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プロスト  作者: ガル
第三部
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第八章

 クールに入って三回目の戦闘に入ったとき、反乱分子による思わぬ反撃があった。どうやら今回の首謀者が潜んでいたらしく、混戦状態が長く続いたのだ。

 フォリオは刃と前戦に赴いたが、レイアは陣営の中で、紅とシルバと共に残るしかなかった。威勢良くついてきたものの、正直何もできない状況が歯がゆかった。

 いや、とレイアは周りをそっと見やった。

 何もできないどころか、足手まといになっているかもしれない。自分ひとりのために、シルバや兵士が陣に残るはめになっているのだから。

 ついていくといった時のフォリオの反応を思い出すと、余計に落ち込んでしまう。

「レイア、どうしたのじゃ?気分でも悪いのか?」

「なんでもない・・・」

 無表情で立っていたシルバが、ふと顔をあげた。陣営に兵士がひとり入ってくる。シルバに礼をとり、何かを報告すると、また外へ出ていった。

 レイアはシルバを見た。

「なにかあったの?」

「勝敗がついたそうです。どうやら首謀者らしき男が捕まったようですね」

「首謀者・・・」

「様子を見て参ります。姫さまはここでお待ちを」

 シルバは礼をとると、颯爽とした足取りで出ていった。



 シルバが出ていって三十分ほど経った頃、ようやく彼女は戻ってきた。シルバに続いて入ってきたフォリオの姿に、思わずレイアは立ち上がった。

 彼の軍服は血で真っ赤になっていた。顔も同じ色で汚れている。

「あんた、それ・・・怪我?」

 震える声で問うと、フォリオは目元を歪めた。いえ、と堅い声で答えが返ってくる。

 紅が感情を消した声で吐き捨てた。

「レイア、刃がおるのだからあいつは怪我などせんよ。あれはクールの民の血じゃ。そうじゃろう?」

「紅、やめろ」

 刃の制止に、紅はふんとそっぽを向いた。レイアはフォリオから視線が外せない。凝視するレイアに、堅い表情のままフォリオが話しかけた。

「姫。もうご存じかもしれませんが、今回の首謀者を捕らえました。お会いになりますか?」

「えっ?」

「本人は姫に申し開きがしたいと言っていました。ですが、お会いになるかどうかは姫が決めてください」

「わ、わたしは・・・」

 レイアは手を握りしめた。心臓がどくどくと鳴っている。みんなの視線が集まっているのが分かる。

 ぎゅっと目を閉じた。

「姫?」

「・・・会うわ。連れてきて」

「・・・分かりました」

 フォリオがうなずいた。

 再び外に出たシルバが、兵士を引き連れて戻ってくる。

 兵士に囲われるようにしてレイアの目の前で膝をついたのは、四十前後の男だった。腕は後ろで括られている。全身が汚れ、あちこちから出血していた。

 ぼろぼろの姿になってもなお、強い目をしていた。

「姫さま。お会いできて光栄でございます。このような姿での拝謁をお許しください」

 レイアはぎこちなくうなずいた。

「・・・なぜこんなことをしたの?」

「恐れながら姫さま。今のこの国はトランドの属国と化しつつあります。ここ数年であがった税金は全てかの国へ流れ、不条理な交易を押しつけられる。この国は緩やかに衰弱していっているのです」

 男は苛烈な目でフォリオをにらみつけた。

「トランド王からすれば、敗戦国である我が国の主権など認めていないのかもしれないが、それでも我々は独立した国なのです!かの国の言いなりになる必要などありません!」

「・・・それが理由?」

「今のままではやがてクールは滅びるでしょう。そうなっては遅いのです」

 レイアは細く息を吐き出した。

「あなたの気持ちは分かるわよ。でも、こんなやり方は」

「正しくないと?姫さまは、悔しくはないのですか。王を殺され、民が虐げられているというのに」

 責めるような口調にカッとなった。

「悔しいに決まってるでしょ!」

 いきなり大声を上げたレイアに、周囲が驚いている。レイアは男をにらみつけ、なおも怒鳴った。

「だからって力ずくでなんとかしようなんて、バカじゃないの?トランドが動くくらい予想ついたでしょ!反乱なんてね、どんなに正義があっても勝てなきゃ意味ないの!逆賊扱いされるじゃない」

