21 限界
ラウラの自由な日々は面白おかしく続いていた。
がしかし、実際に自由を謳歌するといっても、やれる娯楽というものは無限に存在するわけではない。
それに乗馬を楽しんだら、体が疲れるし、食事を楽しんだら、体型が崩れる。そしてお酒を楽しみすぎると二日酔いで頭が痛くなる。
楽しむための娯楽なのに、そのあとに苦痛が待っているのであれば節度を守る必要があるし、結局のところ楽しめる自由は有限であり、ラウラはその中で一番楽しくて苦がなく、いつまでもやっていられることに戻ることになった。
娯楽も丁度良く楽しむことができるということが大切なことだ。
程度を考えつつも休暇には酒場に飲みにいき、疲れた体をいやす。ラウラはこれが大人の娯楽の楽しみ方だと思っていたが、翌日の朝にはなぜか頭が痛くて、鼻がむずむずとする。
どうやら気をつけなければとわかっていても楽しむ量を間違えて二日酔いになってしまっているらしい。
「ふえっくしゅ!……うう、これは完全に二日酔いね……」
『前々から思ってたのじゃが、お主二日酔いの定義がおかしくないか?』
「そう?」
『ああ、変じゃ』
ニコラは、食器類の入っているキャビネットの方へとスイーと飛んでいき、ラウラに視線を送った。
そこには紅茶とともに、二日酔いに効くカモミールティーがしまわれているのだ。
すぐにそばによってティーケトルでお湯を沸かし始める。
『なぜくしゃみが出て二日酔いだと判断するのじゃ。普通は頭痛や吐き気といった症状であろう?』
ニコラは小さく小首をかしげてラウラに問いかける。そのしぐさは、彼女の子供らしい容姿によく似合っていてとても愛らしく見える。
「……私、昔は、ほら香水とかお化粧品が苦手だったでしょう? くしゃみが出てしまったり肌がかゆくなったり」
『ああ、そういえばそんなこともあったな』
「でも大人になったら楽になったんだけど、お酒を飲むとどうもね。香水の強い香りをかいだり二日酔いだと駄目なのよね」
『面倒な体質じゃなぁ、ただでさえ、お主はそれで魔法が解ける面白体質なのに』
「本当にね。自分でも嘘みたいで笑っちゃう」
ラウラとニコラは、くだらない話をしつつ、カモミールティーを入れてゆったりと朝の時間を楽しんだ。
仕事を始めるまでにはまだ時間がある。それまではゆったりと過ごせばいい、そう思ってラウラは窓から差し込む朝日を浴びながらニコラと話をしていた。
それから仕事を始めてしばらくたった頃、ラウラはマリアンネとヘルムート子爵であるグスタフに呼び出されて、なんの事だろうと考えながら屋敷の主人の部屋へと向かったのだった。
「……クリストハルトの事を無かったことにする……ですか……」
「ええ、もうこれ以上はお互いに傷つくだけだと思うのよ」
「あの子もきっとこの屋敷にいるよりも、元の場所に戻りたいと思っていると思うんだ」
ラウラが復唱すると彼らは補足するように情報を追加した。
ラウラと向き合って話をしていたヘルムート子爵夫妻だがこの屋敷に来た時からずいぶんとやつれてしまって可哀想なくらいだった。
……たしかに拗れているとは思っていたけど、まさか養子縁組すらなかったことにするほどにわかりあえていないとは……思ってなかったわ。
その驚いた気持ちを共有しようと肩に乗っていたニコラに視線を移すと彼女は『よっぽど子供に懐かれなかったことが堪えているのじゃな』と憐れむような視線を向けた。
「それは……もうそのことを彼と直接話をしたんでしょうか?」
もう決定事項なのかと確認するためにラウラは二人に問いかけた。
否定的にならないようにニュアンスに気を付けて確認するような形にした。
「いや、まだいえていない……というか、そもそもこの屋敷に迎えて以来、私たちはクリストハルトと一度も話をできていないんだ」
「そうなの、恥ずかしくてあなたには言えていなかったんだけどあの子は私たちと対話をすることを拒んでいたのよ。
それでも手紙を書いたり、プレゼントを渡したり、少しでもきっかけを作れるように努力してきたわ。
それでも、クリストハルトの気持ちは動かなかったの」
気落ちした様子でそういう彼らに、ラウラも疑問になった。こんなに良い人たちなのにどうしてこんな風になっているのだろう。
見かけた限りではクリストハルトはとても良い子そうに見えるし、庇護者を求めているように見えるのだ。
お互いに求めあって家族になりたいと望んでいるのに、無かったことにするだなんてそんなのは悲しいだろう。
まるで透明人間になって、いないことにされていた自分のようだとクリストハルトの事を重ねて考えた。
そう思ってしまうと、すこし気持ちが入ってラウラは仕方ない事として認めようとしている二人に、さらに聞いた。
「けれど、話をしてみない限りは、心というのはわかりません。意思を確認するためにも最後に話をした方がいいと思います」
ラウラの言葉に、彼らは困った様子だった。怒ったりそんなことはわかっていると逆切れされなくてほっと胸をなでおろした。
「奥様、旦那様。発言をお許しいただけませんか?」
「ダニエラ……許そう」
「はい。ラウラ様、わたくしクリスハルト様の身の回りのお世話をさせていただいております。ダニエラと申します」
「お世話係……ですか」
「ええ、この屋敷にクリストハルト様が住まいをうつされた日からお仕えしております」
ラウラの言葉を聞いていたヘルムート子爵夫妻ではなく、その後ろに控えていた使用人のダニエラがラウラの言葉に応えた。
「ラウラ様のお言葉もよくわかります。たしかにはたから見ればそのように映るかもしれません。しかしわたくしからすると奥様と旦那様の事を考えてあの子は相応しくないと思っています」
ダニエラは髪をひっ詰めていて、とても仕事が出来そうな中年の女性だ。きっと同じ年代としてマリアンネの事を按じているのだろう。とても硬い表情だった。
「相応しくないというと、何かあったのですか?」
「はい。クリスハルト様は……奥様や旦那様からの心の籠った贈り物を故意に壊し、徹底的にお二方を無視する悪童です。これ以上はお側に置いたとしてもお心を痛めるだけだと思うのです」
「……」
「ですからどうか、ラウラ様からクリストハルト様に養子縁組の破棄についてお話をしていただけませんか?」
最終的にされた質問にラウラは、少し納得した。この話をラウラにしたのは、その役目を負ってくれないかという打診の為だろう。
たしかに、もう十二分に頑張ったお二人に、これ以上無理をして子供とお別れをしろというのも酷だろう。
ヘルムート子爵夫妻は子供ができずともとても子供を愛する気持ちのある人たちだ。
しかしどうしてもラウラは腑に落ちない。誰の気持ちも受け入れずに、誰かの好意を簡単に踏みにじれる子供など、いるだろうか。そしてクリストハルトは本当にそうだろうか。
「……わかりました。ただしその前に、一度クリストハルトと話をする機会をください」
信じることができないからには、自分で確かめようとラウラは、考えて彼らにそう返したのだった。




