恩恵(ギフト)と罰(ペナルティ)再び
「そなたの数々の勲も無駄になってしまったな。相済まぬ。」
「いえ、そ、そんな!」
魔王様にはからかわれているんじゃないかと思うことがある。
魔王様からの過分の言葉に恐縮する俺を見て、少し微笑んでおられる。
魔王様は感情が豊かだ。
すぐ横にいる半神レネが恐ろしく無表情だから対象的だ。
大体、俺の勲と言うが、今回の戦で俺は特に何もしていない。
序盤こそ多少魔法を使ったが、あとは後方支援部隊の農民兵を丘の上に導いただけだ。
さっきまで、俺達は戦場の詳細を説明していたんだから、魔王様だって俺に勲なんてないとわかっている。
それでも慌てる俺を見て、皆も少し表情が和らいだ。
魔王様の狙いはそこだったのかもしれない。
今、俺達は魔王様の執務室に集まっている。
魔王様、半神レネ、ノルデル伯、ジルワード殿、ヤーノシュ殿、それに俺達だ。
神々の宿木急襲を断念し戻ってきていたヴィーラやヴィーラのことが心配でついてきたディアリンもいる。
俺達はブラドに戻り次第、巨神兵のことを魔王様に人払いを願い出て報告した。
それを受けて魔王様が側近だけを集めて開いた会議だ。
俺は改めて、戦のこと、ドワーフ達の加勢とその真意、ドワーフ達から聞いた巨神兵の話をした。
巨神兵のことについては、一足先にブラドへ帰還していたヴィーラからも報告があったから既に知られていたようだ。
魔王様が俺をダシにしてアイスブレイクするだけあって、皆、表情が強張っていた。
巨神兵が動き出したことはそれほどまでに深刻な問題だった。
特に外交を任されているヤーノシュ殿にとっては詰みに近い状況だ。
巨神兵の抜け殻は神々の宿木以外にも四体残っており、それらはフェリジア諸国と南方諸国にある。
神々の宿木の巨神兵が動き出した以上、残りの四体も動き出したと思われる。
そうなればフェリジア諸国や南方諸国がこちらにつくとは思えない。
ヤーノシュ殿は一連の戦況の中で、少しでも魔王国軍に有利なことがあれば、できるだけそのことをフェリジア諸国や南方諸国に吹聴し、同盟締結へと持っていこうとしてたんだ。
それがさっき魔王様が言った、俺の勲が無駄になった云々という話になる。
それどころか巨神兵が動いたということは即ち、神々がこの世界に再び降臨したということだ。
この世界そのものが危機に瀕している。
「奴等め、この世界をまたおもちゃにする気か?」
魔王様が怒気を宿した声で呟く。
魔王様によれば神々にとってこの世界は退屈しのぎの的に過ぎないと言う。
勿論、神々のことなど俺達に理解できる訳もないから、俺達人間で言えばそんな感じというところだろうけど。
創造神によって神々の神界と人界は隔てられ、人界に直接干渉することができなくなったとは言え、なんらかの形で影響を及ぼすことができる。
だから、神々はこれまでも召喚者共を呼び出せるようにしたり、魔王様に情を植え付けたりしてきた。
魔王様によれば、これらは人間でいえば退屈しのぎにちょっかいをかけてきたようなものだと言う。
その神々が遂に禁を破ってこの世界に降臨した。
創造神によって隔離されてきたことが、神々の人界への執着を強くしたのだろうと魔王様はお考えだ。
「奴等が禁を破って、この世界に来たのなら、奴等にも情を与えればよいのだ。あの無慈悲な神々が情に苦しむ姿が見たいわ。」
恩恵と罰だったか。
以前に魔王様から教わった。
創造神は一方に加担することがないから、どちらかに有利なこと(即ち恩恵)があれば、必ず、同時に罰を下すと言う。
これまで魔王様は神界での幽閉中に神々から虐待を受けると言う罰の代償として創造神の裁可で解放されると言う恩恵を受け、他の神々とは違い、この世界に残ると言う恩恵に対して、その力の大半を奪われるという罰を受けている。
神々の悪戯によって情を植え付けられるという罰を受けた時は創造神がスヴァートエルフ族が寝返らせると言うことで恩恵を受けた。
そして、神々は更に嫌がらせとして召喚者という魔王様の天敵をこの世に送り出すという魔王様にとっての罰があった。
それに対する恩恵はまだ受けていないと魔王様は言う。
その上、神界に隔離されていた神々が再び、この世界に降臨するのであれば、それは神々にとって恩恵なのだから、それ相応の罰があって然るべきだと言うことだ。
つまり、魔王様が言うには受けた恩恵は、幽閉を解かれること、人界に復帰すること、スヴァートエルフの裏切りの三つ、罰は、神々からの虐待、力の剥奪、情を植え付けられる、召喚者の登場の四つだ。
恩恵が一つ足りないだろ?ってことだな。
正直、何を以って恩恵とし、何を以って罰と断ずるかについて、俺はやや魔王様と違う見解を持っているが…
いつか、そのことについて魔王様とも話し合ってみたいが、僭越すぎるかもしれないな。
「まずは目の前のことから考えるべきかもしれませんね。」
ノルデル伯の言う通りだ。
巨神兵がこれからどう動くかはわからない。
しかしブラドは今、喫緊の問題を抱えている。
それは陥落一歩手前ということだ。
一歩手前は言い過ぎかもしれないが、戦況はとにかく思わしくない。
ルセ平野では戦下手が露呈した召喚者共だが、奴等の持つ能力、奴等が率いるだけでその軍隊の士気、統率力が飛躍的に上がると言う力により、テルデサード王国軍は連戦連勝でブラドのすぐ近くまで迫ってきている。
折角、ドワーフ達がこちらについてくれても、ヴァラキアの心臓部であるブラドが陥落してしまっては元も子もない。
ブラドは難民で溢れかえっていた。
魔王様の指示により彼等には食事と物資が与えられている。
更にはより後方の地方への避難も進められている。
しかし、退いてばかりでは戦は勝てない。
ヴァラキア軍の状況を打開すべく戦力の再編成と前線の補強に努めている。
こちらに一緒に帰ってきたバリン、バラン兄弟もブラドへ戻るや否や別の軍務に赴き、今はブラドにいない。
魔王様の執務室から辞する直前に俺は恩恵と罰の話が出た時に疑問に思ったことを尋ねた。
「魔王様、ジャン王の登場は魔王様にとって恩恵だったのではありませんか?」
初めて魔王様に謁見した時、魔王様は俺のことを恩恵かもしれないと言ったが、俺なんかより、ジャン王の方が恩恵にふさわしいと思うんだが…
「ジャン王か…確かに彼が現れたことは天祐ともべきではあった。しかし、彼は決して恩恵たり得なかった。」
俺は隣でふゅっとソニアが息を吞むのを感じた。
しかし、魔王様はそれ以上、何も言わなかった。




