逆ナン?!
全八話。
七回の更新で終わります。
1
僕、眉村新一は何処にでもいる。ただの中学生だった。
理想の七割程度の彼女がいて、受験戦争をなんとかやり過ごせれば、そんなささやかな、親に言わせればささやかすぎる夢を持つ、ただの中学生だった。
しかし・・・・・・
「お・・・女の子なんか・・・なんだー」
現実は、そんなささやかな夢すらも、おいそれとは叶えてくれない。
理想、それは時に夢や願望、幻などと同じ意味になる。
理想の、理想そのままの女性などいるわけはないのだ。
たとえ容姿が100%だとしても、性格や好み、趣味までもそうだということは、まずない。
大抵はそれで幻滅して別れる。
万に一つ理想の女の子と巡り会ったとしても、つきあえる。
つきあい続けられるとは限らない。
友達でいましょう、などと使い古されたセリフを言われ、体よくフラれるか、飽きちゃった。
その一言で捨てられる可能性のほうが高いのだ。
「何だと言われても困るが・・・我々男と対をなす生物で、触角や羽根は今のところ発見されていない」
呼んでもいないのに勝手に人の部屋に入り込み、自分で持ち込んだマンガを読みふける。
一歩間違えれば立派な変態の、悪友、小山安雄がふざけたことを抜かす。
普段ならエルボーの一つも見舞ってやるところだが、今はそんな気分じゃない。
怒鳴りつけたい衝動に駆られもしたが、口に出してしまうと歯止めが効かなくなりそうで、あえて聞き流そうと試みる。
僕は喧嘩というものをしたことがない。
自分が一度頭に血が上ると、前後の見境が付かなくなる人間であることを自覚しているから、感情をできる限り表に出さないよう心がけているのだ。
「・・・ちょっと、頭を冷やしてくる」
ここにいては、どうしても一人になれない。
そう思い、僕は街に出ることにした。
街という場所は、一人になれない代わりに独りにはなれる。
そんな空間なのだ。
落ち着いて自分を見つめ直したいときは街に出て、人の流れの中に沈み込む、それが僕なりの立ち直り方だった。
「いってらっさ~い」
嫌な事や人は、その存在から否定するのも、僕なりの平和哲学である。
存在しないものに腹を立てたり、争ったりする事はないだろうから・・・・・・。
時刻は九時を少し回った頃、街は春休みを満喫する中・高生であふれていた。
天気よし、宿題なし、浮かれ調子もやむおえないところだろう。
二度と女の子なんか、好きにならなければいい。
そうすれば、こんなつらい思いなんてしなくてすむんだから。
フラれるたび、幾度となく考えた結論である。
実に簡潔にして、単純な結論。
それだけに実行は困難な、意訳:不可能な事だった。
もう、何度目の決意であったかも忘れてしまった。
この決意を今度こそ実行しようと心に決め、家に戻ろうとした。
その時、僕は世の不条理とぶつかった。
「キャッ!」
道を引き返そうと反転させた僕の身体に、後ろから歩いてきていた女の子がぶつかってきたのだ。
「あっ、ごめん!」
反射的に謝り、その女の子に目を向けた僕は、運命の神のいたずら好きを心底呪った。
彼女は、僕の100%だったのだ。
その時の僕は、きっと間の抜けた顔をしていたに違いない。