 そうだ。勝てなければ意味なんてないのだ。レイアは震える息をのみこんだ。

 トランドが憎いのは自分だって同じだ。復讐しようとしたことだってある。そこで唐突に気づいた。

 あの時、もしフォリオを殺していたとしたら。そんなことになったら、トランドに格好の名目を与え、今度こそクールは滅びていただろう。それこそ叩き潰されていたに違いない。

 レイアは目を見開いたまま、拳に力を入れた。紅がそっと名前を呼びかけている。

 静まりかえった室内で、最初に動いたのはフォリオだった。兵士に指示を出し、男を外へと連れていく。

 レイアは慌てた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「姫」

「あの人、どうするつもり?まさか殺すんじゃ」

 フォリオは目を伏せて告げた。

「・・・これはクールの問題ですから。首謀者の処遇はルベルト王に任せます」

「そんなことしたら殺されちゃうじゃない!義父さまだって、所詮トランドの人間なんだから!」

「姫!」

 怒鳴られ、びくっと肩が跳ねた。信じられない思いでフォリオを凝視する。この少年が怒鳴ったのを初めて聞いた。声を上げたフォリオも自分と同様、驚いたように目を見開いている。

「・・・すみません、大声出して」

 フォリオはそう謝って目をそらすと、陣営を出ていった。刃も肩をすくめ、ついていく。

 残されたシルバが、どこか冷めた視線をレイアに向けた。

「姫さま。国というのは法で成り立っています。たとえ王族でも法を犯すことはなりません。それはお分かりですか?」

 レイアはくちびるをかみしめた。

「・・・そんなこと、分かってるわよ」

 それならば結構です、と言いおくと、シルバも外に出ていった。





「フォリオ、」

 主を追って陣営を出た刃は、すぐにフォリオの姿を見つけることができた。

 全身に浴びた返り血のせいで、顔色の悪さが一層目立つ。

「大丈夫か?」

 大丈夫じゃないことくらい分かりきっているのに、そう聞くしかない。案の定フォリオは、ああ、とつぶやくと、視線を動かした。そこには兵士に押さえられたままの男がいる。

 フォリオの視線に気づいたのか、男がくちびるを歪めた。

「・・・愚劣な蛮族め」

 声は深い侮蔑に満ちていた。

「それだけ人を殺めれば気が済む。そんなに己の領土を広げたいか。この強欲奴めが」

 フォリオが息を呑んだのが分かり、刃は渋面した。

「は、所詮おまえと父親と同じだ。争いを求め、民を踏みにじる。卑怯にもレイアさまを城に抱え込み、盾にしようとするなど・・・」

「貴様!」

 男を捕らえていた兵士が、男の肩を強く押さえつけた。低いうめき声が聞こえる。

「やめろ」と、兵士に命じると、フォリオは毅然とした口調で言った。

「あなたの処罰はルベルト王がお決めになる。正当な言い分があるのなら、その時に主張するといい」

 兵士たちに連れていくよう言うと、彼らは男の腕を強引に引いて立ち上がらせた。引きずられるようにしていく間

、男はずっと口汚い罵り言葉をわめき散らしていた。

 やがてそれも静かになる。フォリオは疲労と共に息をそっと吐き出した。しんどそうだな、と刃は思う。

「平気か?」

「・・・ああ」

「顔、洗ったほうがいいぞ。あと服。血だらけだ」

「ああ・・・」

 茫洋とした表情で答えたフォリオは、自分の掌に視線を落とした。他人の血で汚れたそれを、じっと見つめている。

 刃は顔をしかめた。

「おい、フォリオ」

 返事はない。彼は自分の手を見つめたままだ。刃は舌打ちした。どうせ余計なことを考えているに違いないのに。

「おい、フォリオ!」

「・・・」

 声を上げると、フォリオはゆっくりと顔を上げた。刃と目が合うと、彼は笑おうとしたようだった。

 ようだった、というのはうまく笑えてないからに他ならないのだけど。








 ルベルトに詳細を報告し終え、フォリオたちは翌朝トランドに戻ることとなった。

 夜中、馬の様子を確認して部屋に戻ろうとしたフォリオは、厩の外にいた人影に気づいた。

「姫」

 そこにいたのはレイアだった。むっすりとした表情をしていて、隣には同じ表情の紅もいて、刃が、げ、と顔をしかめた。

「お休みにならなくていいんですか?出発は朝ですよ?」

「あんたこそ」

「おれは目が冴えてしまって」

 フォリオは隣に行くと「中に入りましょう」と促した。

 レイアはおとなしく後ろをついてくる。

