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1 邂逅①

 じゃかじゃかと五月蝿い音。

 クラブの薄暗さと客層は実に申し分ないが、どうも激しい音ってのは昔から耳障りで仕方がない。

 世代のせいじゃないんだろうな。

 クリスなんかは曲に合わせて身体でリズムを取ってる。こういうのが好きらしい。

 要するに、純粋に音楽的な感性の問題だろう。ロックだかポップスだかジャズだか知らないが、俺は騒がしい音楽ってのがどうも苦手だ。静かな曲ならそこまで嫌いじゃないんだが、プレスリーだろうがストーンズだろうが、合わないものは合わない。逆にクリスがその方面が好きだってのが理解の外だ。

 そんな俺だ。当然、クラブへなんて行くのは音楽やダンスを楽しむためじゃない。俺たちが若い連中が集まる場所へ行くのはいつも食事のためだ。

 若い世代。それも夜遊び大好きな連中というのは、俺たちにとってはなんとも都合がいい存在だ。なにしろ、家出の一つ二つ経験してる奴がざらにいて、家に居場所がない奴や、消えても真剣に探してくれる身内がいない奴も楽に見つかる。警察連中も、深夜にクラブ通いしてる奴が姿を消しても、まずは家出を疑うってもんだ。

 と、まあ、俺は飯のために我慢して小うるさいクラブなんぞに出入りするわけだが、クリスはそういう場所が好きだからな。趣味と実益を兼ねてる。羨ましいこった。

 日本じゃ金髪碧眼で小麦色に近い薄い褐色の肌ってのは結構目立つ。しかも西洋人だからか身体の育ちも悪くない。俺の欲目じゃなけりゃ、顔立ちも美少女に類する。確か俺が出会ったときは一五かそこらだったはずだが、化粧すりゃ外見的にゃ立派な女だ。どういう心境か知らないがここ数年は胸パットまで入れてる。入れなくても日本人女子の平均サイズは軽くクリアしてるはずなんだが、女って奴はそんなに大きな胸が欲しいもんかね。ま、男も大きさを欲しがる点じゃ一緒だが。

 はっきり言えば、そんな目立つ外観のクリスが一緒だと動き辛い。

 クリスのファッションに口出す気はないから何度か別行動にしようと言ったのだが、クリスの奴は甘ったれで俺から離れようとしない。

 クリスが仲間になってからかれこれ60年は経ってる。いい加減に独り立ちすりゃいいのにと思わないでもないが、それでも懐かれているのは悪い気分じゃなかった。なんだかんだと、俺も甘いもんだ。

 ただ困ったことに、いつ頃からかクリスは俺が女を口説くのを嫌がるようになった。

 吸血鬼ってのは人間の生き血が食料だ。喰わずとも死ぬことはないが、飢えの苦しみは酷いもんだ。

 で、折角血を吸うなら性的欲求を満たすこともあったわけだが、クリスはそれが気に入らなかったようだ。

 まるで女房気取りだ。

 俺に言わせれば、クリスは妹や娘、保護すべき対象であっても女じゃない。

 それがまたクリスには気に入らなかったのかもしれないが、俺が出会った頃のクリスは病床に伏した痩せガキだった。はっきり言って、異性としても純粋な食料としても俺の食指が動くタイプじゃなかった。不健康な野郎ってのは血も美味くないもんだ。しかも痩せ痩せだったから、血を軽く吸ったらそのまま死んじまいそうだった。

 クリスは今でこそ健康美少女だが、それも人間を捨てた後に得たものだ。いや、元々素材は良かったんだろう。出会った当初、病気と栄養失調で痩せてただけで。

 あのときは本当に酷いもんだった。

 肌の色で差別する風潮がかなり広範囲に充満していた時代だ。クリスの肌(俺に言わせれば健康的で魅力的に見える)、当時クリスがいた国じゃ白くないと人間じゃないって連中が結構いたからな。酷い差別に遭ってたよ。

 だが、今の時代、そんな差別野郎はナリを潜めなきゃいけないのが当たり前になって来た。だからクリスも堂々と外を歩くことができるようになった。それはいいが次の問題が出て来た。容姿に恵まれた異国の美少女ってのは男どもを引き寄せるもんだ。ふと気が付けば何人かの男の眼がクリスに向けられていた。

 どの眼も、美味そうな餌がやって来た、と舌なめずりしていた。

 俺たちにとって餌は奴らの方だ。

 しかしクリスの容姿は獲物を釣る餌としては申し分ないが目立ち過ぎるのも問題だ。

 それに、俺としてはできれば女の血がいい。

 それは人間が豚肉を買うときにこれは牡か雌かなんて気にするようなもんだ。味の違いがあるのかどうかも知らないが、分かるとしてもごく一部の舌の肥えた連中うだけだろう。

 俺の場合は、はっきり言えば気分の問題だ。

 味としては健康な人間なら男でも美味いもんだ。男の肌に牙を立てるのが生理的に嫌だってだけの話だ。

 女がいいと思うのは俺がかつて人間の男で異性愛者だったからだろう。

俺たちの食事は実にシンプルだ。

 獲物を誘い出し、人気のない場所で美味しくいただく。

 いただいた後は適当に遺棄するが、当然人目に付かないような工夫はする。実はこの死体の処理が一番厄介なわけだが、万一発見されてもさっさと次の街へ移動するだけだからそれほど問題はない。

 最近じゃ防犯カメラ類が充実しているが、俺たちは意識的にカメラに映らないことができる。気を抜くとやばいけどな。

 死体が発見され、警察が被害者の足取りを追って俺たちを見たとの目撃証言を得ても、姿は記録されていないって寸法だ。まあ、そこまでドジを踏んだことはないがな。

 人を殺して生き血を吸うというと残酷な話に聞こえるかもしれないが、すべての生物は他者の犠牲の上に成り立っていることを考えれば、人間だけが特例扱いだと思うのがおかしい。それは傲慢ってもんだ。

 人間だって他の生物を喰らって生きてるんだ。自分たちがそういう標的になるのだって食物連鎖って考えから言やなんら不思議でも残酷でもありゃしない。単なる自然の摂理だ。

 人間が動植物の資源保護をするように、俺たちにもいくつかルールがある。

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