邂逅②
まず、乱獲はしない。
切羽詰まった状況でもない限り徒に人間を殺さない。殺すのは喰う分だけだ。
そしてみだりに仲間を増やさない。当たり前の話だが、捕食者の数を増やして行けば、そのうちに捕食者ばかりで獲物がいなくなる。食物連鎖が崩れるわけだ。
また、考え無しの阿呆に吸血鬼の能力を与えるとろくなことがない。
俺たちはひっそりと闇に潜んでいる必要がある。表立って行動して人類全体に存在を知らしめれば、人類対吸血鬼の全面戦争になる。
吸血鬼は人間に比べりゃ遙かに頑丈にできているから、多少人数差があっても負けることはまずないとは言っても数が違い過ぎる。
種族としての弱点だってある。全人類が本気で俺たちを狩り始めたらいくらなんでも逃げ果せはしない。
それでなくても、俺たち化け物を狩るのを生業にしている輩は世界中にいる。
エクソシストや呪い師。ヴァチカンには表向きは存在しない特務機関もある。
日本で言えば陰陽道や修験道、その手の業を修めた者たちからなる魔狩部衆。
連中は俺たちを含めた異形。人に徒成す化け物たちを研究し、狩り方を学んでいる。俺は元が日本人だから日本に滞在する期間が多いが、何年かに一度海外へ渡るのは狭い地域での追いかけっこが面倒だからだ。国境を跨ぐと追跡が難しくなるのは人間社会の警察どもと同じだ。
ただ個々の国々で独立していた化け物退治の組織が、最近じゃ連絡手段の発達のせいか関係を密にしているから段々厄介になって来た。
ま、それでも俺たちのように少数で広範囲を気ままに動き回っている化け物は捉えられにくい。
同行者が少ないとそういう身軽さがあっていい。あいつと別れた後、俺の同行者はクリスだけだ。増やす予定も減らす予定もなかった。単身が一番小回りが利くわけだが、さすがに長い一人旅ってのは寂しいものがあるからな。クリスみたいな小生意気なガキでも、一緒にいりゃなにかと気も紛れるし、なにかのときには役にも立つ。
化け物を狩る人間どもを警戒するのと同じぐらい、化け物の社会で生きて行くには同類とトラブルを起こさないことも重要だ。
同類と言っても必ずしも吸血鬼とは限らない。
人を餌にする化け物は伝承の中だけでも幾種類かいて、そのうちの何割かは実在する。
俺たちは常に移動をしているが、中には一所に留まり、人間に混じって生活している奴らもいる。
ヤクザの仁義じゃないが、そういう他人の縄張りじゃ勝手な真似をしないに限る。
俺は好戦的な性格じゃない。それにクリスという被保護者がいる。派手な争いは避けるのが妥当だ。
どうせ流れ者なんだから、誰かと争うぐらいなら他へ流れればいいだけの話だ。
前に地域密着型の連中と揉めてえらい目に遭った教訓もあった。
なにしろ化け物同士の殺し合いは熾烈を極める。人間みたいには簡単に死滅しねえからな、お互いに。結果、徹底的にやり合うことになる。
俺ら吸血鬼の難点の一つには痛覚があるってことだろうか。
訓練次第じゃ消すこともできるって話だが、少なくとも俺はその境地に達してないし、目指す気もない。痛覚を消すってことは、他の触覚なんぞも消えるってことだ。
他人と触れ合っても気持ち良くもなんともないなんて嫌だね。
しかも、痛覚消して利点があるとすれば誰かとやり合うときだけだ。
極力争いを避けてりゃ人間並の痛覚があっても問題無し。
だからこそ、化け物同士で揉めると後が大変なんだ。勝っても負けても大怪我するのが当たり前だ。
痛いったりゃありゃしない。
俺らの回復能力、自然治癒は人間とは桁違いだから、人間なら瀕死の重傷と言える深手を負っても問題ない。しかし治るまでは痛い。
いっそ死んだ方が楽じゃないかって傷でも死なないんだからな。痛みを堪え続けるってのは、本当に気が狂いそうになる。
傷が治るまでの時間は個人差と栄養状態でかなり変わって来る。
生々しい話をすりゃ、飯をたらふく喰える状態なら傷の治りも早いが、一滴の血も啜れない状況だとなかなか治らない。
超人的な存在であっても質量保存則はきっちり働くらしいからな。傷を治すにゃエネルギーがいる。そいつは外から得ないといけない。
血以外にも天然自然の霊気とか精気とか言うものを吸収することもできるが、こっちは希薄だし、味気ない。用に足りる濃度まで吸収するのに時間もかかる。
どうしようもないときは地面に埋まってるとか、風通しの良い場所でじっとしていれば空腹は凌げる。血と精気を比較するとエアコンの冷却と団扇の風ぐらいの違いがある。
視点を変えて考えれば、やろうと思えば俺たちには仙人みたいな生き方も可能ってわけだ。
案外、伝承に出て来る仙人ってのは人間を狩ることが嫌になった吸血鬼かもな。だとすりゃ、不老長生ってのも頷ける。
厳密に言えば、不老ってのはちと違う。
栄養補給しないと老いに近い状態になる。ただし、100歳の爺に見えても一回食事すりゃ20代の若さにも戻れるから、吸血鬼の年齢なんていい加減なもんだ。
クリスも今は可愛い娘に見えてるが、飯を抜けば皺だらけの婆になるはずだ。そんな姿には絶対なりたくないそうだが。
俺だってそうだ。
今までのところは俺は吸血鬼になった当初の一九歳の外見年齢を維持してる。それもエネルギー補給が順調に行ってるからの話だ。
飢えて乾いたらよぼよぼになっちまう。
素直に餓死できないのが、吸血鬼の哀しいところだな。気の狂うような飢えに苛まれながらも自然死ってことができやしない。その上に老醜を晒すわけだから二重苦だ。
吸血鬼ってのには他にも困った点がある。
良く知られた陽光に弱いって奴。
こいつは個体差が激しい。
さすがに映画なんぞのように炭になるって例は知らないが、平気な奴も会ったことがない。俺が知ってる中で一番軽度の奴でも、日光を浴びると日焼けの酷い奴みたいになる。俺はと言えば、普通に火傷になる。吸血鬼の尋常じゃない治癒力があるから、火傷なんてものはすぐに治っちまうが、昼間に日向ぼっこするってのは火傷と治癒の鼬ごっこするようなもんだ。
腹は減るし、限界を超えれば治癒が間に合わなくなる。なにより痛みはずっとある。
だから、俺は昼間は極力外に出たりしない。出るとしてもばっちりUVケアしてからだ。
クリスは俺よりずっと陽光に強い。
冬の弱い陽射しの日なら、一日外で活動もできる。肌がひりひりするから嫌だそうだが、俺のように皮膚が焼けて爛れることはない。
他の弱点、心臓を貫かれると死滅するってのは本当だ。
大抵の奴はそれで塵になる。なんとか持ち堪えても、更に頭を潰せばそれまでだ。さすがに心臓と頭をやられて無事だった例は知らない。
面白いことに、頭だけ潰しても復活した奴が前にいたから、どうもまずは心臓を潰すのが肝要らしい。どういう理屈でそうなったのか知らないがな。
と、まあ、ちっとも完全無欠な存在じゃないが、人間より丈夫なのは確かだし、気をつけてさえいれば遙かに長命を保てるのもその通りだ。
ただ、落とし穴ってのはどこにでもある。




