変化 1
私の膝の上で眠るアルヴィン様から、規則正しい寝息が聞こえてくる。顔色も最初よりずっと良くなり、腹部からの出血もほぼ止まったようだった。
まだ呪いは残っており魔力供給は続けているため、私達の手は繋がれたままだ。
冷たかったアルヴィン様の手も今は温かく、このままいけばきっと大丈夫だろうと、胸を撫で下ろした。
「……本当に、良かった」
一度だけ目を覚ましたアルヴィン様は、この状況に戸惑いながらも、最後は「ありがとう」と言ってくれた。
少しだけ私に気を許してくれたようで、こうして側で穏やかに眠ってくれているのが、何よりの証拠だろう。
魔法陣の上で魔力を流しながら、私も目を閉じる。
『……俺を、見捨てない?』
『本当に、俺と一緒に、死んでくれる?』
先ほどのアルヴィン様の言葉が、縋るような表情が、ずっと頭から離れずにいた。
彼が何故そんな問いを投げかけてきたのか、これまで私に対して冷たい態度だったのか、今なら分かる。
『お前なんて、産みたくなかったのに。腹の中で死んでくれたら、どんなに良かったことか』
『私じゃなくて、あいつを殺しなさいよ!』
──魔力供給をしている最中、アルヴィン様の感情や記憶が、一気に私の中に流れ込んできたのだ。
痛い、苦しい、辛い、寂しい、悲しい。そんな負の感情ばかりで、胸が痛いくらいに締めつけられる。
そしてアルヴィン様の過去の記憶は、あまりにも悲しいものだった。もう誰のことも信じられない、信じたくないと思うのも当然だろう。
いつかアルヴィン様にも信じられる相手ができますようにと、祈らずにはいられなかった。
「…………っ」
そんなことを考えているうちに、目眩がしてくる。
ずっと神経を尖らせながら魔力を大量に使っているせいか、心身共に衰弱してきているのが分かった。
それでも、私はアルヴィン様を「絶対に見捨てない」と約束したのだ。気合を入れ直し、頑張ろうと決意するのと同時に、アルヴィン様の目がゆっくりと開いた。
「……ニナ?」
「はい。具合はどうですか?」
アルヴィン様が再び眠った後、私が勝手に寝やすいようにと膝枕の体勢にしたため、驚いているようだった。
そして私もまた、当然のように「ニナ」と呼ばれたことに内心驚いていた。アルヴィン様にこうして名前を呼ばれるのは、初めてだったからだ。
距離が近づいたみたいで、なんだか嬉しくなる。
「すまない、また眠ってしまっていたとは……」
「いえ、今は体力もかなり削られていると思うので、できる限りお休みになってください」
不愉快でなければこのままでいるようお願いすれば、繋いだままだった手を握り返され、再び謝られた。
「アルヴィン様が謝ることなんて何もありませんよ。そもそも怪我の治療は私の仕事なのに、みんなが強すぎてこれまでサボり続けていたので」
「……ニナは優しいね」
アルヴィン様の声色だって、今まで聞いたことがないくらいに優しい。命懸けで命を救ったことで、少しだけ心を開いてくれたのかもしれない。
「無理をさせてごめん。もうすぐ動けるようになると思うから、後少しだけこのままでいさせてほしい」
「はい! もちろんです」
どうやら本当に後少しのようで、ほっとする。きっとみんなも、私達を心配してくれているに違いない。
私達が会話するようになっているなんて想像もしていないだろうし、組み合わせ的にも不安しかないはずだ。
「ありがとう。ここを出たら、必ず礼をさせてほしい」
「そんな、お礼なんて必要ありません。でも、この先もこうして話をしてもらえたら嬉しいです」
そうお願いすれば、アルヴィン様は驚いたように少し目を見開いた後、眉尻を下げた。
「……俺こそ、心からそう思ってるよ」
長い睫毛を伏せたアルヴィン様はやはり、これまでの態度について、私に罪悪感を抱いているようだった。
「それと嫌なものを見せてしまって、ごめん」
「私こそ勝手に見てしまったので、申し訳なく……」
私が見てしまった、彼の過去の記憶について言っているのだろう。デリケートな部分を他人同然の私になんて見られたくなかったはずだし、逆に申し訳なくなる。
「不可抗力だから、謝らないでほしい。……それと、良かったらニナのことを聞いてもいいだろうか」
「……私のこと、ですか?」
予想外のお願いに、戸惑ってしまう。アルヴィン様は私に対して、何の興味もないと思っていたからだ。
きっとその気持ちが顔に出てしまっていたのだろう、アルヴィン様はやっぱり困ったような表情をした。
「これまでの態度を考えれば、都合が良すぎると分かっているんだ。それでも俺は、ニナのことを知りたい」
ダメかな? と尋ねられ、私は慌てて首を縦に振る。
「た、大した話はないのですが、それでよければ……」
何度も頷けばアルヴィン様は「良かった」と言って、子どもみたいに笑った。
初めて見た笑顔に、何故か少しだけ泣きたくなる。私はなんとか笑みを浮かべると、口を開いた。
「改めまして、私は仁奈と言います。16歳です」
「ニナは俺の3歳下なんだね。……何ヶ月も一緒にいたのに今更知るなんて、どうかしてる」
「いえ、私もラーラさんの年齢を知らないですし、そんなものだと思います!」
すぐにフォローすれば、アルヴィン様は「ニナは本当に優しい子なんだね」と口元を緩める。
私だってアルヴィン様がこんなにも優しく笑う人だなんて、知らなかった。魔力を流しながら、私は続ける。
「元の世界では、学校に通っていました」
「ニナは学校が好きだったんだね」
「分かりますか? 家族とあまり上手くいっていなかったので、学校にいる間だけは自分らしくいられて……」
私はあの家にいたくなくて、少しでも学校にいる時間が長くなるよう、必死だったことを思い出す。
「家族についてはこれ以上、聞かない方がいいかな」
「その、気分の良い話ではないと思うんですが、聞いてもらえると嬉しいです」
私だけ黙っているのは不公平だし、きっとずっと、私は誰かに聞いてほしかったんだと思う。
友達にも気を遣わせたくなくて、可哀想だと思われたくなくて、言えなかったのだから。
「──私、家族の誰とも血が繋がっていないんです」
そうして私は、自分の家族について話し始めた。




