22 クリストハルト
話をする機会が欲しいとはいったが、ラウラは彼と二人っきりでなんの邪魔も先入観もなくありのままのクリストハルトと話がしたい。
なので具体的な日時など決めずにラウラはその日のうちに、庭の方から、歩いていって、クリストハルトの部屋へと向かった。
一応こうすれば、使用人にも見つからずに彼と話ができると思っての事だったが、出窓から中をのぞいてみてもクリストハルトの姿は見えず、これは困ったとラウラは、首をひねった。
しかしそんな様子を見ていて呆れたらしいニコラはふわりと飛んでラウラに言った。
『まったく、お主は唐突に思い切ったことをするところがあるな。これでは子供も驚くじゃろう』
「でも驚かれるぐらいの事しないと、クリストハルトとヘルムート子爵夫妻の中を邪魔している人が、予測して私にも何かしようとするかもしれないかなっと思って」
『……なるほど、お主はそのように今回件をとらえているのじゃな』
「うん。……だってそうでもなければすごく変だし。あの子の目はいつも寂しそうに見えたから」
『そうか、ならば仕方ない。ちょっと待っとれ、ラウラよ!』
ニコラはそういって窓の中へと消えていき、あっちこっちへと部屋のなかを見回した。
そしてそれからラウラの方を向いて驚いた顔をして、それから堪らず笑い出した。
……窓からのぞく私がそんなに変だったのかしら?
ニコラの表情にラウラはさらに首をひねったが、窓辺に降り立ったニコラは窓の鍵を開けて、窓を開けとジェスチャーをした。
……勝手に開けてしまって怒られないかな?
そう考えるけれども、ここには怒り出すような人もいないし、クリストハルトと接触する許可も得ている。
会うだけなのだからどんな会い方をしたっていいだろう。
今のラウラは自由の身だ。
心を決めてラウラが窓を押し上げて中を見た。するとニコラは視線で少年の居場所を示した。
「……あら」
すぐ下を見るとそこはウィンドウベンチになっていてクッションが敷き詰められている。
そのベンチの座面に小さなクリストハルトが丸くなって猫のように眠っていた。
そして窓が開いた物音に目を覚まし、シパシパと瞬きをした後に体を起こして窓の方を見た。
もちろんそこには顔だけ出しているラウラがいるので、ばっちりと目が合って、クリストハルトは大きな黒い目をまん丸にして驚いてから、思わずといった感じに口にした。
「お、お手伝いのお姉さん……なんで……っ」
口を開いたクリストハルトは、想像していたよりもずっと可愛らしい子供だった。
というか、遠目から見ても可愛い子だなと思っていた彼は、間近で見ると驚くほど愛らしい少年だった。
目も髪も黒く、肌は白い、そして唇は紅をさしたかのように水っぽい赤に色づいていて、その容姿はまるで異国の白雪のという名を冠する姫のようだという印象だ。
『ほう、なんとも愛嬌のある少年じゃな。昔はよくこんな子供が、生贄にされておった』
そしてニコラは唐突に物騒なことを言った。
彼女の言葉に一瞬なぜかと疑問に思ったが、考えるまでもなくわかった気がして、ラウラは容姿が整っているということは、それはそれで不便なのだなと思った。
「……」
「……」
それにしてもそんなクリストハルトは、言葉の途中で自分の口を自分の手で覆ってそれから困り顔で話をしなくなる。
見つめていたら話し出すかと思ったがクリストハルトは、そのまま無言で窓に手を伸ばして引き下げようとする。
話をしたくないとも取れる行動に、ラウラは彼の拒絶は本物なのかと思う。ただそれならそうと言うはずだと思い、問いかけた。
「クリストハルト。私は少しあなたと話をしに来たの。あなたはこの屋敷が嫌い? 話をしないのはクリストハルトの意思なの?」
「……」
「今あなたの部屋には誰もいないでしょう? 来たら私はすぐにここから消えるから、だからあなたの本音を知りたいの」
ラウラは窓から乗り出してクリストハルトに笑みを浮かべて問いかけた。
彼は自分の口元を両手で覆ったまま、少しの間逡巡して、それからゆっくりと振り返って自分の部屋に本当に誰もいないのかと視線を巡らせた。
それから不安そうに涙を瞳にうかべながらもラウラに聞いてきた。
「お姉さんは僕を怒らないですか?」
問いかけてくるその不安げな声と柔らかい黒髪がさらりと揺れて、ものすごく愛らしい姿にラウラは胸を打ち抜かれたような心地になって、苦しくなった。
昼下がりの優しい日差しに照らされて、くるりと上を向いた可愛いまつげが頬に影を落としている。
存在自体がまるで宝石のようだ。
「怒らないわ。むしろ私、あなたが結構好きよ。とってもかわいいわね」
「……それならいいんです」
クリストハルトは誉め言葉は言われ慣れているのか軽くスルーされたが、とにかくかわいいのでなんでもいい。
「それで、クリストハルトはどうしてヘルムート子爵夫妻を無視するの?
