借金1000万オーバーのガールズバーオーナー、死亡
「おーい翔斗くーん。今月の分、貰いに来たんやけどー」
月末は嫌いだ。
店の売上を数えるより先に、
借金取りの顔を見ることになるからだ。
「すみません……一旦これで」
俺は財布から十万円の束を取り出し、
目の前の男へ差し出した。
「ひー、ふー、みー……たった十万だけ?」
男は呆れたように眉をひそめる。
「はい……今月ちょっと上がりが悪くて……」
「これやと利息も払えてへんやん。ほんまに返せるんか?」
耳が痛い。
もちろん返せる保証なんて、どこにもない。
それでも。
「絶対……なんとかします」
そう答えるしかなかった。
「まぁええわ。その気になったら何でも案件紹介したるし、困ったら言うておいでな」
男はそう言い残し、店を後にした。
静かになった店内で、俺は大きく息を吐く。
こんな奴があと四人いる。
考えるだけで胃が痛くなった。
俺――只野翔斗、三十一歳。
独身。
世間的には無職。
正確にはガールズバーのオーナーだ。
もっとも、オーナーなんてのは聞こえの良い
ただの肩書きに過ぎない。
店の利益は雀の涙。
生活は自転車操業。
気付けば借金は一千万円を超えていた。
昔は夢があった。
自己資金で店を出し、ココを拠点に金を稼いで、
将来は好きな事をし、好きなように生きる。
そんな未来を本気で信じていた。
だが現実はどうだ。
同級生はみんな結婚し、家を建て、
子供の写真をSNSに載せている。
俺の手元にあるのは、
借用書と返済期日の書かれたカレンダーだけだった。
「何してんねやろな……俺」
思わず漏れた独り言は、誰にも届かない。
店を閉めた帰り道。
コンビニで缶ビールを一本買い、夜道を歩く。
それが最近の唯一の楽しみと言うより、
コレが無いと寝付けない。
家へ帰り、風呂にも入らずベッドへ倒れ込む。
その夜――不思議な夢を見た。
真っ白な空間。
雲の中にいるような、霧に覆われたような、
本当に何も無い真っ白な世界。
ただ誰かが俺を呼んでいた。
懐かしいような。
初めて聞くような。
不思議な声だった。
――目が覚める。
「んぁ……」
時計を見る。
午後七時五十分。
「最近ほんま寝れへんな……」
夢の内容を思い出そうとする。
だが、なぜか上手く思い出せない。
覚えているのは、不思議と胸がざわついていることだけだった。
「……なんやったんやろな」
そう呟きながら時計を見て、俺は固まった。
午後七時五十五分。
店のオープンは八時。
「……え?」
数秒後。
「ってヤバっ!!」
飛び起きる。
慌ててスーツに着替えながらスマホを掴む。
「あっ、もしもし!?」
店の女の子が電話に出る。
「マジごめん! いつもの場所に鍵あるし、先に開けといて!」
『えー、またですかー?』
「ホンマごめんって! 急いで向かうし!」
電話を切り、家を飛び出した。
夜の街を全力で駆け抜ける。
信号。
横断歩道。
焦りで周囲を見る余裕もない。
その瞬間、眩しい光が視界を埋め尽くす。
クラクション。
急ブレーキの音。
身体が宙に浮いた。
「痛っ――――」
その瞬間、世界が真っ白に染まった。
――――。
どれくらい時間が経ったのだろう。
ゆっくりと目を開ける。
そこには夢で見た景色が広がっていた。
どこまでも続く白い景色。
見たこともない世界。
「……は?」
思考が追いつかない。
俺は自分の身体を見下ろした。
手も足もある。
血は出ていない。
痛みもない。
「ここ……どこ?」
そして嫌な予感が胸をよぎる。
「えっ……俺……死んだ?」
その瞬間。
ズキッ――。
頭に激しい痛みが走った。
「痛っ……!」
『……しょう……とさん……』
どこからか声が聞こえる。
辺りを見回す。
誰もいない。
『只野翔斗さん!』
耳元で叫ばれたような大声。
「うわっ!? 誰!?」
俺は思わず飛び上がった。
