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  邂逅③


 クリスが若い男たちの視線を集めてる間、俺はカウンターで飲んでいた。

 今晩は男の血を吸うことになりそうだと考えながら、それでも眼で店にいる女たちを追っていたのは男の哀しい性だと思ってくれていい。

 と、グラスが割れる派手な音がして、

「いい加減にして」

 威勢の良い女の声がした。

 眼をやれば、若い男二人が若い女二人に言い寄っていた。

 若い女、と言ってもガキだな、あれは。高校生ぐらいか。ショートカットの娘と、もう一人は場違いなぐらいに大人しめの服装をした子だった。白いブラウス姿がなんとも似合っていたがクラブじゃ物珍しく、却って注意を引いていた。

 だが、俺が眼を奪われたのは場の雰囲気に似つかわしくない彼女の服装じゃない。

 俺はその娘の顔を見つめた。

 古い古い、俺の脳髄の奥底でとうの昔に消え去ったと思っていた記憶を刺激するものがあったからだ。

 昔、知っていた女に似ていた。

 俺がまだ人間だった頃に知っていた女だ。100年以上も前のことだ。女が生きてるわけもない。

 それに、瓜二つってほどでもない。

 ただ、どこか似ていた。その子は、彼女を彷彿とさせるものを持っていた。

 そういう場所で男が女を口説くのも、しつこい男と嫌がる女が口論になるのも珍しい話じゃない。他の客たちも一瞬はそっちを見たが、すぐに小うるさい音楽に注意を戻した。

 気が付いたときには、俺は彼らに近づいていた。

「そうつれないこと言うなよ。まさか、踊りに来ただけってわけじゃないだろ」

 鼻にピアスした奴がにやけた顔で迫っていた。

 足下で割れているグラスを気にもせずに。

 ランニングシャツから覗く腕にはタトゥーがあった。

 もう一人の男も同じタトゥーをしているから、なにかのチームかもしれないのはそのときから分かっていた。

 牙を剥く毒蛇。

 絵柄としては悪くないがガキが粋がってるようにしか見えなかった。

「少なくとも、あんたらみたいのと遊ぶために来たわけじゃない」

 ショートカットの娘は男どもに負けず強気で言った。

 気の強いのは結構だが、時と場所、それに相手を選ばないと取り返しの付かないことになるのがまだ分かっていない。

 世の中、自分の腕っ節と常識だけで何事も解決できるってもんでもないんだ。拒絶するにもそれなりの遣り方ってものがある。

「俺らみたいのって、言うほど俺らのこと知らねえだろ。あっちで、ゆっくり語り合おうぜ」

 男は穏やかな口調を作っていたものの、涎を垂らさんばかりの顔で言われても説得力の『せ』の字もないってもんだ。

「向こうへ行って。行かないと……」

 警察を呼ぶとでも言いたかったんだろう。そこまで言って、ショートカットの娘は言葉を止めた。

 傍で聞いていて俺は苦笑した。

 場所が場所だ。どう見ても未成年の彼女が警察を呼んだりすれば、自分たちも困ることになる。

 誰が主催か知らないが、港のロフトを改造したクラブだ。

 こういう場所に来て警察呼ぶってのは、居酒屋で禁酒の会を開くようなもんだ。

 男たちもその辺は良く承知していた。

「どうすんだ? ママでも呼んでみるか?」

 凄まれて、さすがに困ったのかショートカットの娘はバーテンに助けを求める視線を投げたが無視された。まあ、実際喧嘩でも始まって店に被害が出ない限りはそうだろう。もともと正規の店じゃない。揉め事は料金のうちだろう。

「優しくするから、ちょっと付き合いなよ」

 一人の手が白いブラウスの娘に伸びた。ショートカットの娘はそれを阻止しようとしたが、そっちもあっさりと男の手に捕まって身動きを封じられちまった。

 怯えて身を竦めた白いブラウスに、小汚い手が触るのを邪魔したのは俺の手だった。

「やめときなよ」

 俺は穏やかに言ったが平穏無事に済むとは露程も思っていなかった。

 そういう連中が女を落とそうとしているのを邪魔すれば角が立たないわけがない。

 普段なら、その程度のことに係わりを持ったりしないんだが……。

 白いブラウスの娘がどうしても気になっていた。

「てめえ、俺らの邪魔すんのかよ」

「そういうつもりはないんだがな」

 俺は二人の娘をちらりと見やり、

「どうやら来る場所を間違えた子たちみたいだ。こういう子に手を出すと、後々面倒になるだけだ。お互いのためにも……」

 そこまで言ったとき、いきなり空いてる手で殴りかかられた。

 まあ、こっちも予想はしてたことだが、もう少し人間らしい交渉ってものを期待してたんだがな。

 俺は相手の拳を軽く受け止めた。

 これでお互い両手とも塞がった形になる。

 もっとも、基本スペックが段違いだから焦りはなかった。相手は歯を剥き出してなんとか俺の手を引き離そうとしたが、俺は涼しい顔のままだった。やせ我慢じゃない。大の大人が三歳児を相手にするよりも楽な作業なんだ、俺には。

 少し力を入れてやれば、相手の骨を砕くことだってできた。

 やらなかったのは男たちを痛めつけるのが目的ではなかったし、騒ぎを大きくしたくなかったからだ。

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