ポカンと口を開け、同じくOの字に開かれた瞳孔が彼女を凝視していたのだから。
「・・・なにをじろじろと見ておる」
目の前で彼女が言う。
薄く形の良い唇が動き、鈴を鳴らしたような澄み切った声が発せられる。
その声までも、僕の理想どおりか、それ以上の美しさで、鼓膜と胸を震わせた。
なにか、なにか返事をしないと…気持ちが焦り、頭の中では幾つものフレーズがかけ巡った。
このまま別れたら、二度とあえない。
その危機感が僕の行動の全てを制肘し、呼吸にさえ並々ならぬ努力を必要とした。
「い、いい天気ですね」
やっとの思いで口にしたセリフは、口にした瞬間に後悔したくなるような稚拙なものだった。
同時に、的外れの表現でもあった。
確かに雨は降っていなかったが、空には薄墨で描いたような雲が低く垂れ込め、いつ降りだしても不思議ではない。朝の天気予報でも、雨の降る確率は40%だった。
「おかしな奴じゃな。わたしはこのほ・・・国に来たのは初めてでな。もし、お主が暇であるなら案内を頼みたいのだが、どうじゃ?」
僕はとっさに我が耳を疑った。
彼女のほうから誘ってくれるなんて。
「だめなのか?」
少女の顔が、一瞬曇る。
「とんでもない、暇です暇です。何処なりとご案内いたしますよ。えぇ、貴女の行くところへなら、何処まででもお供いたします。たとえ、銀河宇宙の果てまででも!」
我ながら、独創性の欠片もないセリフだが、それが正真正銘偽りのない本心であったことに変わりはない。
もっともこの時点で、その言葉が本当になるなどとは想像もしていなかったのだが。
「で、何処から、ご案内いたしましょう?」
情けない話しだが、親戚の子以外の女性とはまともに付き合ったことがなく、彼女をつくってもデート以前にフラれていた僕には若い女の子をどうやってどこにエスコートするべきかが判らない。
「どこでもよい、お主に任す。そうじゃな、若い男と女が行くような場所を案内してくれれば、それで良い」
鷹揚に言う彼女の言葉に、ここにきて初めて一抹の違和感を覚えた。たが、それでも彼女の整った面差しの前では、そんな違和感など掻き消して余りあるもので、多少の不自然さなど頭の隅に押し込められて当然のものだった。
彼女が何を求め、何をしたがっているのかつかみきれなかったが、ともかく往来の真中で立ち話をつづけるわけにはいかず、とりあえず行き付けの喫茶店へと案内した。
本来、中学生が喫茶店に出入りするのは校則などで禁じられているのだが、この店は叔父がマスターをしているので、喫茶店に来たのではなく叔父の家によっただけと言い訳が利く。
「ほう、シンちゃんもやるねぇ。何処でそんな可愛い娘を口説き落としてきたんだい?」
店に入るなり、叔父でもあるマスターが声をかけてきた。
この時間帯は客もまばらで、暇を持て余していたのに違いない。
「そんなんじゃないよ」
苦笑しながら、僕は彼女ともども一番奥のテーブルに付く。
「なんにする?」
キョロキョロと辺りを見てばかりいる彼女に、メニューを手渡して尋ねる。
「なんじゃ?」
僕の尋ね方が悪かったのか、それとも習慣の違いなのか、彼女には尋ねられたことの意味が判っていないらしい。
「つまり、飲物と食べ物を何にするかって事なんだけど」
ポン!
