第3話 美竹摩耶
バタンッ!
突如、研究室の扉が乱暴に開かれたかと思えば、次の瞬間には数人の研究員達が廊下へ飛び出して来たではないか!
!!!
そして彼らが開口一番叫んだ言葉は、正に摩耶が最も恐れていた言葉だったに違いない。
「たっ、大変だ! 『M物体』が無くなってる! えっ? そこで倒れてるのはプロフェッサー狭山?
おい美竹! お前そんな所で何やってんだ? ま、まさか......まさか......まさか......お前が『M物体』を......持ち出したのか?! なっ、なんて事を!」
気付けば、ビーチフラッグ競技の如く、3人もの白衣衆が果敢にも突進を始めている。
タッ、タッ、タッ!
タッ、タッ、タッ!
タッ、タッ、タッ!
髪の毛を逆立て前のめりになりながら迫り来るその者達の姿は、摩耶に取って恐怖以外の何物でも無かった。
「イャー!」
突然ニトロが注入された摩耶の足は、即座にエレベーターの籠内へと身体を運んでいく。
摩耶は反射的にのび切った『ゴキブリ』を足で場外に追放すると、即座に『1F』ボタンを押した。もうこうなるとスピード勝負だ。
「まっ、待て!」
血相を変えて走り寄る白衣衆を他所に、エレベーターは、ウィーン......僅かな振動音を立ち上げながら一気に下降を始めてくれる。
地団駄を踏む彼らの顔が、まるで目に浮かんで来るようだ。
その一方......
「ゼェ、ゼェ、ゼェ......」
いつになく苦しい呼吸を繰り出し始める摩耶。そして遂にはエレベーターの床にへたり込んでしまう。
額からは大量の脂汗が垂れ落ち、顔からは血の気が完全に失せていた。
どうやらこの者......
何か呼吸器系の持病を抱えているらしい。直ぐ様、白衣の胸ポケットから吸入器を摘まみ出すと、手慣れた手つきでそれを口に充てた。
「フゥ、フゥ、フゥ......」
すると少しずつでは有るが、徐々に呼吸が戻り始めていく。しかし正常な呼吸を取り戻すまで、エレベーターを止めておく訳にもいかなかった。
もしかしたら研究員達が素早く1階の警備員室に連絡してるやも知れない。
更には足の早い誰かが、エレベーターと平行して階段を駆け降りて来てる可能性だって十分に考えられる。
ドクン、ドクン、ドクン......
激しき鼓動を鳴り響かせる彼女に、今出来る事が有るとしたら、エレベーターを降りた1階で誰も待ち受けていない事と、喘息の発作が治まる事を、ただ祈るくらいのものだったのでは無かろうか。
この後、観音開きの扉が開いたその時、彼女の人生を左右する大きな岐路に立たされるに違い無い。
やがて摩耶は、途中で吸入器を白衣のポケットにしまい、ゆっくりと立ち上がる。そんな彼女の顔に一切の迷いは無かった。
「あたしは......絶対に間違って無い。『マーメイド』は誰にも渡さない! お母さん、どうか......あたしを守って」
3F......2F......1F。
ギー......
そして扉は開かれた。『運命』と言う名の、その大きな扉が......
※ ※ ※ ※ ※ ※
一方......
このビルの警備を任されていたのは、専属の警備員達だけでは無かった。
なぜだか2名だけ、外部委託によるシークレットサービスが雇われていたのである。現時点でその理由は定かでは無いのだが......
24階でそんな修羅場が繰り広げられている事など、もちろん知るよしもないそんなシークレットサービスの2人は、呑気にくっちゃべりながら、優雅にビルの外周を巡回していた。
黒服、サングラス......シークレットサービスと言えば、凡そそんな装いだ。
「それにしても今日はやたらと冷え込むぜ......ううっ、北風が骨身に染みるわい」
瞼の上に大きな傷が見え隠れする大柄な単髪男が、そんなぼやきを始めると、
「圭一サン、こんな真冬に何で『床屋』ナンカ行っちゃってるんデスカ? ソンナニ短く刈り込んだら頭寒いデショウ。マサカ恋人が出来たトカ? ハッ、ハッ、ハッ......そりゃナイカ」
「おっとポール、今日はお前勘が鋭いな!」
「エッ? な、なに? マ、マジで?!」
「冗談だよ。本気にするな」
「ですヨネ......危うく美緒サンに電話するとこダッタ......」
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