すると目の前に大きな何かがあった。
真っ白で柔らかそうな物体。
雲だろうか。
無意識に手を伸ばす。
むにっ。
『あっ♡』
柔らかい。
温かい。
妙に弾力がある。
『ちょっ……! どこ触ってるんですかっ!』
「……え?」
嫌な予感がした。
ゆっくり視線を上げる。
白い翼。
純白のドレス。
綺麗に巻かれた金色に輝く髪。
そして驚くほど整った顔立ち。
まるで絵本から飛び出してきたような天使がそこにいた。
「お……おっぱい?」
『そうです! おっぱいです! じゃなくて離してください!』
「す、すみません!」
慌てて手を離す。
天使は真っ赤な顔で胸を隠した。
『全くもう……』
「それで……失礼ですけど、あなた誰ですか?」
『私に名前はありません。皆さんからは天使様とか神様とか呼ばれています。』
「ほぉ……」
状況は全く理解できない。
だが一つだけ分かった。
どうやら俺は本当に死んだらしい。
「天使様ってことは、俺は天国行きですか?」
『半分正解です。』
「半分?」
『貴方をここへお呼びしたのは、願いを叶えるためです。』
「願い?」
『本来、貴方はあの事故で死ぬ運命ではありませんでした。』
「は?」
『その……こちらの手違いで……』
天使は気まずそうに目を逸らす。
『テヘッ♡』
「テヘッ♡じゃねーよ!!」
俺の叫びが白い空間に響き渡った。
天使は軽く咳払いをする。
『まぁ要するに、別の世界で生活してもらいます!』
「別の世界……?」
『つまり異世界転生です!』
「異世界転生!?」
思わず大声が出た。
異世界転生。
最近のアニメや漫画でよく見るアレだ。
トラックに轢かれて死んで。
神様に会って。
チート能力を貰って。
異世界で無双するやつ。
「いやいやいや……」
待て待て待て。
落ち着け。
俺はさっきまでガールズバーのオーナーだった。
借金は一千万超え。
取り立ては五人。
人生詰みかけ。
そこまでは分かる。
そして事故に遭った。
ここまでも分かる。
だが、その先が分からない。
目の前には天使。
頭の中に直接聞こえる声。
そして異世界転生。
意味が分からない。
「えっと……つまり俺は死んだんですか?」
『はい!』
「即答!?」
『死んでます!』
「そんな笑顔で言うことちゃうやろ……」
俺は頭を抱えた。
整理しよう。
まず俺は死んだ。
そして目の前には天使がいる。
さらに異世界へ転生するらしい。
ここまでが事実。
……たぶん。
「ちなみに断ることは?」
『できません!』
「ですよねー……」
何となくそんな気はしていた。
『と言っても悪いことばかりじゃありませんよ?』
「…と言うと?」
『貴方には好きな世界を選んでもらいます!』
「好きな世界って…何があるんですか?」
『剣と魔法の世界。錬金術が発達した世界。銃と戦争の世界。宇宙戦争の世界。AIに支配された世界なんかもありますよ!』
「いや、戦争や何や物騒な世界に誰が好んで行くねん!アホか!」
『天使に向かってアホなんて。ひど〜い。うぇ〜ん』
「あーごめんごめん。ただのツッコミやん。ジョーダンやん。ごめんて。やし泣かんといて。」
『はい!じゃぁどこにします?』
「いや!嘘泣きかい!まぁええわ。ほな剣と魔法で。」
剣と魔法。
異世界と言えばやっぱりコレだろう。
変に捻る必要なんてない。
こういう時は王道が一番だ。
『はい!わかりました!ではもう一つ!』
「もう一つ!?なんかあんの?」
『剣と魔法の世界に行くにあたって1つだけ好きな能力を与えます!』
「好きな能力って最強魔導士とかってこと?」
『いえ!それはできません!』
「いや、無理なんかい!このベタな展開いけるやつやろ!」
『能力です!職業のようなものではありません!つまり最初から最強魔導士なんてのは無理ですが素質としては与えることが出来ます!』
