↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

第1話 一対十の試験(模擬戦編)

私は医療分野で、約15年にわたり現場での人材育成に携わってきました。 本作はその中で経験した印象深い出来事や、さまざまな人たちと関わる中で得た気づき、そして人を育てることについて考えてきたことを、ファンタジーの世界に反映させて描いた物語です。

訓練場へ足を踏み入れた瞬間、女性たちの視線が一斉に宙を泳いだ。

四方を高い石壁に囲まれた、広大なグラウンド。乱雑に立てかけられた模擬戦用の木剣や槍、黒く炭化した魔法試験用の防壁、そして足元に広がる踏み固められた赤土。午前中まで執り行われていた、形式ばかりの就任式の華やかさなど微塵も残っていない。

漂っているのは、乾いた砂埃と錆びた鉄、そして冒険者ギルド特有の、無骨で血生臭い実践の匂いだけだった。

主人公はその背中を数歩後ろから見つめ、小さく、誰にも気づかれないように息を吐いた。

(……さて、どう転ぶかね)

今回の試みは、ギルドにとっても前例のない実験的組織運用だ。20歳前後の女性だけで編成された小〜中規模戦闘チーム。表向きには「女性冒険者への門戸拡大」や「新戦力の開拓」といった耳触りのいい言葉が並んでいたが、その裏にあるのはもっと切迫した事情だった。


十年前の大陸間戦争。辛うじて停戦協定を結んだものの、残された爪痕はあまりにも深い。慢性的な戦力不足、増加の一途を辿る魔物被害、そして当時を生き延びたベテランたちの高齢化。組織は喉から手が出るほど、新たな人材の形を求めていた。

だからこそ、集められた十人は選りすぐりだ。

事前に目を通した書類の束が頭に浮かぶ。王立魔法学校の首席、各戦闘課程の上位評価者。実戦という泥沼を知らないだけで、個々の素質と才能だけを見れば紛れもないエリートたちだった。


――もっとも、扱えるかどうかは別問題だが。


主人公は浮かびかけた苦笑を、喉の奥へ押し戻した。

自分が監督官に選ばれたのは、ほとんど偶然の巡り合わせに近い。長年背中を預け合ってきたチームが解散した直後のことだった。年齢、引退、新たな生き方。誰かを責めるような別れではなく、互いの引き際を納得した上での円満な幕引きだった。そんな折、ギルドマスターに酒場へ呼び出されたのだ。

『お前、人に教えるの上手いだろ』

随分と雑な打診だった。だが思い返せば、戦場で新兵の剣筋を正し、乱戦の中で生き残るための戦術を叩き込んできたのは、いつも自分の役回りだった。気がつけば「生き残る術を教える側」に回っていただけのことだ。

視線を前に戻す。まだ互いにぎこちない距離を保ったまま立っている、十人の女性たち。男連中相手とはまた違う難しさもあるだろう。正直なところ、うまくやれる自信など根拠はない。

だが。

(……誠実には向き合おう)

それだけは、この場に立つ前に腹の底で決めていた。


「さて」

訓練場の中央で主人公が足を止め、振り返る。わずかな足音に反応して、十人の視線がぴたりと集まった。緊張と警戒の混ざった、硬い瞳だ。

「いきなりだが、模擬戦を始める」

場が凍りついた。風の音だけが砂を撫でていく。主人公はその静寂を気にした様子もなく、無造作に言葉を継いだ。

「ルールは一対十。十分以内に俺を地面へ倒せたら、お前たちの勝ちだ」

「……は?」

レンジャーのギャルな子が、素っ頓狂な声を漏らした。

「今のお前たちの実力を見ておきたい。それに、お前たちだって指導役がどれくらい動けるか知っておきたいだろ」

主人公は肩をすくめ、訓練用の木剣を軽く回す。

「もちろん準備時間はやる。一時間後に開始だ。それまでに自己紹介をするなり、作戦を練るなり、好きに使え」

そこで一拍置き、口元に薄く笑みを浮かべて見せた。

「言っても、一対十だからな」

呆気にとられた空気は、数秒で消えた。さすがは選抜された上位者たちと言うべきか。

「――役割の確認を始めます!」

リーダーでもある委員長な子の凛とした声が響き、空気の流れが一変する。魔法剣士の冷静な子が間髪入れずに前衛の配置を補足し、レンジャーのギャルな子は身軽に足場や死角の確認へと駆け出す。重装備のタンクでもある活発な子は大盾の重みを確かめながら立ち位置を測り、武闘家のボーイッシュな子がその場でジャンプしウォーミングアップを始める。残り五名の様々な魔法を得意とする魔法使いたちは、それぞれの射線と詠唱の順番を即座にすり合わせ始めた。

少し離れた日陰から、主人公はその様子をじっと観察していた。

(……なるほど、頭の回転が早い)

