再会⑦
※
俺が顔を出したときの駿河と里桜の表情は中々滑稽だった。
まさか、俺がまた現れるとは思っていなかったんだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔って奴だ。
俺は駿河の塒は知らなかったが、前夜と同じクラブに行って例の入れ墨をした連中を捜した。それで、居場所を聞いたわけだ。
難しい話じゃなかった。クラブには駿河の手下どもがいくらでもいたからな。
「なにを考えてる?」
駿河が唇の端を愉快そうに吊り上げた。
「大したことじゃないさ。別に喧嘩を売りに来たんでもない。ただ、ちょっとばかりこの街に滞在する用ができたんでね。一応あんたに断りを入れて置く必要があると思ったのさ」
その部屋は事務所風だった。
繁華街にある雑居ビルの一室だ。
高そうなデスクやらが並んでいた。駿河は違法クラブだけではなく、いくつかの店を経営しているようだった。街の顔役と言ったところだろう。暴力団その他とも深い繋がりがあると思えたが気にしなかった。俺には関係ないことだからだ。
自分と直接の利害関係がない限り他人の生活に不必要に首を突っ込まない。俺が身に付けた処世術の一つだ。
「お楽しみのところを邪魔しちまったか?」
駿河も里桜も服装が乱れていた。俺がノックした後で慌てて整えたようだが、二人がなにをしていたかは簡単に想像がついた。もっとはっきり言えば、ノックする前から俺の耳には里桜の悩ましい声が聞こえていたわけだが、そこは聞かなかったことにするのが大人の対応というものだ。
駿河は気分を悪くした風もなく、
「構わんさ。で、わざわざ挨拶だけじゃないだろう?」
「ああ、飯を分けて貰いたい。狩るのは簡単だが、勝手にやるのは悪いだろ」
「図々しいな」
言われるまでもないことだ。
俺だってそれぐらいは承知していた。
招かれざる客のくせに食事まで用意しろと言うんだからな。
「ま、それは認めるさ」
俺が肩を竦めて笑ってやると、駿河も笑った。
俺も駿河も同種の化け物であるという以外には共通点はない。そうやって笑みを交わしても、そこに親しみなどなかった。互いの腹の探り合いだ。
吸血鬼ってのは外見年齢と実年齢が一致しない。駿河も俺も、若く見えて中身は老獪な爺だ。隙を見せれば足下をすくわれる。
だから、化け物を相手にするときには常になにが起きてもいいように用意をしておく必要があった。
駿河の前で笑いながら、俺がいつでも戦闘に入れる心構えだったのはそういうわけだ。
その辺、匙加減は難しいがな。
下手に警戒心剥き出しだと相手からも警戒される。飽くまでも表面上は穏やかでなくてはいけない。その点は駿河も心得たもので、少なくとも表立った敵意は見せなかった。
「おまえにそこまでしてやる義理はない」
言ったのは駿河じゃない。里桜だ。
彼女は俺に対する敵意を隠そうともせず、日本刀を手に近づいて来た。
それに呼応するように俺の後ろでクリスが身構えた。
「よせ」
駿河が里桜を止めた。俺も同時にクリスを制した。
座っていたと思った駿河が、もう里桜のところまで来ていたのは吸血鬼ならではの動きだ。
俺たちが本気で動けば、並の人間には眼にも止まらぬ速さってことになるだろう。光速が出てるわけでもねえから訓練を積んだ相手ならそれなりに反応されるがな。
速度、膂力、肉弾戦においては吸血鬼の方が人間より圧倒的に有利だ。
人間から吸血鬼になったばかりの奴が戸惑うことはいくつもあるが、身体能力の飛躍的向上もその一つだ。
そうなると、力加減が難しい。
それまでと同じ感覚でいると、うっかりものを壊しちまう。生活してりゃすぐ慣れるもんだが、慣れる前に人間と殴り合いでもしようもんなら一撃で相手を粉砕しちまうこともある。
単純なことだが、重要なことだ。
「こんな奴、始末した方がいい」
里桜が俺を指さした。
「無駄な犠牲だ」
「わたしならやれる」
「かもしれんが、こいつを消したところで、私たちに得られるものはない」
駿河は冷静だ。損得勘定ができる相手ってのは、交渉相手としちゃ助かるもんだ。その分、そういう奴が敵になると厄介だ。できれば最後まで敵にはなりたくなかった。味方である必要はないんだ。ただ敵にさえならなければいい。そう難しいこととは思えなかったんだがな。
「だが、おまえに施しても見返りはない」
駿河は俺を見やって言った。少しばかり上から目線だったのは正直気に入らなかったが、立場を考えて俺は自重しておいた。
「まあな。たぶん、金もおまえの方が持ってるだろうさ」
地に根を下ろし、経済ヤクザよろしくやってりゃ資産もあるだろうさ。俺のような流れ者だと、金なんぞには執着しないんだが、そうでない奴もいるから面白い。
俺が会った中で変わり種の吸血鬼って言うと外科医がいたな。
医者として人を癒すのを目標にして生きて来た習性が吸血鬼になっても抜け切らなかったらしく、結局元の生活を維持したままだった。
「手術中なんて、もう大変ですよ。食欲を抑えるのが」
そう笑っていたが、想像すると結構シュールな光景だ。なにしろ、無影灯に照らされた血だらけの患部を眺めてるのは、血を吸う化け物なんだからな。
駿河はなにかをメモし、それを俺に差し出した。
「そこへ行け。餌を保管してある。一匹くれてやろう」
「親切だな」
「飲食店を経営しているとしよう。大声で騒ぐ迷惑な客が来たときはどうするのが一番だと思う?」
「手土産持たせてさっさと帰らせる、か」
「その通りだ。無論、程度問題だが」
鋭い一瞥は警告だ。
俺がいつまでも街を離れず、タカリを続けるなら対処を考える、ってな。
「私は自分の地盤を築き、安定した生活環境を整えるのに時間を掛けた。それを守るためには努力もする」
「せいぜい長生きしな、化け物」
「そちらもな、不死者」
駿河に背を向けて俺は事務所を出た。
扉を閉めるまでずっと背中に突き刺さっていたのは里桜の視線だろう。里桜は俺を完全に敵視していたからな。




