったのだった。


「もっともっと高みを目指さねば!」


 なんだかんだで前向きなドレヴァンツであった。

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