第14話 熊
「正直、俺にもよく分かりません。なんせ付き合ってたのは4年も前の話っすから。その後『帝国化学工場(株)』に勤めてるって事は、風の便りに聞いてはいましたが、所詮はもう忘れ掛けてた女の話です。
多分ですが『M物体』を美竹摩耶が持ち出したって事を企業が伏せたくて根回ししたんじゃ無いっすかね? 『帝国化学工場(株)』って言ったら、警察にも政界にも顔が通じてますから十分に有り得る話だと思いまっせ」圭一曰く。
「それも一理あるな......でもまぁ、ラジオで聞いただけの情報量で、思考が先走りするのも少し危険だと思う。
ここでただ一つ確定してしまった事が有る。それはあたし達がテロリストのレッテルを貼られ、今や全く動きが取れなくなったって事だ」エマ曰く。
「確かにその通りです。明日になればテレビやネットで皆さんの顔が日本中に知れ渡る事でしょう。SNSでも一気に拡散するんじゃないですか」マスター曰く。
シャカシャカシャカ......
「......」
「......」
予期せぬ展開に、エマと圭一が腕を組んで黙りこくってしまうと、店内の空気が鉛のように重くなってしまう。
この時点で唯一ポジティブな発想を持っていたのはマスターだけだったようだ。
「皆さん、ラジオの中継をもっとよく聞いておいた方がいいと思いますよ。今の皆さんに取っては、これが唯一の情報源なんですから」
「よし、続きをしっかりと聞いてやろう」
「そうしやしょう」
『ガガッ、ガガガガッ......日比谷通りを大型四駆で逃走していたテロリスト集団は、途中で合流して来た2台のバイクへ乗り移り、そのまま姿を消して行きました。
残った大型四駆のドライバーは、逃げ切れないと覚悟したのか、自ら乗る車両を爆破させました。現在のところ、複数の警察官が詮索を行っていますが、まだ死体は上がって来ておりません。
有識者の見解によると、爆発の大きさからして死体は既に炭化している可能性が極めて高いとの事。死してもなお、証拠を残さないと言うそのやり口は、正にプロ中のプロの犯行である事の証と言う見方が強まっております』
「既に炭化してるって事は......」
「多分......」
「真っ黒......って事なんですかね?」
3人が思わず顔を見合わせたその時だった。
コツコツコツ......突如階段を下りて来る足音が響き渡って来たのである。
「マスター、セキュリティは掛けてんだろ?」
「もちろんです」
「なら、警報が鳴らなかったって事は?」
「多分......身内」
再び3人が顔を見合わせると、ギー、バタン。扉は程なく開かれたのである。
すると、
「たっ、只今戻りマシタッ! ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ......」
「おお、『炭』が帰って来たみたいだ」
「あたしは『熊』かと思ったぞ」
「こんなひ弱な『熊』は居ませんよ」
どうやら......
残る3人のうちの1人は、無事に帰って来たらしい。それが誰だかなんて、今更説明するまでも無かろう。
「いやぁ、参りマシタ。日比谷通りデ後ろモ前モ挟まれちゃったもんデスカラ......起爆装置を作動サセタは良かったんデスケド、ちょっと早く起動サセ過ぎチャッテ......
でもマァ、どさくさに紛れて上手く逃げれマシタ。愛用『HUMMER』は天国行っちゃいマシタケドネ。ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ......」
きっと大量の煙を被って、大量の煙を吸ったんだろう。全身真っ黒、おまけに吐く息も黒い。ニヤけてる所を見ると、怪我はして無さそうだ。
「ポール、よく戻って来たな。心配したぞ」
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ポール・ボイド......25歳
アメリカ人の父と日本人の母の間に産まれたイケメンハーフ。アメリカ生まれのアメリカ育ちで初めて来日する。
アメリカでは幼少時代からサーカス団の一員として、全米各地を渡り歩き、ナイフ投げの達人として名を上げていた。
そんな彼も圭一同様、不運な事件に巻き込まれ、ずたぼろになりながら、母の母国である日本へと逃げてくる。
ナイフ投げに加え、元々彼が持ち合わせていた諜報能力、精密機器への豊富な知識を買ったエマは彼を招き入れ、今に至る。
エマを慕う気持ちは誰にも負けないと豪語しており、密かに圭一にライバル意識を燃やす。エマ探偵事務所内では、ムードメーカー的な存在だ。
極神島の事件では、秋葉会のメインコンピュータ室で敵に右耳を噛み切られながらも、最後まで集中力を切らす事なく、脱出に大きく貢献した事は記憶に新しい。
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