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第四章 光なき協定(闇の同盟)

翌夜。

陸軍省庁舎・大講堂。


外は雨。

建物の外壁を濡らす水の筋が、

まるで都市そのものが涙を流しているようだった。


講堂の中央に長机が置かれ、

外務省と陸軍省の幹部たちが並んでいた。

壇上には結城中佐。

その前に、一枚の書面。


《情報共有協定 発効式》


三つの印章が押される。

陸軍、外務省、桜機関。

三者一体の“情報独占体制”が、正式に動き出す瞬間だった。


報道関係者は招かれていない。

記録員が数名、淡々と書類を束ねていく。


結城が壇上から降り、

廊下に出たところで藤堂が立っていた。


「少尉、来ていたのか」


「命令がありました。

 最終通達の確認と、資料の輸送任務です」


結城は封筒を差し出した。

「これを内務省の倉庫へ運べ。

 “不要資料”として焼却するよう指示してある。」


藤堂は受け取った。

封筒の厚みが、異様に重く感じられた。

中にあるのは――一ノ瀬の原稿の写し。


「……これも不要と判断されたのですか」


「記録とは、必要なものだけが残ればいい。

 それ以外は、存在したという事実ごと消す。

 ――それが、国家の仕事だ。」


結城の声音は、どこまでも静かだった。


「若槻智久も、そうして消えた。

 次に消えるのは……誰だろうな。」


藤堂の拳が僅かに震えた。

それを見て、結城は薄く笑った。


「感情は不要だ。

 君は記録係ではない。

 命令を運ぶ“手足”だ。

 考えるな。従え。」


その瞬間、藤堂の中で何かが切れた。


彼は短く敬礼し、

「――了解しました」とだけ答えた。


そして、背を向けた。


結城はその背中を見送りながら呟いた。

「やはり、民間上がりは脆いな。」


桜機関本部の裏手。

夜更けの雨が路地を叩く。

藤堂は暗い灯の下で足を止め、

封筒を開けた。


そこにあったのは、

一ノ瀬の原稿の写しと――

焼却命令書。


《内容:報道監視課関係資料/外部流出防止のため即時焼却》


藤堂は目を閉じ、

火打石を取り出した。


火花が散る。

だが、燃やさなかった。


彼は代わりに、原稿を内ポケットにしまい込む。

そして焼却命令書の方を燃やした。


燃える紙の火が、

一瞬だけ彼の顔を照らす。


雨の匂いと煙の匂いが混ざり、

夜の空気がわずかに熱を帯びた。


そのとき、足音。


暗がりから、柊が現れた。

傘もささず、濡れた髪が頬に貼りついている。


「……やっぱり、来ると思いました」


藤堂は振り返らずに言った。

「結城の命令を伝えに?」


「違います。

 “あなたを見逃す”命令を、勝手に作りました。」


柊は小さく笑った。

「私はもう、報告書を出せません。

 だから、あなたが残してください。

 この国が、何をしているのかを。」


藤堂は彼女を見た。

雨の中で、彼女の瞳だけがまっすぐだった。


「……ありがとう」


柊は首を横に振った。

「私は何もしていません。

 ただ、あなたの選んだ道が――

 本当に“正しい”と思いたかっただけ。」


二人の間に、言葉が消えた。

雨だけが降り続いていた。


藤堂は背を向け、

原稿の封筒をコートの中に押し込んだ。


「この国は、まだ終わっていない。

 終わらせるのは、あの協定を信じた者たちだ。」


そして、歩き出した。


灯のない街を、

一人の影が静かに進んでいく。


その手の中には――

焼かれるはずだった、

“真実の記録”が握られていた。


「協定は光を奪った。

 だが、その闇の中でしか見えないものがある。」

― 東邦新報・未発行号より

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