僕の問いに、彼女は手を打ってしたり顔になった。
「そうか、ここは食事をするとこだったのだな。そうか、そうか」
言いながら何度も頷く少女、どうも普通じゃない。この世間知らずなところは、どこぞのお嬢様かな。とも思えるが、それだけでもないようだ。
「わたしは、案内を全てお主に任せておる。これもお主に委ねよう」
それならば、と一応頭の中でサイフの中身を数えてから、オーダーを取りに来たバイト学生らしいウェイトレスに、この店自慢の特大チョコレート・パフェを二つ注文した。
甘党である僕の大好物でもある。
そのパフェは、すぐさま運ばれてきた。僕が店に入ったその時から、マスターには注文される品が判っていたに違いない。
「甘い!」
僕の食べ方をジッと見つめていた少女が、自分でも一口食べた途端、小さく叫ぶ。
少女の感慨であった。
隣の席でカップルがクスリと笑う。
「舌触りはシャリムに似ておるが、この甘さは比較にならぬ」
「口にあわない?」
「いや。わたしの国にはさほど甘味のあるものがないのでな。驚いただけじゃ。このほかにも甘いものはあるのか?」
今時、これほど甘さに敏感な人間も珍しい。
もっとも、そう想うのは平和な日本で暮らしていればこそで、他の国、地域では砂糖すら手に入らないところが、いくらでもあるのだろうが。
「う、うん。甘いというだけでなら、数え切れないほど…」
「そうか、ここは良いところだな」
つぶらな瞳が細められ、少女が呟く。
なにかに想いを馳せる。そんな表情だ。
だが、それも束の間。彼女の顔は窓の外に一団の男たちを見た瞬間にひきつった。
「しまった。もう嗅ぎつけてきおったか」
小さな呻きとともに、彼女は腰を半分浮かしている。
どうやら、あの男たちに追われる身分であるようだ。
ここでの僕の選択が、僕の運命を決定づけた。
人にはそれぞれ人生を変える一大転機に一度は出会うもので、僕にはこれがそうだったのである。
知らん顔を決め込み彼らに少女を売るか、それとも危険を承知でともに逃げるか。
僕は、後者を取った。
彼女の手を引っ掴むと、裏口に走ったのである。
「マスター、料金はツケにしといて!」
一声叫んで、裏口から路地ぞいに逃げ出す。
後先考えない無謀な行動と非難されて当然の行為であった。
だが、この時の僕は逢ったばかりの少女と離れたくない一心で、夢中だったのである。
「お主にこれ以上迷惑はかけたくない。手を離せ。これはわたしの問題だ、お主を巻き込むわけにはいかん」
「君が奴らに追われるのは君の問題でも、君と逃げようとする気持ちは僕の問題なんだ。嫌だって言われても、離したりするもんか」
映画か何かの言葉を借りれば、君となら修羅場もまた楽し、というところであろう。
2
「僕って奴は、なんて間抜けなんだ」
新一は腐りきっていた。
逃げ出したときはかっこよくキメたつもりだったのに、そのすぐ後に古典的な罠にかかって簡単に捉まってしまったのである。
安全だと思って逃げ込んだ場所で、奴らが待ち伏せていたのだ。
新一は、まるでネズミ取りやゴキブリホイホイにでも捉まったような、屈辱感にさいなまれていた。
しかも、何がなんだか判らないうちに彼女と引き離され、狭い箱の中に詰め込まれてしまった。
これで腐るなと言うほうが無理であろう。
自分がどこかに運ばれていることは、金属性の箱を通して伝わってくる振動で判っていた。
だが、何によって何処へ運ばれているのかは皆目見当が付かなかった。
車などの陸上を走るものにしては縦揺れがまったくないし、船にしてはヨーリングが感じられない。飛行機には乗ったことがないので比較できなかったが、この近くに飛行場があるなんて話は聞いたことがない。
もう、どうとでもなれ!
新一は覚悟を決めた。もとより死にたいかと問われれば、死ななきゃならないなら仕方ない。でも、許されるなら生きられる限りは生き続けたい。と答える新一である。
死に対する恐怖は、皆無と言うわけではないが、かなり薄かった。
それよりも気掛かりなことが別にある。
彼女はどうしただろう?
知り合って一時間ほど、それも顔をあわせていたのは三十分に満たない少女の身を案じる。そこでようやくにして、彼女の名さえも知らなかったことに気がついた。
新一には自嘲気味に笑うしかなかった。
ヴゥーン!
ヴゥーン!
