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プロスト  作者: ガル
第五部
32/65

第二章

 サガを交えての綿密な打ち合わせの結果、カリルたちがクールに入るのは処刑日の二日前となった。出発は明朝。クールに潜伏している密偵が出迎えてくれるらしい。

 事前に渡された城の見取り図を頭に叩き込んでいると、響がそっと手元をのぞき込んできた。

「どうですか?カリルさん」

「どうも何もねーよ。何だこの城。迷路か?この見取り図所々空白があるし」

「ああー。内部の詳細は、城の使用人ですら伏せられていることもありますからね」

「こんなんでどうしろってんだ」

 カリルは不満そうにぶつぶつとこぼした。まぁ今更文句を言っても仕方がないか。

「あのですね、カリルさん」

「何だよ?」

「実際どうなんですか?」

「何が」

「何がって、決まってるじゃないですか!フォリオさんの婚約ですよ!」

 カリルは見取り図から顔を上げた。妙にわくわくした顔の響と目が合う。なんだその顔は。

 カリルは顔をしかめた。

「リオの婚約がどうしたって?」

「いえ、実際カリルさんはどう思ってるのかなーって」

「どうって」

 カリルは顔をしかめたまま面倒くさそうに答えた。

「びっくりしたけど?」

「・・・それだけですか」

「他にどう反応しろと?」

 響は、はあーっと長いため息をついた。なんだかムカつく。

「カリルさんってよく分からないです・・・」

「おれはおまえの方が分かんねーけど」

「何言ってるんですか。他の皆さんだって気にしてらっしゃったじゃないですか!」

 言われて、ああ、とカリルはうなずいた。そういえば婚約の話が出たときに、やたら伺うような視線を感じた気もするが。

「何なんだ、いったい」

「・・・ぶっちゃけ、カリルさんってフォリオさんのこと、どう思ってるんですか?」

「どうって」

 このやりとり、ついさっきもしたな、なんて考えながら、カリルは面倒くさそうに答えた。

「ダチ」

「言葉づかい悪いです」

「分かりやすいだろ」

「それだけですか?」

「何が言いたいんだ、さっきからおまえは?」

 響は頬を膨らませている。やめろ。

「普通のご友人だって言うのなら、こんな風に追いかけたりはしないと思うのですが」

 カリルは眉間にしわを刻んだ。

「・・・・・・・そんなことないだろ?」

「一般論で言えば、ありませんね。フォリオさんを憎んでいるとかなら話は別ですが」

「おまえに一般論を語られてもなー」

 カリルは息をついて、見取り図を横に置いた。

 フォリオを憎んでいるかと問われれば、それは違うと言える。なので響が何にこだわっているのかがよく分からない。

「リオは友達なんだ。守護の島でできた最後の友達。それを追いかけるのっておかしいか?」

 友達なら守護の島にいくらでもいたけれど、誰もいなくなってしまった。フォリオは守護の島に暮らしていた『カリル』の最後の友人だ。

 響は何故か耳を垂らしていた。

「カリルさんにとって友達って何なんですか?」

「響?」

「サガさんとかエンさんとか汐さんとかウィリアムさんは?ご友人じゃないんですか?」

「あいつらは、まぁ一応仲間だろ?」

「では、ぼくは?」

「おれの付属品」

「なんなんですかそれは!!」

 声を上げた後で、響は堪えきれないように吹き出した。カリルもおかしくなって笑う。

 しばらくして響が「そのほうが、カリルさんらしいですね」とつぶやいた。

 その時、扉をノックする音がした。

 返事をする。入ってきたのはサガで、手に荷物を持っている。

「城の内部は覚えたのか?」

「今覚え中。牢は地下でいいんだよな?」

「そうだ。牢に入る入り口が、城の西側にある」

 室内に足を踏み入れながら、サガが持っていた物を差し出した。革袋と細身の剣だ。

「何だよこれ」

「持って行け。最低限の物は入ってる。向こうで密偵と合流したら、中の手形を見せろ。それで分かる」

 カリルはそれを受け取って、中を覗いてみた。旅に必要な物は一通り入っているようだ。

「んじゃ貰っとく。でも珍しいな。あんたが持ってくるなんて」

