第一章
軍に在籍するため、サガがカリルに与えた役職は『軍師補佐官』だった。いわゆる側近と呼ばれるもので、サガの直属部下にあたる。
「側近ねぇー・・・」
カリルは机に頬杖をついてつぶやいた。
王宮の一角にある大会議場。サガたちとともに王宮に戻ってきたカリルは、早速会議とやらに駆り出されることになった。居ろ、と言われる以上は居るつもりだが、正直窮屈すぎる。
カリルの隣の席に座っていた響が、首を傾げた。
「どうかしましたか?カリルさん?」
「・・・なんでお前が席に座ってんの」
「いいじゃないですか!ぼくの席なんですから!」
そもそも守護霊に席があること自体、おかしいんじゃないだろうか。カリルたちは彼らが見えるからいいものの、そうじゃない人間からしたら、不自然に空いた席にしか見えないはずだ。
「いいんですよ。カリルさんたちが分かってくださってるんですから」
「そういう問題か?」
「そういう問題ですとも」
答える響は上機嫌だ。終始にこにこしている。こうしてここにいられることが余程嬉しいらしい。
カリルは嘆息すると、窮屈な詰め襟を緩めた。
ここに着いた際、着替えろと半ば強制的に軍服を渡されたのだが、これがまた動きづらいことこの上ない。軍の正装らしいが、こんなので本当に戦えるのかと思う。
カリルは閉ざされたままの扉を見やった。
「しっかし遅せーな。会議とかいうの、やるんじゃなかったのかよ?」
会議場にはカリルと響の姿しかない。会議に出ろと命令したサガすらいないとはどういうことなのか。
「そうですねぇ。ぼく、見てきましょうか」
響が腰を浮かしかけた時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは、エンと汐だった。
先に席についていた軍服姿のカリルに、エンは珍しいものを見たようにまばたきを繰り返した。
「・・・なんていうか、馬子にも衣装?」
「てめー久しぶりに会って言うことがそれか?つーか、お前だけには言われたくないからな!」
カリルは小柄なエンを指さして反論した。自分が似合っていないことは自覚しているが、明らかに外見が子供のエンにだけは言われたくない。
エンは不思議そうに首を傾げた。
「ぼくはあなたよりかは似合ってるよ。ね、汐?」
「そうだね。エンちゃんは何着ても似合うしねぇ」
もはや親バカとしか称せないやりとりに、カリルは呆れ返った。こいつら全然変わってない。
「カリルさん、大丈夫ですよ!カリルさんだってエンさんに負けないくらいお似合いですから!」
「あーはいはい。分かったから黙れ」
「何なんですかその反応は!ひどいです!」
ふたりの言い合いに、汐が苦笑した。
「あんたら変わらないねぇ」
「汐たちもな」
笑みを返すと、汐はさらに笑った。
「元気そうで良かったよ。とりあえず、これからよろしく。期待してるからね」
エンが席につきながら「足、引っ張らないでね」とぼそりとつぶやいたのを耳聡く聞きとめ、再び室内はにぎやかになる。
騒がしい会議場に遅れて入ってきたサガが顔をしかめた。
「何の騒ぎだ?」
「あ、サガ。遅せーよ」
扉側に目を向けたカリルは、サガの後ろにいたウィリアムを見てまばたきをした。それこそ先ほどのエンと同じように。
ウィリアムは島で着ていた軽装ではなく、カリルと同じように軍服に身を包んでいた。
カリルはまじまじとウィリアムを見た。そうしていると王族に見えないこともない。島にいたときは、ただの反抗期の少年にしか見えなかったのに。
「ウィル、おまえ皇子って本当だったんだな・・・」
妙に感心して言うと、ウィリアムはじっとカリルを見つめた。ふとくちびるを上げる。
「おまえも本当に女だったんだな」
「喧嘩売ってんのか?」
「先に言ったのはそっちだ」
「てめー、表に出ろ!」
「カリルさん、落ち着いてください!ほら深呼吸ですよ息吸ってー吐いてー」
「おまえは黙ってろ!」
混乱しきったその場をまとめたのはサガの「会議をするつもりがないなら出ていくように」という冷ややかな一言だった。
「クール?」
初めて聞く国名に、カリルは眉をひそめた。元々島で閉鎖的な生活をしていたため、世界のことは知らないことばかりだ。
サガがうなずいた。机の上に広げた地図を指で示す。そこにはクールと記載された大きな国があった。
「クールはトランドの同盟国だ。元はトランドに並ぶ軍事国家だったが、四年前の戦争でトランドに負け、以来属国となっている」
「属国?同盟国じゃなくて?」
「あれは同盟という名の支配だな。表向きは同盟関係を示しているが、実際には支配に近い」
ふーん、とつぶやいてカリルは食い入るように地図を見つめた。
「ここ最近、クール内部で不穏な動きが多くなった。簡潔に言えば、政府派と反政府派の対立だな。今の国王は元はトランドの官僚で、政府丸ごとトランドに従っているのは間違いない。一方でそれに不満を持つ者が現れはじめ、それが表面化してきたというわけだ」
