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プロスト  作者: ガル
番外編
64/65

前編



 雲一つない晴天だった。

 大通りを埋め尽くしているのは、喜びや好奇心に満ち溢れた市民たちだった。人々の歓声の中、長いパレードが行われている。

 大通りの真ん中を最初に進むのは、綺麗に着飾った音楽隊だ。その次を正装に身を包んだ護衛の軍隊。その後ろを少年少女の聖歌隊が続き、最後にこのパレードの主役が現れた。

 歓声が大きくなる。

 パレードの最後についていたのは、天井部分が開けた造りの馬車だった。シンプルだが高級な荷台には花が散りばめられ、中に佇んでいるふたりを引き立てている。

「レイアさま!!ご結婚おめでとうございます!」

 大きな声に、馬車に座っていたひとりが顔を向けた。純白の衣装をまとったレイアだ。

 隣に並ぶ青年に何かを言われ、レイアは集まった民衆に笑顔で手を振った。再び洪水のような歓声が沸き上がった。




「疲れましたか?」

 レイアが小さく息をついたのに気づいたのか、隣の青年が気遣うように声をかけてきた。慌てて首を振る。

「いえ、大丈夫です。その、ちょっと圧倒されただけですから」

「ああ、確かにすごいですね」

 青年は馬車の外に目を向けて、苦笑した。大通りの両側は市民で埋め尽くされている。

「クールはここ最近暗い出来事ばかりでしたから。ぼくたちの結婚がお祭りのようになるのも仕方がありませんね。お嫌ですか?」

「いえ・・・」

 嫌のはずがない。城下がこんなに明るい雰囲気になるなんて久しぶりのことで、嬉しくないわけがなかった。ただ、それが自分の結婚が理由ということに、まだ心が追いついていないだけで。

 レイアは隣に座る青年をーー今日から夫になる青年をそっと見上げた。

 彼はクールでも有数の貴族の嫡子だった。結婚が決まったのは半年ほど前で、ほとんど政略結婚といっても過言ではなかった。

 しかし実際会った彼は優しいし、何かとレイアを気遣ってくれるのが分かる。この人となら幸せになれるんじゃないかと考えて結婚を承諾したのだ。

 だからこの人を好きになろうと、今は素直にそう思う。

 笑みを浮かべたまま、レイアは再度馬車の外に目を向けた。子供たちが木に登ってこちらに手を振っている姿に、自然と笑顔がこぼれる。

 それに手を振りかえしたレイアは、ふと視界の端に見えた『それ』に気づいた。目を見開く。

 集まった民衆に紛れ込むように立っていたのは、フードをかぶった青年だ。緑の目が、穏やかに微笑みながらこちらを見つめている。その顔、が。

「ーーー!!」

 思わず立ち上がりかけたレイアを、慌てて隣の青年が支えた。

「どうしたんですか?危ないですよ」

「ご、ごめんなさい・・・」

 口ごもりながら謝って、レイアは急いで視線を戻した。けれどそこにはもう、あの緑の目はなかった。






 人混みに紛れ、遠くからパレードを眺めていたフォリオは、馬車が通り過ぎるのを見送ってから、そっとその場を離れた。後ろのほうで退屈そうに待っていた連れ人に声をかける。