低い唸るような音が聞こえ、振動が止まる。と、思った刹那。
箱の蓋が開けられ、強烈な光に照らされた。
「うっ!!」
目を開けていられず、新一は声を上げて光源から視線を外した。
「おっと、すまぬ。これ、明かりを落とせ」
聞き覚えのある声が、新一の耳にすべりこんだ。
この声、もしや・・・。
期待が彼の身体を動かした。
目が潰れそうな眩しさの中、無理に目を光源の側、声のした方向へと向ける。
光量が加減され、目が慣れてくると、そこには間違いなく彼女が立っていた。
瞳の色と髪の色が、なぜか艶のある黒からアイス・ブルーと茜色に変わってはいたが、可憐さはいささかも衰えず、むしろ輝きを増したように思われた。
「すまなかったな。わたしの浅慮のために迷惑をかけた。許せよ」
思わず、ハハーッ、わたくしごときに過分のお言葉、勿体のうございます。と畏まりそうになる新一である。さほどに彼女は、威厳と気品にあふれていた。
「・・・説明して、もらえる?」
どうかすると卑屈になりそうな自分を心の中で叱咤し、努めて平静を装う。
「うむ。お主には、その権利がある。ちこうよれ」
彼女はその時、外が望めるガラス張りの壁に寄り添うようにしていたのだが、その側へ来るよう新一を招き寄せた。
ガラスの向こう側には、漆を塗ったような闇に、無数の星々が見て取れる。
普段は見えないような、小さな星までが手を伸ばせば届く気がするほどによく見えた。
街中に住んでいると、滅多に拝めない星々の乱舞をもっと見たくて、新一の足は自然に早まった。
透明な壁に鼻が付くまで近づき、新一はあることに気が付いた。
なんで星が横に見えるんだ?
かなり高い山にでも上らない限り、星を正面に見ることなどできはしない。よしんば、できたとしてもかなりぼやけて見えるはずである。こんなにハッキリとはしていないはずだった。
不思議に思い首を傾げて、ふと眼下に視線を向けたとき、新一は全てを了解した、悟ったと言ったほうが近いだろうか。ともかく、自分の置かれた状況をほぼ完全に把握したのは確かである。
そこには、大きな球体があった。
ほんのりと、真珠のような光を放つ青い球。横には、その七分の一ほどの白い球が並んで浮いている。
「地球か!!」
疑問ではなく、確認でもない言葉が新一の口から漏れる。
彼は、それが自分の生まれ育った星であることを知っていたし、自分が今宇宙空間にいることも信じられた。より正確に言えば信じたかったのだ。
一度は憧れた星の世界に身を置いている。
中二病真っただ中の男子中学生にとしてこれほど感激できるシチュエーションはまたとあるまい。
そして、それを認めてしまえば、彼女の尋常ではない言葉や態度も頷ける。
瞳や髪の色が急に変わったことも・・・。
「・・・と、すると君は、さしずめ星の王女様、ってところかな」
たいていのアニメや映画では、そういうことになってるんだよな。などと考えながら新一は冗談めかして言う。
彼としては軽い気持ちで出た言葉である。
しかし、それに対する周りの反応は強烈であった。
中心にいる人物が余りにも輝いているため新一の目には写らずにいたが、この部屋には彼女のほかに十数人の男たちがいたのである。
「なぜわかった!」
「その秘密を何処で知った!!」
口々に叫ぶ。これでは…。
「薮蛇だね。そう言うからには、やっぱりどこぞの姫様なんだろ?」
してやったりの新一である。
言われて男たち、姫様の側に居ると言うことは廷臣か近衛であろう者たちが揃って口籠った。
御側要員としての彼らを知っているわけではないが、外交や謀略に関しては無能な連中ばかりが集まっているようである。
彼女の星がどんな政治体制、文化を持っているのか分からないが、かつて地球にあった王国と大差ないのだとしたら宮廷闘争が起これば彼女に勝ち目はないな。
歴史、特に王国の興亡に関する歴史が好きな新一はふと、そう考えて苦笑した。
