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第2話 プロフェッサー狭山

 予測に反しエレベーターは無人じゃ無かったのである。しかも乗っていたのは物質解析の権威、更には摩耶の上司でもある『プロフェッサー狭山さやま』。


 彼氏はいるのか? とか、今日は家まで送ってやろうか? などなど......


 とにかくねちっこく、しつこく、そして嫌らしい男だった。


 何でよりによってこんな奴が!


 この緊迫した状況下において、史上最悪の輩に出会ってしまったと言っても過言では無い。


 一方、ニヤニヤニヤ......


 プロフェッサー狭山なる上司は、摩耶の透き通るような足を凝視しながら、先程から不敵な笑みを浮かべ続けている。まぁ、今日に限った話では無いのだが......


「遅くまでお疲れ様です。どうも今日は研究が捗らなくて......ゆっくり寝てからまた明日頑張ろうと思います。プロフェッサー狭山はまだ頑張るんですか?」


 どうやらこの摩耶なる研究員、ただの臆病女子では無かったらしい。


 即座に今起きている現実を直視し、たった0.5秒の間だけで、そんなフレーズをスラスラ奏でられる頭の切れ方は、正に常人の域を遥かに超えていた。


 コートの内に隠れた純白なるエリート白衣は、決して伊達では無かったようだ。



「どうした? 顔が真っ青だぞ。この時間じゃもう電車は無いだろ。よし、俺がタクシー乗り場まで送ってってやる。ん、なんだその大きな荷物は? 持ってやるから俺に寄こせ!」


「いっ、いけません! チーフプロフェッサーに荷物なんか持たせたら私が叱られます。1人で大丈夫ですから。プロフェッサー狭山には大事な研究が残っています。さぁ早く研究室にお戻り下さい!」


「そうはいかん! 部下の健康管理は上司の大事な役目だ。さぁ、早く渡すんだ!」


 などと叫びながら、気付けばその男はショルダーバッグではなく、なんと摩耶の身体を力強く抱き締めていたのである。


 ちょっと何なのこの展開は?!


 こんなところで時間食ってる場合じゃ無いのに!


 摩耶の頭は既にパニック状態。


 思いも寄らぬ展開に、ただただ右往左往。きっとショルダーバッグが無ければ、今頃平手の1発でも見舞っていたに違いない。



「ハァ、ハァ、ハァ......」


 一方、そんな摩耶の動揺を他所に、その者はいよいよ人間から野獣へと変貌を遂げていく。摩耶の耳元に吹き掛かる生暖かい吐息は、きっとその証だったのであろう。


 ①日曜日②深夜③2人っきり 


 これら全ての環境が、このエロ上司に取っては願ったり叶ったりの環境だった。



「やっ、止めて下さい!」


「誰のお陰で、権威ある『帝国化学工場(株)』の研究員になれたと思ってるんだ?! 少しくらい恩返ししたってバチは当たらんだろ?!」


 見ればそんなエロ上司は、年若き乙女の胸元に顔を埋めているではないか!


 何かと『セクハラ』『パワハラ』なる言葉がテロップで流れるこのご時世。よくもぬけぬけとそんな行為に走れたものだと、逆に感心してしまう冷静な摩耶もそこに居た。


 反射的に大事なショルダーバッグを避けてしまったその行為こそが、良からぬスキを与えてしまった事は事実。でもその引き換えに、男の後頭部がノーガードになった事もまた事実だった。


 そんなエロ上司の後頭部を蔑むような視線で見下ろしていた美竹摩耶の脳は、直ぐ様この修羅場から脱出する『道』を導き出したのである。


『道』と言っても、別に魔法を使う訳でも無ければ、魔獣を召還する訳でも無い。至ってシンプルだ。



「はい、3、2、1......」


 秒読み開始と共に、摩耶の腕に力こぶが浮かび上がる。そして掛け声一発!


「てやぁ~!」


 バコンッ!


 重くて固いショルダーバッグを、一気に下へ突き落としたのである!


「ぐえっ......」


 それはそれは、見事なまでのクリティカルヒット。岩石すら砕け散る程の手応えだ。



 気付けば、プロフェッサー狭山は後頭部から血を流し、エレベーターの床でヒクヒクヒク。


 見ようによっては、殺虫剤を吹き付けられたゴキブリにも見える。まだ呼吸しているところを見ると、この男もゴキブリ同様、きっと生命力だけは強かったのだろう。


 さすがのエロ上司も、この不意打ちには成す術も無かったようだ。



 一方、そんな鉄拳を食らわせた摩耶の方はと言うと、ゼェ、ゼェ、ゼェ......苦しい息を吐き出しながらも、今振り下ろしたばかりのショルダーバッグを再び大事に抱き締めていた。


 きっと彼女に取ってその荷物は、万人の想像する以上に大切な物だったに違いない。



 そんなすったもんだの末、何とか急場のピンチを乗り切った摩耶ではあったのだが......


 暑くも無いのに額からは脂汗が流れ落ち、ハァ、ハァ、ハァ......肩で苦し気な呼吸を繰り返している。過剰に体力を消耗してしまったみたいだ。


 しかし『神』は、彼女に束の間の休息すら与えるつもりは無かったらしい。


 垂れ落ちる脂汗を、摩耶が白衣の袖で拭おうとしたその時のこと。事態は急展開を見せる!



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