カリルは顔をしかめた。やはり政治というのは面倒くさそうだ。
「で、そのクールとおれらが何か関係あるのかよ?」
「ああ。少し前、クールで大規模な反乱があった」
「反乱?」
「反乱軍、解放軍、義勇軍・・・立場によって呼び名は変わるだろうが、要は現政府妥当を掲げた国民の集団だな。これがクール軍の駐屯地を潰しにかかったんだ」
カリルは隣の響と顔を見合わせた。彼は不安そうな表情でサガに聞き返す。
「それで、どうなったんですか?」
「結果だけ言えば・・・ここでは解放軍と呼ばせてもらうが、そちらが敗北した。最初は健闘したようだが、途中からトランド軍が介入してきたんだ。さすがにそれに勝てるはずもない。首謀者が捕らえられ、反乱は鎮圧された」
「その首謀者はどうなったんだ?」
「審問にかけられたようだが、生かされるわけがない。五日後に公開処刑が決定したそうだ」
「処刑」
嫌な響きにカリルは顔をゆがめた。これがサガが以前言っていたルールというやつなのかもしれないが・・・。
サガがカリルに目を向けた。
「というわけだ。カリル、響」
「あ?」
「おまえたちの初仕事だ。首謀者の男が処刑される前に、彼を逃がせ」
「はぁっ!?」
あっさりと言われた内容に、カリルは目を見開いた。なんだそれは。
「ちょっと待て。今の話の流れから、どうしてそうなるんだよ?」
「はっきり言うが、今回反乱を起こした民は、おれたちの同志と言って過言ではない。クールの現政府が倒れれば、トランドの同盟関係は白紙も同然になるからな。そうなればトランドの戦力にも大きな痛手となる」
サガの説明を補足するように、それまで黙っていたエンが口を開いた。
「実際、今回の反乱ってぼくたちも一枚噛んでたんだよね」
「どういうことだ?」
「セイオンからは大量の武器を、ティティンからは金と人を解放軍に送ってたんだ。もちろん内密にね」
すでにごちゃごちゃになりかけている頭の中を整理しながら、カリルは問い返した。
「つまりあんたらはクールの王権をひっくり返したいってことか?」
「そうだ」
サガがうなずいた。
「捕まった首謀者・・・ワイズリーという男だが、彼は解放軍の核だ。人望も厚く、機知に富んでいる。本気でクールを潰すつもりなら失うわけにはいかない人物なんだ」
「・・・なるほどね」
カリルは背もたれに体重をかけて、考え込んだ。
要はクールの政権をとって、トランドを孤立させたいということか。そのために捕まっているワイズリーとかいう男の存在が必要になる。面倒くさいが、やるべきことは単純のように思えた。
「分かった。やればいいんだろ?」
「珍しく物分かりがいいな」
汐が責めるような目をサガに向けた。
「サガ、まさかとは思うが、カリルと響だけにやらせようってわけじゃないだろうね?」
「逃亡にティティンやセイオンが噛んでいると知られるのはまずい。あちら側に攻撃の口実を与えるわけにはいかんからな。だから表だっての行動はできない」
だが、とサガは続けた。
「さすがにそういうわけにもいかないか。汐、ふたりと一緒に行ってくれるか?」
「了解。お安いご用さ」
エンが首を傾げて、手をあげた。
「ぼくは?」
「おまえは待機だ。ウィリアムさまと一緒に・・・」
「おれは行く」
サガを遮ったのはウィリアムだった。強い目をした少年に、サガがため息をついた。
「ウィリアムさま。先ほども申し上げましたが、今回の件に他国が絡んでいることは、伏せなければなりません。エンやウィリアムさまがご一緒だと分かれば、言い逃れはできないのです」
「響や汐はいいのか」
「彼らならどのようにでも言い逃れはできます。そもそも見える人間は少ないですし、見えたとしてもそれを他人に証明することは困難ですから」
「だが」
納得できないとばかりにウィリアムは食い下がっている。その時、その場にはそぐわない軽い口調でカリルが言った。
「まぁ、何とかなるさ」
「何とかって。おまえ、正気か?危険に決まってるだろう?」
「響がいるんだ。そう簡単に死なねーよ。だろ?響」
「はい!頑張ります!」
なおも渋そうな顔をしているウィリアムに、カリルはあっけらかんと言った。
「それに話聞いてると、大人数で行くより少ない方がやりやすそうだ。だからついてくんな。迷惑だ」
実際、守護霊の加護があるカリルより、生身のウィリアムの方が遙かに危険度は高い。
ばっさりと切り捨てると、渋々ながらもウィリアムは納得したようだった。とりあえずカリル、響、汐の三人でクールに向かうことが決定する。
ふとサガが思い出したように言い足した。
「そうだ、カリル。これは余談だが」
「何だよ?」
そこでサガは何故か意地悪げに笑みを浮かべた。
「トランドの皇子とクールの姫・・・確か名前はレイアだったかな。ふたりの婚約が正式に発表されたようだぞ?」
「は?婚約?」
カリルは耳を疑った。
婚約?婚約ってあれか。結婚を前提にしたやつ。誰と誰が?