「ありがとう、カリル。行こうか」

「もういいのかよ?」

 カリルはちらりとパレードを見やって尋ねてきた。うん、とうなずく。

 今日のことを知ったのは旅の途中だった。

 クールの姫が自国の貴族と結婚すると聞いたふたりは、今日に間に合うように進路を変えた。もっとも自分たちに、決まった進路と呼べるようなものはなかったのだけど。

 隣に並んだカリルが嘆息した。

「ここまで来たんなら会ってけばいいんじゃねーの?クールのお姫サマにさ」

「様子が見れただけでも充分だよ。それに、会わないほうがお互いの為だと思うし」

「お互いの為ねぇー・・・」

 何を考えているのか、カリルは呆れたような顔をしている。

「そういうカリルは?響たちに会いに行くんだろ?」

「まぁ、一応そのつもりだけど。折角あいつらもクールに来てるみたいだし、ちょっと顔出してくる」

 クールとティティン、セイオンの三ヶ国は今や強固な同盟国同士だ。何かと因縁の多かったクールの姫君の結婚披露宴には、かの国の王族も招待されているという。

 カリルは背伸びをしながら言った。

「リオはどうする?一緒に行くか?」

「それはちょっとまずいんじゃないかな・・・」

 フォリオは苦笑しながら答えた。カリルは気にしてなさそうだが、さすがに処刑を逃亡した人間が城に行くわけにはいかないだろう。

「おれは宿で待ってるよ。響によろしく伝えてくれる?」

「分かった。夕方には戻るから」

 カリルはそう断ると、颯爽と城につながる路地へと姿を消した。それを見送ってから、フォリオは宿に向かおうと足を踏み出した。




「すごいですねぇ。レイアさん、お綺麗でしたねー。ねっ、ウィリアムさん!」

 目をきらきらと輝かせ、ひたすらしゃべっているのは響だった。

 結婚式からずっと続いているそれに辟易しながら、ウィリアムは着替えていた。ふたりがいるのは与えられた客室だ。

 賓客として結婚式に招かれたふたりが、クールに入ったのは昨日の昼だった。

 今日の午前、賓客しか入れない協会で式を挙げた新郎新婦は、今はお披露目として城下でパレードを行っている。

 この後すぐ晩餐会と披露宴を兼ねた立食パーティが予定されているので、そろそろパレードから戻ってくる頃合いだろう。

「やっぱりアレですよねー女の子は純白のドレスじゃないと。ウィリアムさんもそう思いますよね?」

「・・・」

「あれ、もしかしてピンクとかのほうが、お好きですか?うーん、確かにピンクも捨てがたいですがでもやっぱり白のほうが」

「響」

「はい」

「うるさい」

 響はショックを受けたように固まった。

「ひ、ひどいです!ぼくはただ、ウィリアムさんの好みをリサーチしておこうと思っただけなのに!!」

「・・・何の話だ?」

「何って、決まってるじゃないですか!ウィリアムさんの花嫁さんのドレスですよ!」

「・・・」

 ウィリアムは目を細めて響を注視すると、疲れたように息をついた。無視をして上着に袖を通す。

「ねー、ウィリアムさんも早く結婚しましょうよ。ぼく花嫁さん見たいです」

「なら響が結婚すれば」

「できるものならしてますよ!」

 響は頬を膨らませている。ウィリアムはこれみよがしに、もう一度ため息をついた。

「おれはまだ結婚はしない。おまえまでサガみたいなこと言うな」

 そうでなくてもここ最近その手の話が多いのだ。王族ならもう結婚していてもおかしくない年齢とはいえ、毎日のように縁談話を持ちかけれてはいい加減嫌になってくる。

「えーでもでも」

「うるさい。しつこい」

 牽制しあっていると、部屋の扉を叩く控えめな音がした。着替えも終わっていたので返事をする。

 扉を開けて入ってきたのは、城の使用人らしき男だった。

 使用人はウィリアムを見ると深々と敬礼し、申し訳なさそうに告げた。

「お休みのところ申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?」

「ああ。何?」

「それが・・・今、正門にウィリアムさまの知り合いだと名乗る者が来ておりまして。ウィリアムさまにお目通りしたいとのことなのですが・・・」

「知り合い?おれの?」

 眉をひそめると、使用人は慌てて言い繕った。

「もちろんそんなはずはないと追い返そうとはしたのですが、なかなか強情で・・・万が一のこともありますし、一応確認だけでもと参ったのですが」

 ウィリアムは肩をすくめた。

「悪いけど心当たりはないな。そいつの名前や性別は?」

 どうせ語りか何かだろうと思いながら尋ねると、使用人からは予想もしなかった名前が返ってきた。

「女性です。カリルと名乗っておりますが・・・いかがいたしましょうか?」

「・・・」

 まばたきを繰り返した後でようやく響を見ると、彼は間抜け面でぽかんと口を開けていた。








 ウィリアムと一緒に急いで城門に向かった響は、そこにいた相手の姿に目を潤ませた。

 うんざりしたような顔で警備兵ふたりとにらみあっているのは、間違いなくかつての主だ。

「カリルさんっっ!!!」

 大声で名前を呼び、こちらに気づいたカリルに飛びつく。すごい。本物だ。嬉しさのあまり胸が詰まってしまう。

 最後に別れてから、二年ぶりくらいだろうか。時々思い出したようにそっけない手紙が来るだけで、こうして直に会うのは本当に久しぶりだった。

 首根っこに抱きつくような姿勢の響に、カリルは最初ぎょっとしていたものの、すぐに呆れたような顔になった。そんな表情すら懐かしい。

 ウィリアムが警備兵に声をかけているのが聞こえた。兵は恐縮した様子でいそいそと持ち場に戻っていく。

 カリルがうんざりした様子でつぶやいた。

「響、いい加減離れろ。うっとうしい」

「・・・ふふっ」

「何笑ってんだ」

「いえ、何かカリルさんだなーって思って」

 何だそれ、とカリルが眉をひそめるのが分かった。笑いながら身体を離し、改めてカリルを正面から見つめてみる。

 短かった黒髪は伸び、肩につきそうなほどになっていた。少年によく間違われていた風貌は、相変わらず化粧っけがなかったが、どこか前より大人びた気がする。少なくとももう少年には見えない。

