最終決戦 3
「こんな時にそんなセリフは、流石にずるいな」
「……ああ。必ずやり遂げてみせる」
「それ以上はテオが泣くから、続きは後にしなさいよ」
「うるせえ、っ俺は泣いたりなんてしねえ、からな!」
先ほどまでの重い空気が嘘みたいに、いつも通りの安心感が広がっていく。
「なになに? 何をするつもり?」
一方、男は楽しげな声で両手を叩き、わくわくしたようにこちらの出方を待っている。
何をされても問題ないという傲慢さが透けて見えた。アルヴィン様の覚悟を、この男だけが理解していない。
その油断を、アルヴィン様が見逃すはずがなかった。
「行くぞ」
ディルクの声に合わせて全員が同時に魔法を展開し、攻撃を放つ。私達もそれに合わせて、ありったけの魔力を込めていく。
全員の能力を最大限まで強化し、今一度だけ男の身体に最大の攻撃を加える。
すぐに治ってしまってもいい。一瞬の隙さえあれば、アルヴィン様が全てを終わらせてくれる。
「アルヴィン、長くはもたないわよ!」
「ああ、分かってる」
アルヴィン様は男の身体に剣を突き立てると、聞いたことのない呪文を詠唱し始める。
命を犠牲に摂理を越える禁術魔法──同じく摂理を越えたバグにすら、死を与えられるはず。
「こんなことをしたって、僕は死なな──あれ?」
男はやはり痛みを感じないらしく、回復できるという余裕からか薄笑いを浮かべていたものの、だんだんとその身体は黒ずみ、指先から砂のように崩れ始めた。
「は? 本当にきみ、なんなの?」
流石に危機感を覚えたのか、男の顔からは笑顔が消え去っている。
「ぐ、っ……!」
けれど心臓に刃を突き立て続けるアルヴィン様の手や首筋、そして顔には、見たことのない黒い痣が広がっていく。表情は苦痛で歪み、間違いなく禁術魔法の代償であることが窺えた。
その様子に、心臓が押し潰されそうになる。
「ぐあああああああ!」
身体の半分ほどが崩れ、断末魔の叫びが響き渡った。男は必死に抵抗し暴れ、心臓に剣を突き立てられながらも攻撃魔法を放つ。
これまでの余裕はすっかり消え、命に執着する獣のように必死な攻撃だった。それらはアルヴィン様の身体を傷付け、辺りには血溜まりが広がっていく。
しかしアルヴィン様は攻撃など意に介さず、魔法の詠唱を続ける。
どちらかが死ぬまで、この戦いは終わらない。アルヴィン様は文字通り命を懸けている。
なら、私にできることは――……
「アルヴィン様!」
今すぐ駆け寄って止めたい気持ちを必死に押さえ付け、アルヴィン様が無事であるように祈りながら回復魔法を掛け続ける。今ここで止めては、全てが無駄になってしまう。
「絶対、死なせたりなんてしない……!」
──アルヴィン様がいない世界なんてもう、考えられない。
私は持てる全ての力を使ってアルヴィン様に魔力を注ぎ込み──その結果、意識を手放した。
◇◇◇
「……う」
目を開ければ、真っ白な天井が飛び込んでくる。
「ニナさん、目が覚めたんですね……!」
すぐに意識を失った時のことを思い出し、慌てて身体を起こした。
側には大きな目を潤ませるエリカの姿があり、どうやらここは王城内の医務室らしい。
「っアルヴィン様は──」
そこまで言いかけてすぐ、隣のベッドに横たわるアルヴィン様の姿を見つけた私は、息を呑んだ。
その美しい顔や手足には黒い痣が広がっており、顔色もひどく悪い。
「アルヴィン様もずっと意識が戻らなくて……ニナさんの魔法のお蔭で一命をとりとめているのではないか、ってオーウェンさんが言っていました」
生きているのが不思議なほどだと、エリカは赤く腫れた目元を擦る。
──男は無事に倒すことができ、テオが大怪我を負ったものの、みんなも無事だという。
医務室に顔を出しつつ、アルヴィン様の代わりに仕事をこなし続けているとエリカは話してくれた。
私は完全に魔力を使い果たし、あれから三日ほど意識を失っていたらしい。外傷はエリカが時間をかけて治してくれたようで、怪我はなかった。
ふらつく身体でなんとか立ち上がり、エリカに支えられてアルヴィン様の側へと向かう。
「アルヴィン様……」
冷たい頬に触れると、再び視界がぼやけた。助けてくれてありがとう、と言いたいのに、涙が溢れるばかりで言葉が出てこない。
過去、誰のことも信じないと言っていた彼が仲間を信じ、自らを犠牲にまでして私達を守ってくれたのだ。その気持ちや変化を思うと、胸が締め付けられた。
生きているのが不思議なくらい、全身が冷たい。
「……そうだ、アイテム」
報酬アイテムのことを思い出し、エリカに尋ねようとした私は、自身の右腕に覚えのない金のブレスレットが嵌められていることに気が付いた。
「エリカ、これって……」
「あの男が消えた後、いつの間にかニナさんの腕についていたそうです。ニナさんの意識がない間に調べて、害がないことは証明済みです」
そして「これがバグを倒した報酬アイテムだと思います」と付け加えた。エリカはあの場にいなかったため、私に与えられたのだろうか。
それでも私が勝手に、自分の願いを叶えていいわけではない。少しの戸惑いを覚えていると、エリカはそんな私の気持ちを見透かしたように微笑んだ。
「皆さん、アルヴィン様に使うべきだと言っていました」
「……ありがとう」
ブレスレットに触れると、使い方なんて一切分からないはずなのに、不思議とどうすべきなのか理解できた。
私はブレスレットの宝石部分に魔力を込め、アルヴィン様の手を取る。
「どうか、アルヴィン様を救って──……」
そう心から願うのと同時に、視界は眩い光でいっぱいになった。




