ビショビショ愚者たン
「うふふ。星ちゃん、ホラ、今のうちに! ね?」
愛流華奈が笑って、星ちゃんに合図をする。
「そうねン、アルカナたン! 今のうちだねン!」
星ちゃんは、横になっている愚者ちゃんの元に駆け寄ると、
「愚者たン! 愚者たン! 元気になあれン!」
と唱えながら、地面に立膝をついた姿勢で、右手に持っている方の水差しの水を、愚者ちゃんの身体にまんべんなく注いでいった。
水差しから注がれる水が、愚者ちゃんの身体をまんべんなく濡らしていく。その途端に、愚者ちゃんの顔や手足の傷がスウウッと跡形も無く消えていった。
「ウ、ウーン……アルカナちゃん……アタシ、お腹いっぱいでもう食べれないよぉ……」
愚者ちゃんが急に、うわ言のような、寝言のような言葉を口に出した。愚者ちゃんは目を閉じたまま、ベロベロッ、とその舌で自らの口の周りを舐めまわしている。
「あらあら、愚者ちゃん、きっと何かの夢を見ているのかしら……お腹がいっぱいだって。きっと、ご馳走がたくさん出てくる夢を見ていたのね……うふふ」
愛流華奈は、愚者ちゃんの幸せそうな寝顔に優しげな笑みをこぼした。
「ハックション!」
愚者ちゃんが突然、大きなクシャミをしたかと思うと、パチッ、とその瞼を開けた。
「うわあーっ! あ、アタシの身体、ビショビショだあーっ!」
愚者ちゃんはブルブルッ、とその身を震わせながら、
「ハックション! ハックション!」
とクシャミを連発するのだった。
「あらあら、愚者ちゃん。せっかく元気になったのに、今度は風邪ひいちゃったのかしら……」
愛流華奈が苦笑いをする。
「愚者たン、ごめんねン……あたしの水差しの水は、病気や怪我を回復させる『生命の水』なんだけど、まさかそれで愚者たンが風邪をひいちゃうなんて思わなかったわン」
星ちゃんは頭に手を置いて、舌を出して照れながら、愚者ちゃんに、
「ごめんねン、ごめんねン」
と何度も謝るのだった。
「ハックション! 星ちゃんはこんな寒空の下、素っ裸なのに、風邪ひかないのが不思議だよーっ! ハックション!」
愚者ちゃんは震えながらそう言うと、
「寒くてしかたがないから、アタシ、カードの中に戻るね……戻って、あったかいお布団の中でグッスリ眠るんだあ! 星ちゃん、アルカナちゃん、アタシを助けてくれてどうもありがとー!」
と言って、ボムッと音をたて黄色い煙にその姿を変え、愛流華奈の制服の内ポケットの中へとスウウ~ッと吸い込まれていった。




