第二章
その不穏な情報が城にもたらされたのは、フォリオが遠征から戻ってすぐだった。
着替える間もなく父王に呼び出されたフォリオは、同じ部屋にレイアがいるのを見て妙に思ったが、話を聞いて得心がいった。
「内乱、ですか?」
フォリオは眉をひそめて聞き返す。クライスは椅子にふんぞりかえったまま、うなずいた。
「そうだ。クールの内部で反乱分子が暴動を起こしたらしい。今までも小さなものはいくつかあったようだが、今度のは規模が違う」
クライスは青ざめたまま動かないレイアを一瞥し、
「クール軍から正式に軍の援助の要請があった」
と説明した。
トランドとクールは同盟国なのだから、それは当然なのだが・・・。
「クールの軍隊をもってしても抑えられない、ということですか?」
「もともとあそこの軍隊は、我が国との戦争で疲弊していたからな。当然といえば当然の話だ」
「しかし、民衆が反乱を起こすには武器が必要です。入手経路は判明しているのですか?」
「これは定かではないが・・・セイオンから流れたという話もある」
セイオンの名前に、フォリオは眉をひそめた。ティティンの同盟国だ。もちろんトランドとは敵対している。
それが事実なら、セイオンが反乱を煽ったということになる。とても野放しにはできない状況だった。
ずっと黙っていたレイアがおずおずと口を開いた。
「・・・あの」
「なんだ?」
「反乱軍・・・民の要求は何か分かっているんでしょうか?」
にやりとクライスは意地悪げな笑みを浮かべた。
「簡潔に言えば現政府の廃止だな。現政府はトランドに依存し、金をばらまいている、というのが奴らの訴えだそうだぞ?」
レイアは絶句した。クライスは低く笑う。
「まぁ遠からず当たってはいるがな。奴らは何か勘違いしているらしい。己等が敗者だということも忘れ、結構なことだ」
「・・・っ」
うつむいたレイアを見やり、フォリオは声を低めた。
「父上、言葉が過ぎます」
「事実だろうが。まぁいい。そういうわけだ、フォリオ。賊どもの鎮圧にクールに向かえ」
「・・・・・・分かりました」
短い間考え、フォリオはうなずいた。例え状況がどうだろうと、同盟国であるクールを見捨てることは出来ない。
それに現政府が討たれれば、クールはそのまま敵側へとひるがえる可能性の方が高いのだ。
そのときレイアが口を開いた。
「・・・わたしも、行ってもいいですか?」
「姫?」
「クールはわたしの国です。こいつに」慌てて言い直す「皇子に任せてほうっておくわけにはいきません」
強い目で言い切ったレイアに、クライスはふむ、と面白そうにうなずいた。
「・・・いいだろう、レイアがいるとなれば奴らも手を出しづらいだろうしな。フォリオ、いいな?」
「しかし、危険ではありませんか」
「レイアには紅がおる。危ないというのならおまえが守れ。分かったな?」
フォリオはしばらく考え込んでいたが、やがて表情を消したまま、はい、と承諾した。
「出発は明朝です。身の回りを世話させる女官を選んでおいてもらえますか?姫の支度はその者がしますので」
事務的に告げて行こうとしたフォリオを、慌ててレイアが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと」
「何ですか?」
「・・・何か言うことないわけ?」
フォリオは困惑した顔で「ないですが」と答えた。
「嘘。わたしが行くの、本当は反対なんでしょ?」
「反対・・・というか、賛成はできませんね。どう考えても危ないと思います」
「自分の身ぐらい自分で守れるわよ。紅だっているんだし」
「それはそうですが・・・」
フォリオは小さく息をついた。それを見たら、なんだか無性にムカッとした。
そんなについてきてほしくないってこと?
「あんたね・・・」
文句を言ってやろうとしたとき、廊下の奥からシルバが足早にやってきた。
「シルバ」
「フォリオさま。少しよろしいですか?遠征する軍のことですが・・・」
「ああ、それはやっておくよ。それよりシルバ、今回はおれはいいから、姫に同伴してくれ」
シルバはちらっとレイアを見た。その視線に思わず構えてしまう。
「分かりました」
「では、姫。失礼します」
軽く頭を下げると、フォリオはさっさと行ってしまった。引き止めようとしていた自分の手に気づき、レイアは慌ててそれを引っ込めた。




