第5話 日比谷通り
「おい、な、何だって?!」
「マ、マジですか?!」
「因みに......今何時だ?」
「深夜1時過ぎデス!」
「......」
「......」
思わず言葉を失い、絶句してしまう2人。それ程までにこの『M物体』盗難の一報は、彼らに取っても超想定外の出来事だったのだろう。
「おいポール、目覚ましたか? 仕事だぞ!」
「へいへい、起きてマスヨ! とっとと捕まえてヤリマショウ!」
「よしっ、取り敢えずは日比谷通りだ!」
「ラジャー!」
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
そんな経緯で西側、即ち日比谷通り方面へと走って行く圭一とポールの2人だった。
日曜深夜のオフィス街ともなれば、辺りは驚く程に静まり返っている。人はおろか、猫の子1匹すら目にする事は無い。鼓膜を刺激するものが有るとすれば、2人が繰り出すリズミカルなヒール音くらいのものだった。
「さて......どこをどう逃げて行ったかだな? ハァ、ハァ、ハァ」
あたふたと全力で走り続けながらも、思考だけは冷静に機能している。
「多分犯人ハ『素人』。もしかしたら突発的犯行じゃないデスカ? ハァ、ハァ、ハァ......」
「なるほど、それでその根拠は?」
日比谷通りはもう目と鼻の先。『帝国化学工業(株)』からは50メートルも離れていない。わざわざ大通りの日比谷通りへ行く理由など1つしか考えられなかった。
「モシ犯人がプロなら、単独デ行動したりはしないデショウ。僕達が盗み出すナラ、間違い無く裏口に車を待たせてオク筈デス。
わざわざ50メートルも離れた日比谷通りマデ行く理由ハ、タクシーを拾う以外に考えられないデショウ。
きっと今頃、道端で必死に手を上げてるんじゃないデスカ? 正に『行き当たりばったり』の犯行デス」
「......」
ポールのそんな見解に対し、圭一が敢えて補足を加える事は無かった。きっと考えが一致していたのだろう。
と思いきや、実際のところは......
圭一は全く別の事を考えていたのである。それは、トランシーバーから聞こえてきた犯人の特徴。正にその1点だった。
20代女性、細身で身長160センチ前後、黒のロングコート......どこにでも居そうな一般的OLの特徴ではあるが、トランシーバーはもう1つ、重要なキーワードを残していた。
それは『帝国化学工業(株)の社員』と思われる......その一言だ。
まさかな?
などと思いつつも、
もしかして?!
そんな不安定な感情が、圭一の心を完全に支配していたのである。床屋に行ったばかりの頭皮が北風に刺激されてるせいなのかどうかは分からないが、圭一は頭をボリボリかいていた。
摩耶......
お前が『帝国化学工場(株)』に入ったって話は風の便りで聞いてたけど......
まさか犯人がお前とか? まぁ、違うよな?
とにかく曲がった事が大っ嫌いで、思い立ったら即実行......そんな女だった筈だ。
でもまぁ、考え過ぎか?
そんな偶然有る訳ねぇって!
「圭一サン、日比谷通りに出ましたヨ!」
そんなポールの叫び声に、邪心に囚われていた圭一が突然我に返る。
油断が死を招くこの世界、集中力がものを言う場面だ。兜の緒を締め直し、見事煩悩を打ち払う未練タラタラ剛直日本男児がそこに居た。
「おお、そうみたいだな! あれま、もう先客でいっぱいじゃんか」
「既に警備員達がアチコチ散らばって犯人を探してマス。デモ犯人ラシキ者の姿は見えマセン。この感じダト、もう犯人はとっくにタクシー乗ってどっか行っちゃったんじゃないデスカ?」
「どうだかな.....」
圭一は慌てふためく警備員達を他所に、ゆっくりと周囲の観察を始めた。
日比谷通りの東側は、大手企業のビルで埋め尽くされている。多分『帝国化学工業(株)』の誰かが通報したのだろう。そんなビル群の路地からは、赤色灯がちらほらと。きっと数分後にはこの辺りもパトカーで埋め尽くされてるに違いない。
一方、日比谷通りの西側。
そこには大きな橋が掛かっていた。『馬場先門』と書かれた看板が立っているだけに、この橋を渡るとそれがそこに有るのだろう。
橋の下は言わずと知れた外堀。その先はいわゆる『皇居』となる。
圭一は無意識のうちに、そんな日比谷通りの西側の風景を眺めていた。ただじっと無心に。
やがて、警官達の会話が圭一とポールの耳に飛び込んできた。
「犯人はタクシーで逃走中と思われます。皇居周辺の複数箇所で検問を開始しました!」
「大きな荷物を背負った女を見たと言う目撃者が名乗り出て来ています!」
そんなこんなで......
日曜深夜の日比谷通りは、大層な賑わいを見せていたのである。
『賑わい』と言っても、お祭りやらパレードやらで巻き起こるポジティブな『賑わい』とは質が違う。悲壮感漂う実にネガティブな『賑わい』だった事は言うまでも無い。
本来であれば、ある種神秘的とも言える皇居と外堀の光景。しかし複数の警察車両が放つ赤色の灯りは、そんな観光的景観を見事サスペンスドラマの世界へと誘っていた。
船越◯一郎と、片◯なぎさがここに居合わせていない事が、むしろ不自然にすら感じてしまう程だ。