 普段のサガなら、そのあたりの使用人を捕まえて届けてきそうだ。言外にそう言うと、サガは少し躊躇うような表情を見せた。

 これまた珍しい顔だ。

「・・・ウィリアムさまに言われたんだ」

「は?ウィル?」

「『おまえはエンや自分を危険なことから遠ざけて、すべてカリルに押しつけるつもりか』とな」

 カリルは目を丸くして響を見た。響も同じようにびっくりした顔をしている。

 響がおずおずと尋ねた。

「えっと、でもそれはウィリアムさんの誤解、ですよね?」

「誤解とは言い難いな」

「えっ?」

 カリルは息をついた。さすがのサガも、ウィリアムには弱いんだな、などと思いながら。

「そんなん今更だろ?エンは他国の王族だし、ウィリアムだってたったひとりの跡継ぎだ。危険なことはさせられないっていう、あんたの考え方は間違ってないと思う」

「おれもそう思う。だがウィリアムさまは納得できないようだな」

 ふーん、とカリルはつぶやいた。思い出したのは響の処遇をめぐって彼と勝負したときのことだ。あの時確かにカリルは、島に隠れたウィリアムのことを非難したが・・・。

「あー煽りすぎたかな・・・」

「なんだ?」

「いや、こっちの話」

 カリルは手を振って誤魔化した。正直に言えば、余計なことをするなと怒られるのは目に見えている。面倒くさい。

「おれはあんたの部下なんだろ?仕方ねーからある程度の命令は聞いてやる。リオを殺せ、以外ならな」

「それは残念だな」

 サガはくちびるをあげて笑うと、「頼んだぞ」とつぶやいた。







 その朝、フォリオがクールに出立すると聞いたレイアは、慌てて城門前に向かった。

 夕べまでは出立の話どころか、フォリオは目を覚ましてさえいなかったのに、一体どういうことなのか。混乱した頭のまま先を急ぐ。

 城門前には随行の兵士たちが馬と共に集まっていた。その中にいた金髪の少年の姿を見つけ、レイアは驚きのあまり固まってしまう。フォリオだ。

 動けないまま凝視していると、視線に気づいたのかフォリオがこちらを向いた。目が合うと微笑み、しっかりした足取りで近づいてくる。

「姫、おはようございます」

「あ、あんた、いつ目が覚めたの?昨日まで意識なかったじゃない」

「ついさっきです。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。姫も看病してくださったそうですね」

「べ、別にわたしは何も・・・」

 微笑んだままのフォリオが、ふとレイアの手を取った。手の甲にくちびるを寄せられ、レイアの思考回路は完全に停止する。隣にいた紅も、ぽかんと大きく口を開けた。

「ありがとうございました、姫。・・・姫?」

 バッチン、という、もの凄い音が響いたのはその直後だった。その音でレイアは、自分が思いきり頬を平手打ちしたのだと気づく。ああ、手が震えている。

「いってー」

「あ、あああああんたね!いきなり何するのよ!」

 フォリオは赤くなった頬をこすり、呆れたような表情を浮かべると、

「姫さん、そりゃやりすぎだって。これ一応フォリオの身体だからさー」

 と言った。フォリオの口から突然飛び出した砕けた口調に、レイアは愕然とする。

 紅が目を見開いた。

「おぬし・・・まさか刃か!?」

 指さされたフォリオは、にやりと笑みを浮かべた。おおよそ普段のフォリオらしからぬ表情が、肯定を意味している。

「貴様、何を考えておるのじゃ!主に憑くなど、気でも狂ったか?」

「失礼な奴だな。おれは正気だって」

「どこがじゃ!」

 フォリオ(正確には刃だが)はため息をついた。

「仕方ないだろ?ギリギリまで待ったけど、フォリオ起きないんだからさ」

「ギリギリって、まさかクールに行くために?」

「ああ」と答えたフォリオを、紅は怪訝そうに見た。

「解せんな。なぜそこまでしてクールに行く必要がある。代理を立てれば良い話ではないか」

「そ、そうよ」

 フォリオはまたひとつため息をついて、内緒話をするように顔を寄せた。近い。思わずレイアは後ずさってしまう。

 フォリオは声をひそめて言った。

「姫さん。トランドの軍隊のうち、どれくらいがフォリオの直轄か知ってるか?」

「そ、そんなこと知るわけないでしょ?」

