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プロスト  作者: ガル
第五部
37/65

第七章



 最初は空耳かと思った。

 この喧噪の中で聞こえたのは、かなり奇跡だと思う。



 遠くから呼ばれたような気がして、フォリオは顔を上げた。隣にいるシルバが怪訝そうな顔をする。

「どうしました」

「今、呼んだか?」

「いいえ」

 露骨に怪訝そうな顔をされ、フォリオは首を傾げた。気のせいか?

 そう思った。しかし。

「リオッッ!!」

「!!」

 再び聞こえた怒声に、フォリオは打たれたように顔を上げた。周りを見渡す。今度ははっきり聞こえた。

 その声。

 その呼び方。この主の少年をそのように呼ぶ人間なんて、思いつく限りひとりしかいない。

 まさか。

「どうしたのです?」

 急に周りを気にし始めたフォリオに、シルバが戸惑いがちに声をかける。もちろん説明する余裕なんてない。

 周囲に目を走らせたフォリオは、離れた場所に見えた黒色に目を見張った。あれは、まさか。

「・・・・・・っ、カリル!?」

 路地に入る手前あたり。距離にすると、五十メートルほど先だろうか。

 人混みに紛れ、確かにその姿はあった。








「リオッッ!!」

 人混みの間をぬって近づこうとするカリルを、響は必死に止めた。

「カリルさん!!ダメです!!カリルさんッッ!!!止まってください!」

 カリルの前に立って、腕を広げても簡単にすり抜けていってしまう。彼女はこちらを見ていない。まっすぐに前だけを見ている。

 不意に、背筋が寒くなった。

 このまま近づいていって、もし捕まったらどうなるのだろうか。カリルはワイズリーの逃亡に深く関わっている。もし兵士に顔を見られていたら。兵士が覚えていたら。こいつだと証言したら。

 そしたらどうなるのか。

 響はくちびるを強くかみしめた。

「カリルさんっ!お願いです!止まってください!!」

 しかしカリルには聞こえてもいないようだった。焦りばかりが募る。

「ロットさん!!お願いします!!カリルさんを止めて!!」

「!は、はい!」

 我に返ったロットが、慌ててカリルの腕をつかむが、乱暴に振り払われてしまった。

「カリルさま!待ってください」

「ロット、おまえは先に行け。おれは用事ができたから」

 そっけないカリルの言葉に、響はぎゅっと目を閉じた。もしここで捕まったら。

 どうなるのか。

 もしカリルが殺されるようなことになったら。

 そう考えるだけで全身から血の気が引いた。

 そんなことさせない。

「・・・カリルさん、すみません・・・!!」

 響は目を開けると、カリルに手を伸ばした。背中から指先を入れる。指先から手。手から腕を。

 カリルが驚いたように振り返った。

「!響ッ!!」

 ごめんなさい、ともう一度繰り返して、響はカリルの身体の中に滑り込んだ。意識をつなげる。カリルの目、声、手、足。全てを使うことに集中する。

 カリルの瞼を開け、カリルの目で世界を見る。その世界の中心に飛び込んできた少年が、こちらに気づいたのがほぼ同時だった。目が合う。驚いたような顔。

 それで分かった。

 この少年が誰なのか。

 ああ、カリルさん。ごめんなさい。

 <カリル>は一歩後ずさった。

「カリルさま・・・?」

「・・・ロットさん。逃げましょう。ここは・・・ダメです」

「響さま・・・ですか?」

 カリルはうなずくと、踵を返した。

 涙がこぼれ落ちそうだった。カリルの身体なのだから、そう簡単に泣いてはだめだ。カリルさんの名誉に関わる。

 必死でくちびるをかみしめ、走ることに集中する。

 とにかくここから逃げなければ。

 




 




目が合った途端、その少女は踵を返した。連れらしき男と一緒に路地の間に姿を消してしまう。

 フォリオは慌てて追いかけようとするが、人混みが多すぎて全く身動きがとれない。

 これだから人間の身体は不便なんだと嫌気がさした。いっそ身体から出て追おうか。でもこんなところで<皇子>が急に倒れるわけにはいかない。

 人込みをかき分けて進もうとしても、なかなか前に行けない。焦りばかりが募る。くそ。

「ちょっとどいてくれ!頼む」

「どうしたのですか、急に」

「っ、シルバ!」

 フォリオはシルバを振り返った。ああもう、この際体裁など気にしていられるか。

「シルバ。フォリオの身体、頼めるか?」

「え?」

「すぐ戻るから!」

 言うより早く、刃はフォリオの身体から抜け、空中に飛び出した。ちらっと見ると、慌ててシルバがフォリオを支えているのが見える。

 悪い、とつぶやいて、刃はカリルが消えた路地裏に急いだ。

 


 入り組んだ細い道。それらをくまなく探しても、もう彼女の姿はどこにも見あたらなかった。





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