カリルが正確に理解するより、響が「ええええええええええ!?」と叫ぶほうが早かった。
刃はため息をひとつついて、フォリオの部屋の壁を抜けた。廊下に出ると、部屋の扉の前で右往左往しているレイアを見つけた。側にはもちろん紅もいる。
「何やってんだ、姫さん?」
「えっ!?あ、あんたいつの間に?」
「いや、ついさっきだけど・・・」
レイアの動揺っぷりについ苦笑してしまう。
「そう言うおたくらは、いつからそこに?」
「つ、ついさっきよ!!」
「ふーん?ついさっきねぇー・・・」
ちらりと紅を見ると、それ以上は突っ込むなと言わんばかりににらみつけられた。やれやれ。
「フォリオに会いに来たのか?」
「そ、そうよ。近くに寄ったからついでに」
「そりゃどうも。悪いな」
ふとレイアは神妙な顔つきで声をひそめた。
「・・・あいつ、どうなの?」
刃は首を横に振った。
「まだ、目ぇ覚まさねー」
「まだ?もう三日でしょ?」
愕然とした問いかけに、刃はうなずいた。
フォリオが意識を失ったのは三日前、リナの葬儀が済んだ直後だった。以来呼びかけにも応えず、延々と昏睡状態が続いている。
「原因は何なのよ?」
「医者は過労だって言ってるが・・・どうだかな」
おそらくそれだけではないだろう。極度の過労に加え、精神的に追い込まれたんだろうと刃は思っている。リナの死の直後にカリルの件だ。こんなことならあの時何が何でも黙っているべきだったと、今更ながら思う。
本当に今更なのだけれど。
「ま、顔でも見てってくれよ。でも寝込みを襲うのは勘弁してやって」
「バッ、バッカじゃないの!?何言ってんのよ!」
「そうじゃ!破廉恥な!」
ふたりしてあたふたするのがまた面白い。刃は笑いながら、冗談だ、と一応言っておく。
「んじゃよろしく。おれちょっと用事あるから」
「ちょっと、どこ行くのよ?あいつのこと放っておいていいの?守護霊でしょ」
「すぐ戻ってくるから、それまで姫さん見ててよ。クライスから呼び出されてんだ」
現王の名前に、レイアは渋面した。どうやらクライスは苦手らしい。
刃は「それじゃよろしく」と片手をあげた。
「お邪魔ー」と言って窓をすり抜けてきた刃を、公務室にいたクライスは呆れたように見た。
「相変わらず変なところから来るな。おまえは」
「こっちのが近道なんだからしょうがねーだろ?んで、用件は?」
クライスは開いていた厚い本を閉じた。
「フォリオの様子はどうだ?」
「どうもこうも相変わらずだ。気になるんなら来りゃいいのに」
「阿呆。あいつのおかげでこっちは政務漬けの毎日なんだ。そんな暇あるか」
その発言に、今度は刃が呆れてしまった。
「言っとくが、それ毎日あいつにやらせてたのっておまえだからな」
「はて聞こえんな。年で耳が遠くなったか?」
「この狸じじい」
毒づくと、愉快そうにクライスは笑った。刃は窓にもたれて腕を組む。
「それで?用がないんならおれ戻るぞ?」
「フォリオを明後日までに起こせ」
唐突な言葉に刃は眉をひそめた。
「は?」
「五日後にクールで先の反乱の処刑が行われることになった。立会人としてフォリオに行かせる」
刃の脳裏に、あの時の男の姿が浮かんだ。処刑。分かりきってはいたが、やはり嫌なものだ。
「フォリオは無理だ。クライス、おまえだってそんなことくらい分かるだろ?」
「分からんな。その時にレイアとの結婚についてもルベルトと進めなければならん。刃、時間は待ってくれんのだ」
「クライス」
苦虫を噛みつぶしたような表情の刃に、クライスは続けて言った。
「刃、おれはフォリオの状態について箝口令を城中に言い渡した。他国はもちろん、国の民にも知られてはならない。その意味が分かるか?」
知られてはならない。
刃はますます顔を険しくした。その意味が分かってしまう自分にほとほと嫌気がさした。




