変化 2
「私は実の父の顔を知りません。母は毎日遅くまで必死に働き、女手ひとつで私を育ててくれていました。けれど12歳の時に、今の義父と再婚したんです」
その頃が、一番幸せだったと思う。母が幸せそうだと私も嬉しかったし、義父も明るくて優しい人だった。
けれど3人で「家族」として過ごす穏やかな日々は、たった一年も続かなかった。
「一年経たず、母は事故で亡くなって……祖父母も既に他界していたので、義父が私を育ててくれました」
血の繋がりもない、たった数ヶ月一緒に過ごしただけの私を育てるなんて決断は、簡単ではなかったはず。
13歳になっていた私もそれがどれほどありがたいことなのか分かっていたし、家事や身の回りのことなど、できる限りやっていた記憶がある。
「それから一年後、義父は再婚したんです。綺麗な人で私にも優しくて、母ができるんだと嬉しくなりました」
「……うん」
アルヴィン様は私が息をつく度に、ひどく優しい声で相槌を打ってくれている。
──新しい母は若くて美しく、私と10歳しか離れていなかったため、姉ができたみたいで嬉しかった。
なるべく二人の時間の邪魔をしないようにしながら、それでも穏やかな日々を過ごしていた、のに。
「でも私が15歳の頃、弟が産まれてから全てが変わったんです。やはり血が繋がっている子というのは可愛いようで、二人は弟へ愛情を一心に注いでいました」
けれどそれも、当然だと思う。これまで血縁関係のない私にもとても良くしてくれていたし、住む家があって学校に通えるだけでありがたいと、心から思っていた。
「そんな中、義母は育児のストレスからか苛立つことが増え、その吐け口は私になりました。穀潰しの他人だと暴言を吐かれ、物を投げつけられ──そして最後には、偶然学校帰りに会った父と少し出掛けただけで、浮気だなんて言って泣いて暴れ出したんです」
血も繋がっていない、一度愛した女に似ているんだから家族愛以外の感情を抱いてもおかしくない、と言われた時には、信じられない気持ちとショックで泣いた。
あまり愛されていなかったとしても、私は義両親のことを「家族」だと思っていたから。
「もちろん義父も義母がおかしいと理解しているようでしたが、やはり大事なのは私よりも義母と義弟で、私を避けるようになりました。……けれど義母の私への懐疑心は無くなることはなく、常に監視され暴言を吐かれ、義父が家にいない間は自由に外出することもできなくなっていったんです」
やはり義父も私を庇えば余計に厄介なことになると察したのか、一切守ってくれることはなかった。
家にいる間は辛くて息苦しくて仕方なかったけれど、15歳の私は出て行ったところで生きていく術もない。
それでも然るべきところに現状を伝えて、これ以上家庭が壊れるのは嫌だった。私さえいなければ、こんなことにはならなかったのだから。
こうして養ってもらえるだけで幸せなのだと自身に言い聞かせ、耐えて暮らしていた。
だから私は、学校にいる時間が好きだった。その間は義母に文句を言われることも疑われることもないし、友人達と自由に自分らしく過ごせていたからだ。
家では常に部屋にこもっていたため、現実逃避するように友人から借りた『まほアド』も夢中でプレイした。
もしかすると神様が「ここから逃げ出したい」という私の気持ちを汲んで、この世界に転移させてくれたのではないかと、今では思う。
「あはは、すみません。こんな長くて重い話を……」
全てを話し終えた後、やはり聞いていて気分の良い話ではないと反省したものの、アルヴィン様は私の手を握ったまま「話してくれてありがとう」と言ってくれた。
「辛かったね。それに、ニナはやっぱり優しい子だ」
「いえ、そんなことはありません」
間違いなく私よりも、アルヴィン様の方が長年ずっと辛い思いをしていたのだから。
それでも初めて誰かに話し、優しい言葉をかけてもらうことで、心が軽くなるのを感じていた。
「でも、聞いてくださってありがとうございます。実はこの話を誰かにしたの、初めてだったんです」
「……そう、なんだ」
少しだけ驚いた反応をしたアルヴィン様は、私の目をじっと見つめ、続けた。
「これからは俺でよければ、どんなことだって聞くよ。ニナの支えになりたい」
「えっ……」
急な態度の変化に、やはり戸惑ってしまう。少し前のアルヴィン様とは完全に別人で、命を助けたことに対し相当な負い目を感じているのかもしれない。
仲間なら、当然のことだというのに。テオやディルクだって、きっと私と同じことをしたはずだ。
あまり気負わないでほしいと思いつつも、アルヴィン様の言葉や優しさは嬉しかった。
それからもぽつりぽつりとお互いのことを話し、やがて無事に呪いを全て浄化した後は、最後の力を振り絞ってアルヴィン様の傷を治しきった。
「本当にありがとう。行こうか」
「はい。……あ、あれ?」
残りの魔力量は問題ないようで、二人で脱出するため立ち上がろうとしたものの、足に力が入らない。
ぐにゃりと視界が歪むような酷い眩暈がして、私はとっくに限界が来ていたのだと悟る。
「──ニナ? っニナ!」
そしてアルヴィン様が必死に私の名前を何度も呼ぶ声を最後に、意識は途切れた。




