第6話 ミノムシ
ちなみに......
そんな警察官達の怒号が耳に入っていたのは、公然とそこに居合わせていた『帝国化学工業(株)』の社員、警備員衆、圭一やポール達だけでは無かったようだ。
ゴソゴソゴソ......
どうしよう?
困ったわ。やっぱ大騒ぎになってる。あたしは一体どうしたらいいの?
この『お祭り』の主人公......美竹摩耶も例外では無かったらしい。
エレベーターが1階に着いた時、警備員達はまだ集まってなかった。その時はラッキー! なんて思ったんだけど、その後あんなに早く追い掛けて来るとは思って無かった。
日比谷通りでタクシー拾う予定だったけど、そんな時間は無かったわ。
困った......ううう......寒い。
余りの寒さに耐えきれず、摩耶が思わずコートの襟を立てたその時だった。突如、ドタバタ、ドタバタ......頭上で複数の足音が響き渡ったのである。
摩耶はバネ仕掛け人形の如く頭を竦めた。すると......
「こちら二重橋。ホシの姿は見当たりません。このまま橋を渡り皇居内を捜索します!」
ドタバタ、ドタバタッ!
正直『帝国化学工場(株)』本社ビルを飛び出してからと言うものの、タクシーを拾う為に日比谷通りまで走って来た所までは覚えてる。
でもその後どこをどう通って、更に今どこに居るのか? なんて事に関しては全く記憶に残って無い。
そっか、あたし二重橋の下に隠れてたんだ。なんか薄暗くて凄い不気味な所だわ......
橋上の声を聞いて、ようやく自分の居場所を悟るあたしだった。
ちなみに、昨日までの自分は天職とも言える物理化学に没頭出来て、図らずも幸せだったような気がする。
天下の『帝国化学工業(株)』で働いてるし、同年代の女子に比べたら、遥かに高給取りだったと思う。
それが今となっては犯罪者のレッテルを貼られ、気付けば橋の下でミノムシを演じてる始末。
一体どうしてこんな事になっちゃったのかって?!
そんなの言うまでも無いこと。常務取締役 財前徳一と犯罪組織の人間との話をうっかり聞いてしまったから。
あの男は『マーメイド』を犯罪組織に売り飛ばそうとしてる! それを知っちゃったことが運のツキってことよ。ああ、もう嫌になっちゃう......
これまでの経緯を回想し、いたたまれない気持ちで頭が大爆発するあたしだった。
ガサガサガサ......
一方、時間の経過と共に、頭上で行き交う足音の数も急激に増えていった。きっと警官達がちまなこになって自分を探してるのだろう。
寒さに耐えてここで大人しく潜んでいれば、いつか警官達は居なくなってくれるのか?
それとも、外堀の斜面を下ってこの二重橋の下へもやって来ちゃうのか?
あ~でも無い、こ~でも無い......そんな調子で鼻水を垂れ流しながら、あたしが次なる行動を決め兼ねてるその時の事だった。
「お前達、念の為橋の下も見て来い!」
「え? 橋の下ですか? ミノムシぐらいしか居ないと思いますよ」
「だったらミノムシ捕まえて来ればいいだろ! さぁ早く。とっとと行って来い!」
「りょ、了解です!」
遂にその時が訪れたみたい。やっぱこんな所で隠れてても無駄だった......
今更のように、自身の無計画過ぎた行動に嫌気が差してしまう。でもこう言う時こそ冷静にならなきゃ......なんて頭じゃ分かっていても、結局のところは、
「ど、どうしよう? ど、どこへ逃げるって言うのよ?!」
やっぱ焦りまくるしか無かった。
ガザガサガサ......
ゴトゴトゴト......
地団駄を踏んでるうちにも、警察官達の足音が一気に近付いて来る。今正にお堀の土手を駆け降りて来ているのだろう。もはや猶予は無かった。
まっ、まずい!
捕まっちゃう!!!
ダ、ダメよ......
落ち着いて! 落ち着いて!
よしっ!
あたしは一旦目を閉じて、無我の境地へと入り込んでいった。それで自問自答を開始する。
Q:土手を上がるっていうのは?
A:今、土手を下りて来る警官達と鉢合わせになる。
Q:お堀の水の中に潜るっていうのは?
A:今は真冬 凍死する?!
Q:二重橋の下にぶら下がるっていうのは?
A:『マーメイド』はやたらと重い。手がもげる。
Q:『マーメイド』を捨てて逃げるっていうのは?
A:素直に自首した方が早い。
結局悩んだ挙げ句、自分が選んだ次なる『道』はと言うと......
はい、息を大きく吸って!
ヒ~、ハ~......
そんでもって、鼻を摘まんで......ムグムグムグ。
南無阿弥陀仏、せ~の~、チャポン!
ひぇ~......ちめたいっ!
だった。




