変化 3
意識を失った後、アルヴィン様は私を背負ったまま、塔の中に蔓延る魔物と戦った末、脱出したという。
塔の中では転移魔法が使えなかったものの、外に出てからはすぐに四人と合流できたそうだ。
そして私の目が覚めるまで、アルヴィン様はずっと付き添い看病をしてくれていたらしい。
「お前ら、あの塔で何があったんだ? アルヴィン、中身別のやつになってね? 怖いんだけど」
「本当にね。ここ10年で一番の驚きだったわ」
その様子を見ていたみんなは、アルヴィン様の急激な変化にやはり驚きや戸惑いを隠せなかったようで、何があったんだとテオやラーラには詰め寄られた。
けれど私が逆の立場でも、気になって仕方ないはず。アルヴィン様は塔を出た後も私に対し、それはもうフレンドリーで優しいままだった。
「塔でのことは俺達二人だけの秘密だよね、ニナ?」
「は、はい。そうですね!」
アルヴィン様は西の塔でのことを誰にも話すつもりはないようで、私も同意しつつ頷く。
「へえ? 少し焦るなあ」
「焦るって、何が?」
「色々。僕だけじゃなく、ディルクもじゃないかな」
「…………?」
オーウェンの言葉の意味は分からなかったけれど、これからは皆で仲良く過ごせそうで、心底ほっとした。
◇◇◇
「うっ……うう……す、すごく良い話ですね……!」
「そ、そう?」
アルヴィン様との西の塔の話を終えたところで、エリカは何故か号泣していた。もちろん、アルヴィン様の過去については伏せて話している。
そんなにも感動するところがあっただろうかと思っていると、濡れたハンカチを握りしめたエリカは「やっぱりニナさんはすごいです」と呟いた。
「私なんて聖女として何もできないのに、最初から皆さんに良くしてもらって……どれだけ自分が恵まれているのか、あらためて実感しました」
「エリカがすごく頑張ってるから、エリカがとても良い子だから、みんな力になりたいと思うんだよ」
「ニ、ニナさん……!」
エリカは再び大粒の涙を流し始め、どうすれば泣き止むだろうと慌てていると、不意に後ろから声がした。
「随分懐かしい話をしていたね」
「わっ! アルヴィン様、おかえりなさい」
振り返った先にはアルヴィン様の姿があって、驚いてしまう。とっくに会議は終わっていたようで、私達が話し込んでいる間、隣室で待っていてくれたらしい。
アルヴィン様は私の側へ来ると机に手をつき、魔道具に映るエリカに声をかける。
「久しぶり。すごく頑張っているって聞いたよ」
「はい、お久しぶりです! お蔭様で、色々とできることが増えてきました」
エリカは私とアルヴィン様を見比べると、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「アルヴィン様がこうして私とお話してくださるのも、全部ニナさんのお蔭ですね」
「そんなこと──」
「ああ。そうだよ」
柔らかくアメジストの目を細め、はっきりとそう言ってのけたアルヴィン様に、どきりとしてしまう。
「ふふ、お邪魔な私はそろそろ失礼します。ニナさん、是非また続きを聞かせてください!」
「もちろん。エリカ、色々と気を付けてね」
「はい。ニナさんも」
片手を振った後、魔道具の通信を切る。その後はアルヴィン様とシェリルと共に、ソファに腰を下ろした。
「ごめんね。聞くつもりはなかったんだけど隣室まで聞こえてきたから、会話はほとんど耳に入ってしまって」
「すみません、声が大きいってよく言われます……」
むしろ気を遣わせて申し訳ないと謝れば、アルヴィン様は首を左右に振り、微笑んだ。
「ニナに会いたくて早くに会議を終わらせてきたから、前半も聞こえてきて、消えてなくなりたくなったけど」
「あっ……」
「あの頃の俺は本当に愚かだったよ。ニナにあんな態度をとっていたなんて、未だに信じられない。ごめんね」
「いえ! 全然気にしていないので!」
アルヴィン様は私に冷たかった頃の話をすると、毎回それはもう後悔している様子をみせる。
あの頃の自分の両手両足の指を切り落としたい、なんて物騒なことも言うため、なかなか恐ろしい。
「西の塔のダンジョンでのことも、懐かしいな」
「はい。その、アルヴィン様はあの時に私のことを好きになったって前に言っていましたが、本当ですか?」
私は聖女であり治療の役割を担っているのだから、命を救おうとするのは当然のことだ。同じ立場だったなら仲間のみんなも、絶対に同じことをしたはず。
だからこそ、それだけでアルヴィン様のような完璧な人が私を好きになるなんて、信じられなかった。
やがてアルヴィン様は小さく笑い、口を開く。
「そうだよ。もちろん、ニナが命懸けで俺を救ってくれたからだけじゃない。俺のことを絶対に見捨てない、死ぬ時は一緒だって言ってくれた時、ニナは本当に俺を裏切らないって思ったんだ」
黙ったままの私に、アルヴィン様は続けた。
「そして、ニナのことが知りたいと思った。それからは関わっていく中でニナ自身に惹かれていったから、あれはきっかけに過ぎない。俺はニナの全てが好きなんだ」
「…………っ」
あらためて告白をされ、心臓が早鐘を打っていく。
いつだってアルヴィン様の言葉はまっすぐで、私だけを心から想ってくれているのが伝わってくる。
「……あの日からずっと、死ぬ時はニナと一緒がいい、ニナと一緒に死にたいって思ってた」
悲しくて重い言葉に、アルヴィン様は母親との記憶にずっと囚われているのだと悟る。
「それが俺にとって、一番の幸せだと思ってたから」
やはり当時の恐怖や寂しさが、未だに忘れられないのかもしれない。そう思うと、胸が痛む。
けれど、アルヴィン様は「でも」と続けた。
「今はもう、そう思わないんだ」
「……え」
「たとえ俺が死んだとしても、ニナには生きていてほしいし、幸せになってほしい」
それが今の俺の幸せなんだ、と言って微笑んだアルヴィン様の笑顔に、私は心底泣きたくなっていた。