即席の部隊では、まず「誰が何をするか」の交通整理で時間が潰れる。だが彼女たちは違う。前に立つ者、支援に回る者、指揮を執る者。短時間で無駄なく思考を整理できている。実戦経験こそ薄いが、頭は回る。

前衛に剣士二人と武闘家。中衛に遊撃にレンジャーと前後に支援魔法をかけられるバッファー。後方には属性の異なる三人の魔法使い、そして全体を支える回復役。最後尾にそのすべてを束ねる司令塔が一人。

バランスは取れている布陣だ。

主人公の口元が、わずかに緩む。

(さて、お手並み拝見といこうか)

約束の一時間が経過した。訓練場の中央へ進み出たときには、女性たちはすでに緻密な陣形を敷いて待ち構えていた。

主人公は木剣を肩に担ぎ、軽く首を鳴らす。張り詰めた空気を肌に受けながら、内心では久しぶりの感覚を楽しんでいた。

「始め!」

開始の合図と同時だった。前衛の三人が、弾かれたように土を蹴る。

(速いな)

初動に迷いがない。だが、主人公の重心は微動だにしなかった。突進してくる三人の足取りを見定め、半歩だけ、斜め後ろへと位置をずらす。

それだけで、前衛の背中が後方の魔法組の射線をぴったりと塞ぐ形になった。

「っ……!」

すでに指先に魔力を灯し、雷の魔法の詠唱を完了させかけていた高飛車な子が、舌打ち混じりに魔法の解放を抑え込む。わずかに生まれた射線の空白。主人公はその隙を見逃さず、さらに横へと流れるように足を踏み替えた。

武闘家のボーイッシュな子が鋭いステップで追う。大盾を構えた活発な子が左から回り込み、魔法剣士の冷静な子が退路を断つように挟撃の位置を取る。

三者同時の包囲。だが、主人公の目にはその綻びが見えていた。

(距離が近すぎだぞ)

互いに早く仕留めようと焦るあまり、踏み込みの円が重なり、自分たちで間合いを潰し合っている。

ヒュッと鋭い風切り音が響き、レンジャーの放った訓練用吸盤付きの矢が死角から飛来する。主人公は顔色一つ変えず、首をわずかに傾けただけでその軌道をやり過ごした。

その後では、バッファーの愛着依存な子が魔法の構えをしたまま立ち尽くしていた。前衛を強化すべきか、レンジャーのスピードを上げるべきか、それとも魔法の威力を底上げすべきか。選択肢の多さに圧殺され、判断が一瞬、宙に浮く。

「前衛、左へ展開! 射線を空けて!」

委員長な子の指示が矢継ぎ早に飛ぶ。状況判断は悪くない。切り替えの早さも一級品だ。

だが、頭で理解することと身体が動くことは別物だった。指示を受け止める側の反応が、ほんのわずかに噛み合わない。

一拍の遅れ。実戦の集団戦において、その一拍は致命傷へと直結する。

主人公は木剣の腹で拳をいなし、大盾の突進を身を翻して受け流しながら、十人それぞれの表情を冷静に拾い上げていた。

呼吸の乱れ、視線の癖、判断の迷い、躊躇、そしてその奥にある確かな素質。

(……うん)

猛攻を捌きながら、主人公は確信していた。

(それぞれ、いいモノを持ってる)


十分後。

一度たりとも地に膝をつくことなく、主人公は訓練場の中央に、飄々とした佇まいのまま立っていた。

対する十人は、肩で荒い息を繰り返している。活発な子は大盾の縁に全体重を預けてへたり込み、ボーイッシュな子は悔しそうに前髪を乱しながら拳を握りしめていた。魔法組の額には大粒の汗が光り、ギャルな子は空になった矢筒の底を呆然と見つめている。

十分間、誰一人として、この男へ決定打を叩き込むことはできなかった。

静まり返った中で、女性たちは言葉を失ったまま男を見上げる。

(……強い)

一部の噂には聞いていた。大戦を生き抜いた歴戦の冒険者だとか、とある地方ではそこそこ名を馳せたベテランだとか。だが、実際に剣を交えて突きつけられた現実は、そんな生易しい噂話を遥かに超越していた。

剣筋の鋭さや筋力の話ではない。蓄積してきた実戦の年輪が、桁違いだった。

前衛三人の連撃で退路を塞ぎ、レンジャーの矢で体勢を崩し、中衛の魔法で確実に仕留める。机上の戦術論としては完璧な連携だった。しかも一対十。並みのベテランであれば、最初の一分で押し潰されている。