「・・・あの人、どうなったの?」

「とりあえずは法令通り、審問にかけられるそうです。気になるのなら、ルベルト王に聞いてはどうですか?」

「聞いてもどうせ同じことしか言わないでしょ」

 とレイアは素っ気なく答えた。

 薄々感づいてはいたが、やはりルベルトとは上手くいっていないらしい。

 城の中に戻ると、フォリオは階段に向かった。確かレイアの部屋は最上階のはずだ。夜も遅いし、紅がいるとはいえ一応送り届けたほうがいいだろう。

 歩きながら黙り込んでしまったレイアに目を向ける。彼女は気まずそうにうつむいていた。

「姫、さっきはすみませんでした。怒鳴ってしまって」

「べ、別に・・・」

 どうでもいい風を装っていたが、動揺しているのは見て取れた。フォリオは静かに尋ねてみる。

「・・・姫は今もトランドが許せませんか?」

「あ、当たり前でしょ?」

 レイアは顔を上げると、フォリオを下からにらみつけた。でしょうね、とフォリオはうなずく。

「では、ここに残りますか?」

 隣にいたレイアが立ち止まった。足を止めて振り返ると、彼女は立ち尽くしたままこちらを凝視していた。唖然とした顔。

「え?」

「婚約のことは、おれからもう一度父上に話してみます。ですから」

「トランドに戻らず、このままここに残れって?」

「はい」

 そもそも今回の婚約はトランド側が強引に決めたものだ。無理に従うようなことでもない。クライスはしばらくうるさいだろうが、母国へ帰った姫を追うほど執着しているようには見えなかった。何が何でも結婚させるつもりならば、とっくにそうなっているはずだ。

 つまり、レイアがここに残ること、極めて最善の選択といえる。

「姫?」

 こちらを見つめたまま動かないレイアを怪訝に思い、フォリオは顔をのぞき込んだ。その目がわずかに赤くなっていることに気づいて、びっくりする。

 姫、と呼びかけようとした途端、レイアの目がつり上がった。頬に衝撃がきて、叩かれたのだと遅れて気づく。

 そんなに痛くはないが、これにはかなり驚いた。

「姫・・・?」

「ふざけないでよ!なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ?わたしのことはわたしが決める。ほっといてよ!」

 大声でまくしたてると、レイアはきびすを返して走り去っていった。紅もこれみよがしに舌打ちをすると、彼女を追っていく。

 フォリオは呆然とそれを見送った。なんだったのだろう?

「あー・・・悪いフォリオ、油断してた。大丈夫か?」

「ああ・・・」

 フォリオは側に来た刃を見た。彼はなんともいえない微妙な表情をしている。強いて言うなら苦笑を堪えているような顔。

「刃、姫は何を怒ってたのか分かるか?」

「あー何となく分かるような分からんような・・・」

 刃は曖昧に答えて頭をかいている。

 フォリオは息をつくと「女の子って、強いよな・・・」とつぶやいた。もちろんレイアだけのことではない。紅もしかり、シルバもしかり。それから。

 思い出すと、ほんの少しだけ息が苦しくなった。




「女の子って、強いよな・・・」

 そう小さくつぶやいた時のフォリオは、どこか遠くを見ていて、何を考えているのかすぐに分かった。

「・・・あのさ、フォリオ」

 声を低めて話しかけると、彼はすぐにこちらを向いた。

「うん?」

「その・・・」

 言うべき、なのだろうか。カリルのことを。未だに気にしている主に。

 あれから二回ほど、刃はフォリオに内緒で守護の島を訪れていた。もちろんカリルを探すためだ。

 小さな島とはいえ、すみずみまで探すとなると時間がかかる。一晩では到底足りないのだ。かといって朝までに戻らないと、フォリオに感づかれてしまう。

 シルバなら、そんなの放っておきなさい、などと平気で言いそうだな。刃は苦笑した。 

「刃?どうかしたのか?」

「あー、あれだ。なんかもう面倒だし、さっさと結婚しちゃえば?」

「・・・刃」

 にらみつけられ「悪い。冗談だ」と謝った。

 結局言い出せないのは、まだ自分の探していないところにいるんじゃないのか、という思いがあるからだ。あるいはただ単に自分が信じたくないだけか。

 誤魔化されたのに気づいているのか、フォリオはしばらく刃をじっと見つめていた。





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