 というか、近い!顔が!叫びたいのを必死で堪える。

「大体三分の一くらいだな。あとは軍に所属してる将軍たちの管轄だ。クライスは前線から退いてるから、それほど多くもない」

「そ、それが何だって言うのよ?」

「簡単に言うと、知られるわけにはいかないんだ。フォリオが昏睡状態だってことを、他国の奴らにな」

「な、なんでよ?」

「じゃあ仮にティティンがこのことを知ったとしたら、どうなると思う?」

「どうって言われても」

 いきなりの質問返しに、レイアは戸惑った。そんなこと言われても分かるわけがない。

 紅が助け船を出すように口を開いた。

「ティティンからしたらまたとない好機じゃろうな。軍の三割を保持し、なおかつ指揮までとる皇子が動けんのじゃ。攻めてくださいというておるも同じじゃろう」

「そういうこと」

 フォリオは腰に手を当ててうなずいた。

「実際、もう外ではフォリオの不在を怪しむような噂もあるらしい。ティティンが動く前に手は打っとかないとまずいんだ。フォリオが起きたら負けてました、じゃ洒落にならないからな」

「つまりおぬしが皇子の振りをすることで、国内外に健在を印象づけるいうことじゃな?」

「まぁ大体そんな感じだな。分かったか、姫さん?」

「い、いちいち確認しなくても分かってるわよ」

 レイアはぼそぼそと小声で答えた。そこまで考えつかなかった自分が恥ずかしい。

「それで、貴様はいつまで振りとやらを続けるつもりなのじゃ?」

「うーん?フォリオが起きるまで?」

「それなら永遠という可能性もあるわけじゃな。レイア、よいのか?このままでは刃と結婚する羽目になるやもしれぬ」

「えっ!?嫌よ!」

 反射的に拒否ったレイアに、フォリオが「さすがにそれは傷つくな」と苦笑する。

「さっきのは冗談だって。そんな心配しなくても、クールから戻ったら身体から出るさ。おれだってずっと敬語で愛想振りまいてたら死んじまうからな」

「そのまま死んでしまえばよいのじゃ」

「それは遠慮しとく」

 朗らかに嫌みをかわしたフォリオに、レイアが尋ねた。

「そもそも何をしにクールに行くのよ?」

「何ってそりゃ・・・」

 言いかけて、フォリオは口ごもった。それで何となく察しがつく。自然と声が低くなった。

「・・・何か、あるの?言えないようなことが」

「うーん。あるっちゃあるんだけど」

「はっきり言いなさいよ」

 語尾を強めて促すと、渋々ながらフォリオは口を開いた。

「まぁ隠してもいずれ分かるから言っておくけどさ。・・・処刑が決まったんだよ。例の暴動の首謀者の男の」

 レイアは小さく息をのんだ。紅は痛みをこらえるように眉をひそめている。

「・・・嘘。聞いてない」

「教えたら行くとか言うだろ姫さん」

「行くに決まってるでしょ!どうして早く言わないのよ!?」

 フォリオはため息をついた。中身が違うと分かっていても、その姿でため息をつかれると苛ついてしまう。

「姫さんは見ない方がいいと思う」

「なんでよ!」

「本当に分かってるか?処刑だぞ?大勢の人間の前で、首を落とすんだ。立ち会う以上、おれたちは目をそらすことなんて許されないし、泣くのも喚くのも論外だ。おれはともかく、姫さんにそれができるのかよ?」

「・・・」

 レイアは返す言葉を失った。想像してみる。自分にできるだろうか?平静を保ったまま、最後まで見ていられるだろうか?

 口火を切ったのは紅だった。

「レイア、出立の用意をするぞ」

「おい紅」

 苦い顔で止めたフォリオを、紅は冷ややかに見やった。

「刃、おぬしは勘違いをしておる。レイアはそんなに弱くはないぞ?それに、他でもないわたしたちの国の問題じゃ。レイアだけではない。わたしも見届ける責任があろう。違うか」

「本当に可愛げがないよな、あんたは・・・」

 呆れたようにフォリオはつぶやくと、レイアに視線を戻した。

「姫さん、どうする?」

「・・・行くわよ」

 レイアは気丈に答えた。躊躇いはもちろんあったが、ここで行かなければ、今後同じような事態をずっと逃げることになる気がしたから。

 フォリオは肩をすくめると、出発時間を教えてくれた。

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