それなのに、この男は違った。前衛の刃を最小限の動きで捌きながら、

レンジャーの射線

魔法使いたちの呼吸と詠唱リズム

バッファーの迷い

ヒーラーの間合い

そして司令塔の指示の意図

そのすべてを、盤面を真上から覗き込むかのように同時に掌握していた。

避けるだけではない。わざと射線上へ味方を誘い込み、わざと迷う選択肢を突きつけ、わざと互いの間合いを重ねさせる。彼女たちの「集団としての未熟さ」そのものを、冷徹なまでに突いていた。

委員長な子は乱れた息を整えながら、着任前にギルドマスターから聞かされた言葉を思い出していた。

『最強の盾役だ』

最強の剣士、ではなかった。

『あいつはな、勝つ戦いじゃなく、絶対に負けない戦いをやる男だ』 『盤面を決して崩さない』 『だから、どんな無茶な戦場からも仲間を生きて連れて帰ってくる』

聞かされた時は、その意味を実感として掴みきれずにいた。だが、いまなら少し理解できる。

この男は、自分ひとりの強さで戦っていない。戦場全体そのものを、ひとつの生き物のように掌握しているのだ。

「さて」

沈黙を破り、主人公が木剣を下ろして口を開いた。女性たちの視線が、吸い寄せられるように集まる。

「お前たちそれぞれが、間違いなく優秀だ。それは今日の動きでよく分かった」

息を切らしながらも、十人は悔しさと緊張を滲ませて耳を傾けた。

「だが、チームとなると話は別だ」

主人公は訓練場をゆっくりと見渡す。

「互いの理解が足りなければ、個人としてどれだけ正解の動きをしていても、集団としては崩壊の引き金になることがあるんだ」

誰も反論できなかった。今日、この十分間で嫌というほど身をもって叩き込まれた現実だった。

「明日からは、チームとしてどうあるべきかを一から作っていくぞ」

重々しく告げたあと、主人公はふいに居心地悪そうに後頭部を掻いた。

「あー……あと、すまんな」

「……え?」

きょとんとする十人を前に、主人公は申し訳なさそうに両手を合わせた。

「俺、ズルをひとつだけしてた」

「えぇっ!?」

ギャルな子が目を丸くして声を上げる。

「お前たちの前の教官とか先輩たちに、あらかじめ癖と腕前を全部聞き出しておいたんだよ」

悪びれもせずにやりと笑う。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、ってやつだな」

あまりにも軽い調子に、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。そして、主人公はパンと景気よく手を叩く。

「よし! いい汗かいたし、初日だしな!」

さっきまでの底知れないベテランの凄みは跡形もなく消え去り、そこにはただの気さくな中年男の笑顔があった。

「今日は懇親会だ。飲みに行くぞ。もちろん上官の奢りだ。忘れ物すんなよ!」

「えっ、マジですか!?」 「やったー!」

ギャルな子の歓声を皮切りに、訓練場の空気が一気に弾けた。打ちのめされた悔しさは、温かい熱気の中に溶けていく。

「何食べます!?」「お肉がいい!」「いや魚だろ」「あんたまだ息切れてるくせに」

わいわいと騒ぎ始めた彼女たちの姿を見て、主人公は胸の内でそっと安堵の息を吐いていた。

(……誰も、互いを責めてないな)

敗北のあとに犯人探しが始まらない。それだけで、このチームの強みのひとつがわかった。

主人公は背を向け、寄宿舎へ向かって歩き出した。その背後から、慌てた足音が追いかけてくる。

「あ、あの!」

振り返ると、委員長な子が真面目な顔で直立していた。

「忘れ物をするなとおっしゃいましたけど……何を準備していけばいいんですか?」

数秒の沈黙。主人公は顎に手を当てて真顔で考え込むふりをしたあと、ニッと白い歯を見せた。

「おう!」

立てた親指を突き出す。

「夢と希望だ」

一拍の静寂。次の瞬間、訓練場に盛大な吹き出す声が広がった。

「いや意味わかんないんですけど!」「ふふっ……」「なんですかそれ……!」

呆れと笑い混じりのざわめきを背中に浴びながら、主人公は夕暮れの中をゆっくりと歩いていった。

キャラ事の個別エピソードも出てきます。登場人物や出来事は、現実の経験から着想を得た部分もありますが、実際の人物や出来事をそのまま再現したものではありません。その一方で、現場で出会った人々の心情や葛藤をできるだけ大切にして描こうとした結果、登場人物も自然と増えていきました。

本作の執筆には生成AIを補助的に使用しています。 世界観や登場人物の設定、物語の展開、主要な台詞などは作者自身が考案・執筆しました。 生成AIは、主に語彙や情景描写などの文章表現を豊かにするための提案、誤字脱字の確認に使用しています。AIが提案した表現については、作品の雰囲気や登場人物の心情に合うかを作者自身が判断し、修正・取捨選択しています。

本作が、冒険者たちの物語として楽しんでいただけるものになれば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。