最終決戦 2
本当は、このまま逃げ出したかったし、その手筈だった。あの男の同じ空間にいるだけで、喉が締め付けられて上手く息ができない。手が震えて、視界が滲む。
それでも私は自分にできることがある、私にしかできないことがあるのを知っていた。
「わ、私も、戦います」
エリカもきつく手のひらを握りしめ、真剣な表情を浮かべている。オーウェンはしばらく何かを言いたげな様子だったものの、やがて肩を竦めた。
「……仕方ない、後で一緒に怒られてあげるよ」
「ありがとう」
何度か深呼吸をすると、私は両手をみんなへと向け、さらに魔法を重ねがけした。
「全体回復」
「聖なる盾」
この場にいるみんなの身体が眩い光に包まれ、怪我は一瞬にして治っていく。
「能力上昇」
私の隣では、エリカが強化魔法を展開した。初めて会った時にも、浄化魔法と間違えて強化魔法を掛けてしまっていたエリカにとって、実は一番の得意魔法だった。
身体強化や魔法効果の上昇、そして防御力を上げたことで、戦いやすくなるはず。
けれどやはり、アルヴィン様に魔法は効きにくいようだった。魔力で押し切り、後から怒られるだろうと思いながらも、必死に魔力を注ぐ。
四人同時に複数魔法をかけるのは、流石に体力と魔力をかなり消費してしまう。肩で汗を拭い、両足で地面を踏み締めた。
「うわ、ずるいなあ。やっぱり聖女は先に殺しておくべきだった」
「黙れ」
アルヴィン様はそう呟くと、男の喉元目掛けて一撃を放つ。
すんでの所で躱した男は、アルヴィン様の肩へ切り込む。アルヴィン様も瞬時に躱したものの、漆黒の剣の切先が触れただけで、皮膚や肉が溶けていく。
「……っ」
すぐに私はアルヴィン様に回復魔法をかけた。時間は少しかかってしまったものの、傷は元通りになり内心胸を撫で下ろす。
男の動きは、とうに人間の限界を超えていた。
それについていくアルヴィン様やみんなが奇跡のようなもので、この状況が長引けば、こちらの体力や魔力が消費していく一方だ。
息つく暇もない戦いが続く。
いくら男に傷を負わせても致命傷にはならず、このままでは埒が明かない。怪我をするたびになんとか治し、誰も深傷を負っていないものの、私もみんなも限界が近づいてきているのが分かる。
状況を変えるには、戦いを決定づける一撃が必要だろう。誰もがそれに気付いていながらも、目の前の攻防に集中せざるを得なかった。
目の前の男から視線を外せば、誰かが死ぬのだから。
そんな中、アルヴィン様が口を開いた。
「一分でいい、全力であれの足止めをしてくれ。俺がとどめを刺す」
「……何よ急に、死ぬ気じゃないでしょうね?」
「まさか」
アルヴィン様は笑ったけれど、ラーラ同様、嫌な予感がしてならない。
「正直もうすげー疲れたけど、足止めくらいならいけるぜ。お前は大丈夫なのか?」
「ああ。絶対に大丈夫だ」
「……っ」
確信めいた表情で頷くアルヴィン様がこれから何をしようとしているのか、私には分かってしまった。
──自らを犠牲にして、禁術魔法で手に入れた力を使うつもりなのだ。
禁術魔法で得た力を使えば使うほど身体は蝕まれ、命が削られていくと、彼は知っているはずなのに。
「アルヴィン、待て」
事情を知っているオーウェンもディルクも、察したに違いない。既に心は決まっているようで、アルヴィン様は首を左右に振った。
「このままだと全員死ぬことくらい、分かるだろう」
「だからって、アルヴィン様が犠牲になっていいわけじゃありません!」
少し離れた場所にいた私は自身の防御魔法を解き、アルヴィン様の元へと駆け寄る。
たとえバグを倒し報酬アイテムを得られたとしても、その時点でアルヴィン様が命を落としていたら間に合わない。
何かまだ他に方法があるはずだと訴えても、聞く耳を持ってはくれない。
「ニナが死ぬよりはいい」
はっきり口にしたアルヴィン様は、私の頬に触れた。
「それに俺だって死ぬつもりはないよ。仲間の力を信じているから」
その瞬間、テオの手元が狂い、放たれた矢がオーウェンの毛先を掠めた。
それでもテオが謝罪の言葉を、オーウェンが責めるような言葉を紡ぐこともない。
アルヴィン様の口から「信じる」という言葉が発されたことに、誰もが驚きを隠せないようだった。