このままではせっかく養子に来たのに元の家に戻されてしまうわ」
「え、そんなの困ります!」
しかしとにかく可愛いなという気持ちを抑えつつ、ラウラはクリストハルトに問いかけた。
すると普通に彼はこの場所にいたいと望んでいるらしく、続けて言った。
「でも……怖いから、僕何もできないし、もし……何もしてもらえなかったら酷い目に遭うんじゃないかって思って」
彼は瞳に涙を浮かべてまるで小動物のように小さく震えながら言う。
しかしクリストハルトははっきりとしたことを言わないので、ラウラはどんな状況かよくわからなかった。
しかし彼からすべての話を聞かずとも、ラウラは透明化魔法があるので情報収集には事欠かない。
だからこそ今はクリストハルトという人物を知ることが出来ればそれでいいのだ。
「心配はいらないわ。何とかするから」
「でも……」
「ところでクリストハルト、私はラウラというの。ヘルムート子爵家の事務を手伝いに来させてもらっているわ」
「……」
「あなたの事をおしえてくれる? 私、あなたの事を好きになっちゃった。あなたを題材に小説を書いていい」
ラウラは思いつくままに彼に問いかけた。
するとクリストハルトは、キョトンとしてそれから浮かべていた涙を引っ込めて、途端に表情を消した。
「アレ? お姉さんって変な人ですか? 僕の事助けに来てくれたのかと思ったのに」
そう言ってニヒルな笑みを浮かべた。
なんだか先ほどとキャラが違うように見えたけれど、それもまた可愛らしくてよい。丁度子供っぽい見た目をしているニコラと同じような年頃の男の子だ。
最近はよくはかどっている方だが彼は執筆活動の良い題材になってくれる気がする。
しかしラウラもこんな風に小説に登場させていいかなんて話をしたのは彼が初めてだ。たしかに少し大胆になってしまったかもしれない。
「ごめんなさい、つい、あなたが愛らしくて楽しい空想が頭に浮かんでしまって私のお友達と仲良く出来そうだなと思ったのよ」
……小説の中でだけど。
『なんじゃ、わしを小説に出すのは一向にかまわんが、小説の中だとしても妙な人間関係の餌食にするでない。わしらはそういうものとは無縁の生き物なのじゃ』
「大丈夫、友愛ならニコラも持ってるし変なことは書かないわ」
だからいいだろうと窓際に戻ってきて話を聞いていた彼女に言うと、言ってしまってから、ラウラははっとした。
今まで実家にいた時には常に無視されていたし、人がいる場所でもニコラと話をすることもあった。
しかしこうして屋敷の外に出て生活を送っているとそうはいかないというのは知っている。
実際に、ニコラと話すときは透明化の魔法を使っている。しかし急に会話に入ってこられると長年の習慣になかったことなので透明化魔法を忘れてしまうときがある。
そしてそれとは裏腹に、家族に認めてほしいという気持ちもなくなったので多少なりとも常識外れの事でも口にするようにしているのだ。
そして偶然今のラウラは、その二つの屋敷を出てからの性質の普通ではないところが出てしまった。
これは流石に、気色悪がられるかと青い顔をしてクリストハルトの反応をうかがった。
「……」
「…………ラウラお姉さんは変わった人だって事はわかりました」
「違うのよ、ちょっとした行き違いが起こっただけよ」
「行き違いで変なことを口走る人は変な人だと思います」
「……」
言われてみればその通りで、ラウラからはぐうの音も出ない。
ここからどうやって話を展開させようかと渋い顔をしていると、クリストハルトはそんなラウラをじっと見つめて、困ったような笑みを浮かべたのだった。
「でも悪い人じゃなさそうだって事もわかりましたよ」
「あ、ありがとう。クリストハルトは優しい子ね」
「ありがとうございます。ところでさっきの急に言った変なことは何の話なんですか?」
クリストハルトは頬杖をついてラウラに聞いてきた。
それから少しの間、ラウラと、クリストハルトは他愛ない話と、ついでにイマジナリーフレンドであるニコラの事を話してから別れたのだった。