「…ってちょい待て!なんか話聞いてたら割と何でもアリやん?んな大手会社の社長にして元の世界に戻してや!」
『残念ですが、それは出来ません。』
「えっ!?何でなん?」
『見ます?』
「何をやねん。」
『…いやー。だからそのー…見たいですか?』
「だから何をやねん!」
『あー、もう見せますよ。後悔しても知りませんからね!』
そう言って白い空間に映像が映し出された。
そこには血まみれで横たわっている人が映し出された。
周りには救急車や警察。
更には見物人が大勢いた。
そう。俺だ。俺の身体だ。
「うっ…」
吐きそうになった。
『だから聞いたのに。』
「いや、何をか言わんと見せるやつがあるか?」
天使が申し訳なさそうにモジモジしている。
『テヘッ♡』
「だから、テヘッ♡じゃねーよ!」
ツッコミのおかげで少し落ち着いた。
『まぁつまり貴方の身体が生存して無いので元には戻せないのです!』
「なるほどな……」
俺は映像から目を逸らした。
正直まだ信じたくない。
「……まぁ戻っても借金まみれのクソ人生やし。」
そう笑って見せた。
だが胸の奥が少しだけ痛む。
借金だらけでも、
あれは間違いなく俺の人生だった。
「何言うても今さらどうしようもないしな…」
そう自分に言い聞かせた。
「じゃぁ、転生先は?どーなんの?」
『転生先では子供として生まれる事も出来ますし、剣と魔法の世界なら身体を生成して転生する事も出来ますよ!』
「子供として生まれる?記憶とかはどーなる?」
『もちろん転生なので引き継ぎます!』
えっ!?
つまりアレか?
この記憶のまま赤ちゃんからやり直せるってことか?
人生二周目。
勉強もできる。
商売もできる。
失敗も回避できる。
そして――
おっぱいも飲める。
『ダメです。』
「まだ何も言うてへんやろ!?」
『顔に全部書いてあります。』
「そんな能力あるんかい!」
『変な事ばかり考えないでください!』
「でも赤ちゃんが育つ為には仕方のない事やからなぁ!」
『何を威張ってるんですか!そんな変な考えの人には赤ちゃんには転生させません!』
「そんなん、あんまりやぁ。」
俺は肩を落とした。
まぁ、おっぱいの件は後で考えるとしてーー
『考えなくて、い・い・で・す!もう!』
「もー俺の頭の中読まんといてくれ!なんか恥ずかしいわ!プライバシーもクソもないがな!」
『そんなの知ったこっちゃありませーん!』
何やねん。この天使。
『なんですか?何か文句でも?』
何なん。ほんま。
俺は呆れながら考える。
もう会話せんでもええんちゃうか?
「……」
反応はない。
「あれ?」
『何ですか!?』
「心読めるんちゃうの?」
『心を読んでるなんて一言も言ってません!貴方の顔に書いてあります!』
「そんなアホな!」
心が読める訳ちゃうんかい。
…いや、ここまで当ててきて心読めてるようなもんやん。
まぁとにかく今は能力の方が重要や。
剣術を極めて勇者。
……いや、ないな。
俺は人をまとめるのは得意でも、前線で剣振り回すタイプじゃない。
魔術を極めて大魔導士。
それも悪くない。
だが何か違う気がする。
「ちなみに俺の今までの経験は引き継ぐん?」
『えぇ!能力を追加するだけで、他はそのままです!』
『今まで積み重ねた経験も、ちゃんとステータスとして反映されますよ!』
「それって今見れたりする?」
『どうぞ!』
天使が指を鳴らした。
次の瞬間。
目の前に半透明の光の板が現れる。
そこには見慣れたゲームのような文字が並んでいた。
そして一番上には――
【只野 翔斗】
の文字が表示されていた。
そして、その下の数値に俺は目を疑った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回は翔斗のステータス公開と能力選択です。
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