「そうです、姫様は我らがカンターピレ王国の第三王女アミルナ・プライン・カンターピ様であらせられます」
彼らの中でも一番年長らしい男。恐らくは侍従であろう白髪の老人が、風にそよぐ梢のような静かさで口火を切った。
「ルナでよい。わたしは堅苦しいのは好まぬでな」
そういう言葉づかいが、堅苦しさを生む。とは流石に言えない新一である。というより、この姫様にはこれが似合っているのだ。
「じゃ、とりあえず僕も自己紹介を、僕は眉村新一、親しい人の間ではシンで通ってる」
新一が、そう言った後、その場は再び沈黙に支配された。
僕をどう処理するか、決めかねてるんだな。
新一には、彼らの沈黙の理由がよくわかった。
さきほどの廷臣の言葉によれば彼女が王女であることは秘密になっているらしい、新一はその秘密を知ってしまった部外者なわけだ。当然、秘密の漏洩を考えざるおえないだろう。
馬鹿馬鹿しいことだ。
新一はあきれていた。
地球に置き捨てられてしまえば、どうやっても彼らが隠そうとしている者に、新一がコンタクトを取ることはできないのである。
考える必要などないことだった。
いや、待てよ。
嫌な想像が頭を過る。
彼らが地球に来た目的がなんなのかを考えていなかった。もし、彼らの狙いが三流SFのような地球侵略ならば、間違いなく新一は計画の障害になるだろう。
地球に帰せば、無用の混乱を呼ぶと同時に、王女の身に危険が及ぶ。ここに残せば故国を守ろうと暴走した新一が、王女を人質に取らないとも限らない。
「地球なんか侵略しても、たいして役には立たないよ」
まさか、そんなことはないだろうと思いながらも新一が呟く。
母星を守ろうという意志からではなく、本気で地球侵略など時間の無駄と思っての忠告だった。
「そんなことはせぬ、自分らより格下のものをいたぶる趣味は、わたしらにはない」
王女ルナが毅然として言い放つ。
「皆の者、しばし場を外せ。この者と二人きりで話がしたい」
王女の願いは即座に叶えられた。
機嫌を損ねられることを承知で苦言を吐くような、良識ある臣下はいないのか!
口には出さなかったものの。新一は心の中で怒鳴っていた。
あまりにも不甲斐なさすぎる。
「シン・・・であったな。実は、お主を見込んで頼みたいことがあるのじゃ。聞いてくれるか? いや、聞いてほしい」
一瞬、王女から少女の顔に変わり、アミルナ姫が話す。
美女。それも理想の、に頼まれて悪い気になるはずはなかった。
本当なら、二つ返事で聞くところである。
だが、なぜか新一は素直に聞く気になれなかった。
「姫ぎみ直々のお頼み、臣が聞かぬはずがございましょうか。なんなりと、御申し付けくださいませ」
映画で見た臣下の礼を意味のない仰々しさで取り畏まる。
姫の感情を逆撫でる態度であることは、百も承知で。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・?」
怒り狂った姫の罵声を聞くことになるだろうと、身構えていた新一だが、いくら待っても反応がかえってこない。
不審に思い、顔を上げた新一の目に、うつむいて大粒の真珠をとめどなく零す、姫の姿が映った。
「・・・お主にまで、そんな言い方をされるとは想わなんだ。お主の前では姫ではない、一人の女でありたかったのに・・・。わたしは・・・わたしは・・・」
「僕は王候貴族に慣れてないんでね。姫の王女としての態度が鼻持ちならないんだよ。その堅苦しい言葉づかいなんとかなんない?」
予想外の反応に戸惑い、新一はあわてて言葉の表現法を元に直して問いかけた。
振り回された分。少しからかってやろうと思っただけで、泣かせるつもりはなかったのである。
「・・・・・・。あなたに、お願いがあるの。聞いてくれる?」
少し寂しそうな表情で、うつむいた状態から上目遣いに新一を見つめるルナ。
その澄んだ瞳に新一は、心をえぐりとられたような切なさを感じた。