「カリルさん・・・」

「何だよ」

「お会いできて嬉しいです。相変わらず素敵ですね!」

「何当たり前なこと言ってんだ、バカ」

 カリルはそう言うと「響も全然変わんねーな」と笑みを浮かべた。近づいてきたウィリアムが、呆れたように口を挟む。

「守護霊がそうそう変わるわけないだろ?」

「まぁそうだけど。・・・あれ?つーかウィル、また背伸びた?」

「おまえは縮んだみたいだな」

「ふっざけんな。縮んでねーよ!」

 言い返しながらも気になるらしく、恨みがましそうにカリルはウィリアムを見上げていた。

「それにしても本当に久しぶりだな。急にどうしたんだ?」

「クールのお姫さま、レイアだっけ?結婚式があるって聞いたからさ、旅の途中で寄ったんだ。おまえらも来てると思ったし」

「カリルさんそんなにぼくに会いたかったんですか?」

 わくわくしながら聞いてみると、カリルは響をじっと見た後でウィリアムに視線を向けた。

「ウィル、護符持ってねーの?強力なやつ」

「あいにくおれは持ってないな。ワイズリーに聞いてみるか?」

「すみませんもう言いませんから!」

 響は慌てて割って入った。やっぱり今も昔もカリルは変わっていないようだ。




 パレードから戻ったレイアは、自室で着替えをしていた。この後は披露宴を兼ねた立食パーティだ。純白のドレスを脱ぎ、淡いイエローを基調とした可愛らしいドレスに袖を通す。

 レイアは着替えの間、ずっと考えこんでいた。パレードの時に見かけたあの緑の目が頭から離れない。あれは、あいつだったのだろうか。

「・・・」

「あの、レイアさま・・・?どこか具合でも?」

 着替えを手伝ってくれていた侍女が、気遣わしげに尋ねた。どうやら心配させてしまったらしい。

「ううん。ちょっと考えごとしてただけ。・・・パーティまでまだ時間あるよね。ごめん、ひとりにしてくれる?」

「分かりました。時間になりましたらお呼びしますね」

 深々と礼をすると、侍女は部屋を出ていった。レイアは息をつくと、すぐ側にいた紅に目を向けた。

 紅の姿も見える人間がいるかもしれないと、パレードの時彼女は側にいなかったので、今のレイアの心境など知る由もないだろう。

「紅!」

「レイア?どうしたのじゃ?」

 小さく息を吸い込んで、レイアはつぶやいた。

「・・・パレードの時、あいつに似た奴がいたの」

 名前は出さなかったが、紅はすぐにピンときたようだった。そもそもレイアが『あいつ』という相手は限られている。

 紅は目を丸くした。

「・・・皇子か?」

 レイアは黙ったままうなずいた。

「本人かどうか、確かめなかったのか?」

「確かめるも何も、見物人に紛れてたもの。わたしが見かけたのだって本当に偶然だし」

 気づかなければ、何事もなくパレードは終わっていたのだ。そう思うとちょっとムカつく。

 紅は腕を組んで唸った。

「・・・まぁ、皇子のことじゃ。こっそり見に来てもおかしくはないじゃろうな」

「こっそりって・・・会うつもりはないってこと?」

「皇子の立場と性格を考えたら、会いには来ぬよ」

「・・・」

 確かにそうだろう。そう思うと、納得する反面、どこか苛立つ自分にも気づいた。何だろう、このモヤモヤした感じは。

 このモヤモヤがそのまま顔に出ていたのだろう。紅が苦笑した。

「何じゃ。レイアは会いたいのか?」

「会いたくない」

「ならば何故そんな顔をするのじゃ」

 レイアはぐっと声を詰まらせた。

「・・・そんな顔ってどんな顔よ。ただわたしは、本当にあいつだったのか気になっただけで」

「ほほう?」

「紅!」

 紅が肩を揺らして笑った。

「すまぬな。ついからかってしまった」

「つい、じゃないわよ」

「すまぬと言っておるではないか。・・・そうじゃな。とりあえず響に聞いてみてはどうじゃ?」

 レイアは目をまん丸にして、紅を見上げた。

「響に?」

「ああ。二年前、皇子を逃がしたのは響じゃろう?ならば、あいつには皇子も会うなり伝言するなりするやもしれぬ」

「・・・」

 確かにあいつの性格を考えればそれも充分ありえそうだ。何て面倒くさい性格なんだろう。レイアはこっそりため息をついた。

 


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