第7話 堀
聞いた話に寄ると......
一時期お堀の水質汚染が問題になり、近年浄化に力を入れた結果、水質はかなり改善されたと言う。
とは言っても、真冬にこの『道』を選んだあたしの脳は、クレイジーだったと言わざるを得ない。
ブクブクブクッ!(つ、冷たいっ!)
ブクブクブクッ!(足が滑って立てない!)
水深1.5m、場所に寄っては3mなんて所も有るらしい。足が底に着いてるだけ、まだ幸運だったのかも知れない。
でもまぁ、よく飛び込んだもんだと思う。その勇気だけは称賛に値するじゃ無いかな。
ちなみに、水質が浄化されたと言っても、果てしなくヘドロが堆積してる事は間違い無かった。実際、立てるどころの話じゃ無い。そうともなれば、
バシャバシャバシャ!
やたらともがいてしまうのは自然の流れ。更にもがけば水面が騒がしくなるのも、それまた当然の結果だったと思う。
「なっ、なんだ?!」
「お堀が騒がしく無いか?!」
「誰か堀の中に居るのか?!」
もうこうなっちゃうと、残された道は『潜水』以外に無かった。手遅れかも知れないけど、あたしは根性で最後の足掻きを始めたのである。
ヒー、ハー、ブクブクブク......
それであたしはアンコウに変化を遂げたのである。
良くも悪くも『マーメイド』は重かった。別に踏ん張らなくても身体は沈むし、少し慣れてくればハイヒールにエッジが勝手に効いてくれる。
あたしは腰を屈めて濁り切った水の中を一歩、また一歩とゆっくり進んでいった。
目を開けても濁ってて何も見えやしない。故に感覚で進むしか無かった。 お堀の水は期限切れの牛乳を飲んだ時よりも臭かったし、目は目薬と間違えてシャンプーを差した時よりも痛かった。
それでもこのお堀を渡り切りさえすれば、何とかなる!
そんな淡い希望をスクリューに変えたあたしは、信じられないようなペースでお堀を渡り切っていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※
その一方......
鬼気迫るそんな摩耶の哀愁漂う生き様を、二重橋の上から全て見届けていた警察官達はと言うと、
「全く......この寒い中、よく飛び込んだもんだな。まぁ、いいだろう。姿を見せたら一気に取り押さえるぞ! 抜かるなよ!」
「「「了解です!」」」
ああ、悲しいかな......皇居側の岸辺で無数の警察官達が待ち構えていた事など、摩耶はもちろん知るよしも無かったのである。『知らぬが仏』とはよく言ったものだ。
そんなこんなで、摩耶がお堀を渡り切ると、
「はいここまで! 美竹摩耶だな。手を上げてゆっくり上がって来い」
見ればニヤついた警察官のドアップ顔。その後ろにも『どや顔警察官』達が余裕の表情を浮かべてる。
これは上陸不可能! と観念し、後退りを始めれば、警察官を乗せた複数のボートがお堀を埋め尽くしてる。
天を見上げてみれば、上空には警察のヘリコプターがバタバタバタ......
『君は完全に包囲された』神は漸くそんな現実を摩耶に伝える気になったようだ。
「早く両手を上げて堀から出てこい!」
もはやこれまで......万策尽きたとは正にこんな時の事を言うのだろう。そして遂に、摩耶は白旗を上げるに至った訳である。
「はいはいはい......あたしは逃げも隠れもしません。とっととお縄にして下さい」
全身ずぶ濡れ。精も根も尽きた摩耶はゆっくりと肩を落とす。すると、
ああ、こんなに重かったんだ......緊張の糸がプツンと途切れた途端、改めて『マーメイド』の重量感に驚かされてしまう。
たかがか弱き1女子に過ぎない自分が、よくここまでこんな大荷物を担いでこれたものだと、逆に感心してしまう摩耶がそこに居た。
やがて、第一声を放った警察官は、手錠をはめる訳でも無く、摩耶に手を差し伸べてくれた。もはや逃げる力も抵抗する力も無い事を、見て直ぐに悟ったのであろう。実際その通りであった事は事実なのだが......
「あ、あんがと......」
そんな行為に甘えて、摩耶が手を前に出した正にその時の事だった。最後の最後で天変地異が巻き起こったのである!
「うわぁ!」
バッシャ~ン!
なんと! 手を差し出したその警察官が突然お堀の中へダイブ! すると、
「なっ、なんだ?!」
バッシャ~ン!
「おっ、おい、押すなっ!」
バッシャ~ン!
「ひえ~!」
バシャ~ン!
バシャ~ン!
バシャ~ン!
気付けば立て続けに警察官達がお堀へダイブ!
正直、目の前で巻き起こってる事態を、摩耶は全く理解出来なかった。
まさかこの人達は寒中水泳愛好家?
だとしても、別に今飛び込む必要も無かろう。足でも滑らせた? まさか全員? そりゃ、有り得ない。
「うわぁ、滑る!」
「つっ、冷たい!」
「おっ、溺れる!」
バシャバシャバシャッ!
ただ間違いなく言える現実......
それは数秒前まで摩耶を捕まえようとしていた警察官達が、今やお堀の中で鯉のぼりの如く、元気よく泳いで(溺れて)いる事だった。
もしかしたら、『神』は本当に存在していたのかも知れない。そして『神』はなおも摩耶に、この『マーメイド』を運び出せと命令している。そうでも無ければ、今のこの展開を説明しようが無かった。