「なんだい、ルナ」
思えば、これが王女の名を、新一が呼び捨てにした最初の一言であった。
「今度、わたしの王国が統治する恒星系で、宇宙船によるレースが開かれるの。そのレースにあなたにも参加してほしいの。そして、優勝して!」
「レース? 賞品はなんだい?」
深く考えもせずに、新一は反射的に尋ね返していた。
「・・・わたしよ」
小さく、短い応え。
新一は咄嗟に声が出なかった。
一国の王女が、という気にもなったが、考えてみれば日本や中国の戦国時代には、権力者の娘ほど他国や対立勢力との橋渡し役として、道具扱いされていた。今尚そんな価値観が残っているのだとしたら、考えられないことではない。
現在の日本でだって、昔ほどひどくないし、あまり目立たないが政略結婚と呼んで差し支えないようなものも、ないわけではないのだから。
「レースに出て、優勝して! わたしを貰ってほしいの!!」
正直、この時の新一の心中は結構複雑だった。彼自身ルナが好きなのだ。逢った瞬間に、愛してます、とほとんど言いそうになったほどに、しかし、だからこそ、その好きな女性を間接的にとはいえ物扱いするのには抵抗があった。
「嫌なの?」
無言のまま見つめ返す新一に、嫌われたと誤解したらしく。ルナは泣きそうになって訊く。
むろん、そんなわけはない。
「君はそれでいいんだね?」
なにかを決意した新一の問い、その問いにコクンと一度頷いてみせるルナ。
「わかった。全力を尽くすよ」
会心の笑みを浮かべての約束である。新一の今までの人生でしてきた約束をすべて足したとしても、これほどの真剣さは出ないだろう。新一自身、そう思ったほどの。
3
レース開催は地球時間で十日後。その間に新一用の船を調達する必要があった。
レース用の船は乗る者の性格や技量によってまったく違ってくる。
その辺の小型船で出場して勝てる、というものではない。
誰もが万全の態勢で挑んでくるのだから当然だが、全ての調整をするには時間が無さ過ぎた。
結局、すでにある船を新一用に改造するしかないと結論づけ、突貫作業にかかる。
だが、その前に。
「なにか、ご注文がおありですか?」
シルバーの髪にシルバーの瞳、透き通るかのような滑らかな肌、全体的に線の細い、少し冷たい感じのする知的美人が新一を尋ねてきた。
アミルナ姫お抱えの技術顧問ミレィエである。
彼女らの星では、出生率が女性と男性で五対一の差があるそうで、どのような職業でも女性のほうが優位を占めているらしい、ただ一つ王位継承権を除いて。
姫の側に居る廷臣の群れは全てアンドロイドなのだそうだ。
「そう言われてもなぁ」
彼女は船の性能に関する要望を訊きに来たのである。新一が扱いやすい船に仕上げるためには必要不可欠なことであった。
それはよく判っていたが、注文と言われても、新一には応えようがなかった。なにしろ、基本的な科学技術が天と地ほども掛け離れた星の人間である。今乗っている船がどんな原理で動いているかも分からないのに、注文の付けようがない。
「とりあえず、小回りの利く小型。出力より機動力。火力より防御力を重視した船がいいね。あと、僕は操縦も初心者だからサポートにAI・Cってのを搭載してくれればいい」
AI・Cというのは、A・I【( aritificial intelligencg)=データを体系的に集積、学習し、自ら考えることで問題解決するコンピュータ・システム】現在地球でも開発が進みつつあるそのシステムの、言わば最終形態である。
言わずともがなのことだが、宇宙空間においては何が起こるか分からない。レースなどをやるときはなおさらだ。星たちの造り出す重力、恒星によって生み出されるエネルギーの風、直径わずか三センチ、いや三ミリの石ころでさえ、この空間では死につながる。
かといってその全てを人間の感覚で把握し切れるものではない。そこで開発され、極端に進化、まさに進化と呼ぶにふさわしい発展を遂げたのがAI・Cなのである。
