28 求婚
フェリクスはいつものティーテーブルに腰かけて、二日酔いと徹夜明けのけだるさにやられて突っ伏していた。
ルーラを探すために、直接貴族たちに取り入って情報を集めているフェリクスは、いくら優秀で天才的な商業のセンスを持っているとしても、接待も営業もすれば疲れるというのは変わらなかった。
それに何よりフェリクスは若者だ。なので国の重鎮たちである古だぬきどもに良い若造として気に入られることはできるが、その代わり酒を断ることが難しい場合もある。
彼らが満足するまで付き合う必要もある。
そんな訳で、無理を通して情報を集める場合にはフェリクスが潰されてでも彼らを立てるようにしている。
「主様がそれほどまで、必死になっている様子に彼らもとても気分を良くしている様子でしたね」
ふとハーゲンが、フェリクスの前に水の入ったコップを置きつつ言った。
その言葉に、フェリクスは、はぁ、とため息をついた。
なんせ、今まではうまくかわして何事にも夢中になり過ぎない事、策を打つのであれば相手に弱みを握られないようにする事が何より大切だと思っていた。
そうしてあらゆる方向から手を回して最終的に目的を達成する。
そのために必要な準備期間を設け、情報収集も欠かさない。
しかし、今回の件についてはまったくの例外で唐突であったし、フェリクスの気持ちが急いでしまって、がむしゃらや無計画という言葉が似合うほどにフェリクスは動き回っていた。
「……はっ、そうでなければ困る。俺がここまでしているんだ、普段からつまらなそうにしていた古だぬきどもも、今回ばかりはと動く口実になるだろ」
「そうですね。流石は主様です」
ハーゲンが出してくれた水を流し込みながらフェリクスは後付けの理由をハーゲンにいった。
予測して動いていたわけではない、しかし、必死になっているだけというのも滑稽だろうから、そう口にしたまでだった。
そしてその理由が後付けであることもハーゲンは気が付いていたが、それも込みで主をたたえた。
「ところで、主様。二日酔いにはハーブティーがよく効くそうです。お持ちいたしましょうか?」
「……頼む」
「はい、少々お待ちください」
そういってハーゲンはフェリクスの部屋を出ていく。
ハーゲンがいなくなるといち早く横になりたい気持ちが顔を出すが、まだ入浴もしていないし、酒ばかり飲んで碌に食事をしていないので、空腹なのも事実だった。
……それに、いくら花精油の産地だからと言って、香水をつけすぎだろ。
先ほどまで会っていた貴族のことを思い出しつつ、フェリクスは自分のシャツにこびりついた匂いを嗅いだ。
フェリクスは香水をあまり振らない。それは昔とある少女との出会いがあり、そういう人間もいるのだと知ったから、極力つけないようにしている。
そんなフェリクスのシャツからもフローラルの香りが強く香るほど彼の邸宅は、花にあふれ、彼自身からも強い香りが漂っていた。
悪い匂いではないが、それでも香水をつけないという自分のアイデンティティーを壊されたような気がしていい気はしない。
だからこそきちんと風呂に入って洗髪してから眠りたいという気持ちがあった。
突っ伏していた顔をあげて、フェリクスはゆっくりと水を飲み干す。
ふと視界の端で、何かが動いた気がしてぼんやりとしていたフェリクスはすこし首をかしげた。
精霊でも漂っているのだろうか。それとも何か物が落ちただけか。
サッサッと何かが歩いているような音がして、カタンと小さな物音がした。
……何か変な気がする……が、だから何だという範疇を出ない……。
そう考えてから、ふとこの状況に既視感がある気がした。
それはあの時、こんなに必死になれることを見つけたあの日の奇跡のような出来事が起きた日、その日もこんな風に何か変だと思った。
そう思い立つとフェリクスは目を見開いて立ち上がった。
二日酔いで痛んでいた頭は急に冴えて、フェリクスはごくっと息をのんだ。
「ふぇっくしゅんっ」
ふと、どこからともなくくしゃみが聞こえてきて、ぱっと目の前に、落ち葉色の髪と目をした少女が現れた。
魔法を使うときに飛び散る金の粉がふわりと散っていて、現れた少女はまるでくしゃみで魔法が解けたから現れたかのように見えた。
「…………」
「…………」
そして目が合う。
くしゃみが、聞き覚えがあった点。それから、ルーラのつづり、ラウラ(Laura)という名前をアナグラムにしてaを一つあまりにして出来上がる名前だという点。
何より覚えがある。少なくともフェリクスと面識がある人物がルーラであるという仮説はおおむね間違っていないはずだ。
そして目の前にいる少女を知っていた。
それ以外にも多くの要因からかんがみるに、彼女の正体をフェリクスは瞬時に思い浮かべた。
しかし、驚いて固まったラウラはすぐに身を翻す。
このまま魔法を使って逃げられては、千載一遇のチャンスをみすみす逃すという事だ。それに必ず小説が人気になれば会いに来るはずだと思っていた。
それが今になっただけだ。
しかし、想定していた出会い方と違いすぎる。
もし会うことができたならどのように口説き落とそうかと思考を巡らせていたはずなのに、こんな出会いでまず何と声をかけたらいいのかすらわからない。
「っ」
それでも脱兎のごとく逃げ出そうとする、ラウラの手をフェリクスは掴み、そのまま引き寄せた。
間にあったティーテーブルは倒れて、飾ってあった花瓶は音を立てて床に落ちる。
水と花が飛び散って、それに気を取られたラウラはバランスを崩してフェリクスの腕の中に納まった。
「ラウラ・ディースブルク、ルーラの正体は君だな!」
「っ……」
腕をつかみ、目線を合わせてフェリクスはとにかくラウラを引き留めるために、言葉を紡いだ。
正体を言い当てられたことによりラウラは声も出せないほど驚いている様子だが、これではただそれだけだ。フェリクスは、ルーラ……いや、ラウラを誰にも渡すつもりはない。
というか手に入れたい。
このまま掴んでいれば捕らえることができるのならば、少しばかり不便な思いをさせることになるがこの屋敷で保護してしまえばいい。
話はゆっくりとそれからすることができる。そうなればいいなと思っていた。
しかし、先ほどの魔法を見る限りうまく捕らえられない可能性がある。
だからこそ、彼女の興味を引くことを言って話し合いに持ち込みたい。
「……、お、俺と」
「?」
けれども時間がない、逃げられては一生後悔する。
そんな気持ちがフェリクスを焦らせた。
そして、気がつけば一番の願望を口にしていた。
「俺と結婚してくれっ!」
「…………」
「そのつもりで探していた。だからどうか、君の事情と話を聞かせてくれないか!」
フェリクスの心の中にはすこしの打算も含まれていた。
急だとしても求婚をされて、それを無視できるような人間というのはよっぽど無情な人間か嫌いな人間からの告白ぐらいだろう。
彼女がそうではない事をフェリクスは知っている。
「っ、……え? そんな急に言われても、結婚? 何故?」
どうにか、この場から去ることを考えていたラウラは、自分の正体を否定することも忘れて、突然のフェリクスの行動に疑問を持った。
こうなれば後は、簡単だ。ラウラを丸め込めばいい。フェリクスはかかったと、思って、悪い顔でにんまり笑みを浮かべたかった。
しかし、そんなことをしてはラウラの心象が悪くなるだろう。
だからこそフェリクスは、ハーゲンが言っていたように、純朴な青年が恋心をもってラウラに接しているように目を細めてはにかむように笑みを浮かべたのだった。




