日常の夜
「りこ、ただいま。今日も美味しいって言ってもらったよ」
話しかける相手はりこの遺影。
実家から持ってきた数少ない荷物のひとつ。
りこへの思いを自覚してから独り言を言う時間が増えた。りこの写真を相手にしたり、明日言うことを想像して。
本物を目の前にしてちゃんと喋れるように。
「明日は何を作るんだろうね。なかなか毎日のメニューを考えるのも大変だけど、やりがいはあるよ。それにね・・・・・りこと一緒に作ったのを思い出せるから。だから、私は大丈夫だよ。大丈夫。大丈夫」
ヒューヒューと音がする。自分の呼吸の音だ。
PTSD。または過呼吸になる前兆。ゆっくりと落ち着いて、心音に集中する。
色んなやり方があるらしいが私は心音を感じるほうがやりやすい。心拍に合わせて呼吸をゆっくりと行なう。
「そういえば、明日はお休みなんだ。皆もお昼ご飯食べるのかな?そこらへんは確認しなきゃいけないね。朝ご飯のこともあるし、このあと行ってくるよ」
とんとん。
「さち、いる?」
「・・・・・・・はぁ、じゃあね。りこ、また」
奥野康太がやってくる。これも最近の常習化だ。携帯を使って誰かを呼ぶのを忘れない。この男とふたりなど、ふざけるなと叫びたくなる。