ちなみに、本来言葉の通じないはずの新一とルナらが、何の違和感もなしに会話できるのも、このAI・Cが即座に両方の言語を翻訳してくれているおかげであった。彼女らは皆AI・Cと直結の端末を常に携帯しているからこそ可能なことなのである。
「それだけ?」
おもしろくなさそうにミレィエ技術顧問が呟く。もっと無理難題を吹っかけられたほうがやりがいがあるのに。そう思っているのに違いない。
「じゃあ、ついでに重力場コントロール装置を外部に向けて使えるようにしてくんないかな。もちろんパワーも最大にまで引き上げてだよ」
当たり前のことだか宇宙は無重力、より正確には無重量状態にある。そんなところに長いこと居続けるのは精神的にも肉体的にも余り好ましくない。従って宇宙船内には人工的に重力場が形成されている。その重力場をコントロールする装置を外部に向けて使う。宇宙船主体のSF映画やアニメではよく聞くアイディアだ。
これで艦首にどでかいエネルギー兵器でも付ければ完璧なのだが、残念なことにレースはレース。小惑星などの緊急回避用の微力な対空砲以外の火器は認められていないので、それはできない。
「どう使う気なのか知らないけど、おもしろそうね」
新一にとってもありがたいことに、彼女は見た目ほど冷たい人間というわけではないようだ。
いわゆる科学万能主義の科学者ではなく、自分の技術に絶対の自信と誇りを持つ技術者としてみるのが正しいようである。
「やれる?」
「技術的にはね。そんなこと考えもしなかったけど」
彼女の星では、そういう言わば邪道の発想をする人間はいなかったようだ。
ああいうのはマンガだから許されるのであって、現実の科学者が造ろうと言い出すのには並々ならぬ勇気と、決意が必要なのかもしれない。
とりあえず、ミレィエの技術力と新一の発想。実際にはマンガの受け売りだが、によって船の改装計画は完成を見た。後は実際に造り出されるのを待つだけだ。
そして新一は今、幌馬車の中にいる。
そう言うとかなりの語弊があるだろうが、AI・Cの自動翻訳システムで彼女らの言葉を日本語に訳すと、このばかでかい船。全長12.000メートル、全幅4.000メートルの箱形宇宙船は幌馬車ということになるらしいのである。
こんな巨大なものがすぐ目と鼻の先にいると言うのに、地球のどのレーダーも天体望遠鏡も気づかないと言うのだから、双方の科学技術の差が嫌でも実感される。
その中央部にある喫茶室で、新一は彼女と差し向かいでいた。
「どうする? 一度地球に戻るか? このまま旅立ってしまえば最低でも二十日は帰れぬぞ。・・・あっ、いえ、帰れないわよ」
いつもの王族言葉に戻ってしまい、アミルナ姫はあわてて言い直した。
「ぷっ、無理しなくていいよ。普段通りで、君、ルナにはそれが似合ってるんだから」
ルナの慌てようがおかしくて、吹き出しながら新一が言う。
「一度戻ろうとは思ってる。無駄だとは思うけど二十日間の不在を取り繕っておかないと、後が恐いから・・・でも、その前に、どうしても一つだけ訊いておかなきゃなんないことがあってね」
レースに出て優勝してくれといわれたとき、脳裏に引っかかった疑惑を確かめないことには、どうにも落ち着かない新一だった。
つまり、レースに出て勝ちそうな奴なら誰でも良かったのか、ということである。
「どうなの?」
「わたしが地球に下りたのは、どこの誰ともわからぬものに嫁がねばならぬ我身を嘆き、逃げ出したかったからじゃ。じゃが、そこでお主に逢った。お主は逢ったばかりのわたしのために体を張ってくれた。わたしはそれにうたれたのじゃ。お主となら幸せになれそうな気がする。それではいかんか?」
そう問う彼女の瞳は慈愛に満ちていて、木石ならぬ人間なら誰でも心和ませる力を宿していた。
「いや、充分だよ」
答ながら新一は立ち上がった。地球に寄るために。




