私の居場所 1
「……みんな、まだかな」
自室にてふわふわの身体をぎゅっと抱きしめ、そう呟く。私の不安や緊張が伝わったのか、シェリルはぺろりと頬を舐めてくれて、思わず笑みが溢れた。
──ラーラの占い通り、今日の明け方、邪竜が現れたとの報告が入った。
そしてエリカとみんなは予定通り、その討伐に向かった。異分子である私は邪魔にならないよう一人王城に残り、無事にみんなが戻ってくるのを待ち続けている。
絶対に大丈夫だと分かっていても緊張してしまい、朝から何も手につかず私は部屋の中をうろうろと歩き回ったり、シェリルとごろごろしたりして過ごしていた。
「うう……ドキドキする……」
バグを倒してから、もう一ヶ月が経つ。
全員無事に回復し今日という日に備えていた。もちろん、アルヴィン様も。
報酬アイテムでアルヴィン様の回復を祈った結果、無事に願いは叶った。数日後、目を覚ましたアルヴィン様は、自身がまだ生きていることに驚いている様子で。
『……地獄にニナがいるなんて、おかしいと思った』
『勝手に殺さないでください』
思い返せば、オーウェンが「期待させるのはよくない」と言い、アイテムの存在についてはアルヴィン様に黙っていたのだ。
『……自分の願いのために罪を犯して、貴重な願いを無駄にして、本当にどうしようもないな』
『でも、アルヴィンのお蔭であいつを倒せたんだろ。お前が禁術魔法を使ってなかったら、俺達全員あの時に死んでたかもしれないし』
『そうよ。罪の一つ二つでジメジメすんじゃないわよ』
『あまりフォローになってないけど、まあ僕もそう思うな。結果としてはベストだった』
『ああ』
アルヴィン様は自身を責めていたけれど、周りは責めるどころかフォローに回っていた。
アルヴィン様が目覚めるまで、毎日それぞれお見舞いに来ては言葉をかけていたのだ。
『これからは一層、この国のために尽力すると誓う』
その真摯な言葉に、誰もが深く頷いていた。
私もそんなアルヴィン様と共に持てる力を使い、できる限りのことをしていこうと思う。
「よし、久しぶりにポーションでも作ろうかな」
そうして両手を合わせ、ソファから立ち上がった時だった。シェリルがひと鳴きし、いつもアルヴィン様がやってくる時のものだと気付く。
次の瞬間、ノック音がして、すぐにドアへ駆け寄る。
「おかえりなさい!」
「ただいま、ニナ」
そこには予想通りアルヴィン様の姿があって──顔を見た瞬間、思わず抱きついていた。
怪我もないようで、心底安堵する。すぐに中へと案内すると、シェリルも子犬のように尻尾を振ってアルヴィン様に駆け寄っていき、抱き上げられていた。
「無事にエリカが邪竜を倒したよ。疲れ切って気絶して今頃は医務室に運ばれているはずだ。怪我もない」
「本当に良かったです。よ、良かった……」
今更どっと安心して腰が抜けそうになったのを、アルヴィン様が支えてくれる。
これでようやくエリカもゲームシナリオから解放され、この世界における自分の人生が始まるのだろう。
──以前、元の世界に帰りたいかと尋ねたことがあるけれど、エリカは静かに首を左右に振った。
詳しいことは聞いていないものの、彼女にも何か事情があるのだろう。
これからは想い人である料理人の青年と共に、幸せな人生を歩んでいってほしい。もちろん私も、良き友人として彼女と過ごしていきたいと思っている。
「ニナもこれで肩の荷が降りたね」
「……はい」
アルヴィン様の言う通り、私自身も『剣と魔法のアドレセンス』というゲームから、ようやく解放されたような気がした。
◇◇◇
少しして、私はエリカのいる医務室を訪れた。
最近は自身も含めてよくこの場所へ来ていたけれど、これからはなるべくお世話になりたくないと思いながら、ドアを開ける。
「ニナさん! アルヴィン様!」
するとそこには、ベッドの上に座り、フルーツを食べているエリカの姿があった。
その隣にはくだんの青年の姿があり、アルヴィン様を見るなり慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「顔を上げてくれ」
「ごめんなさい、急に来て邪魔をしちゃった?」
「いえ、とんでもないです! 僕も少しだけ時間をいただいて来ただけなので、失礼します」
青年は人の良さそうな笑みを浮かべ、エリカに声をかけると、私達にも丁寧に挨拶をして医務室を後にした。
この一瞬のやり取りだけでも、素敵な人だというのが伝わってくる。
「本当にお疲れ様! 頑張ったね」
「ほ、本当にありがとうございます……」
話しているうちにエリカのアイスブルーの瞳からは、ぽたぽたと大粒の涙が零れ落ちていく。
これまで感じていたであろうプレッシャーや重ねてきた努力を思うと、私まで視界がぼやける。
「私、本当にダメダメで……でも、ニナさんはずっと諦めないでいてくれて、すごく嬉しかったんです。ありがとう、ございます……」
「ううん、私は大したことはしてないもの。エリカが頑張ったんだよ」
やがてエリカは涙を拭い、私の手を取ると、そっと両手で包むように握りしめた。
「ニナさん、こんな私ですが、これからもお友達でいてくれますか……?」
彼女は不安げに瞳を揺らしているけれど、私の心はもちろん決まっている。
「ニナ」
「えっ?」
「これからはもう、そう呼んでくれるんだよね?」
──出会ったばかりの頃、私が「ニナ」と呼んでほしいと伝えたところ、今は生徒だからと断られたのだ。
聖魔法を使いこなせるようになった後、友達として呼ばせてほしいと言っていた。
エリカもそのやりとりを思い出したのか、彼女の目からはさらに涙が溢れていく。
「ニナ、ありがとう……うわあん……」
「うん。こちらこそ、ありがとう」
半年前、エリカが私の存在に気付いてくれたから、今がある。一生懸命で可愛い彼女が、私は大好きだった。
この先も大切な友人として過ごしていけることが嬉しくて、私は泣き続けるエリカをぎゅっと抱きしめた。




