情報管理はしっかりしてほしい
誘拐イベントから一週間が立った。あの日取り乱してしまった私も、すっかり落ち着くことができている。
──アルヴィン様と二人で眠った日の翌朝、いつの間にかぐっすり眠ってしまった私が目を覚ますと、彼は柔らかな笑みを浮かべ、私を見つめていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日、アルヴィン様の美しい金色の髪、そして彼の笑顔のあまりの眩しさに、寝起きから目がチカチカとした。
『おはよう、ニナ。よく眠れた?』
『はい、お陰様でぐっすり眠れました。アルヴィン様はいつ起きられたんですか?』
『三時間前かな』
『さん……?』
時計へと視線を向ければ、最後に見た時から5時間ほどが経っていた。3時間など寝ていないに近い。
やはり、慣れない場所では眠れなかったのだろうか。
申し訳なく思っていると、そんな私の気持ちを見透かしたように、アルヴィン様は「俺は元々あまり寝ない方なんだ」と微笑んだ。それはそれで心配になる。
『すみません、お忙しいのに傍に居てくれたんですね』
『いや、俺が好きでここにいただけだよ。ずっとニナのかわいい寝顔を見てた』
『えっ』
もしや3時間ずっと寝顔を見ていたのだろうか。爆睡していた私は、さぞ間抜けな顔をしていたに違いない。
変な寝言を言っていなかっただろうかと色々不安になっていると、アルヴィン様は私の頭を撫で、微笑んだ。
『俺の人生の中で、間違いなく一番幸せな朝だったよ』
『……っ』
この人は、どうしてこんなにも私が好きなんだろう。
甘すぎる雰囲気にくらくらとして、それからしばらくアルヴィン様の顔を見られなかった記憶がある。
そしてそれ以降、私は王城から一歩も外に出ない生活を送っている。正確には、出してもらえていない。
前回のことを知ってしまったアルヴィン様、ラーラ、テオの過保護が限界突破しているのだ。
今後もゲームイベントに巻き込まれる可能性がある上に、男の行方は未だ分かっていない。みんなが心配してくれる気持ちも分かるし、もちろんありがたい。
けれど寝る以外の時間は全て、交代制のように入れ替わる三人の側で過ごすというのは、流石にやりすぎな気がする。そもそも、全員が忙しい立場だというのに。
何より、三人とも怖いくらいに優しい。以前にも増して甘やかされすぎて、幼児にでもなった気分だった。
『ニナが視界からいなくなるだけで、不安になるんだ』
特にアルヴィン様は、完全に度が過ぎている。
そんな三人の突然の過保護っぷりを、オーウェンとディルクも不思議に思っている様子だった。
彼らにも話をしようと思っているけれど、ひとまずは三人が落ち着いてからにするつもりでいる。
そしてエリカとは、あの日以来会えていない。聖女としての仕事のため、地方の神殿に行ったと聞いている。いつ戻ってこれるのかも分からないらしい。
『一人で寂しい思いをしていないでしょうか』
『テオやオーウェンが時折会いに行っているし、そもそもエリカが望んだことなんだ。大丈夫だよ』
『……エリカが、望んだこと?』
『ああ』
厳重な警備体制を敷いており、私が心配することは何もないとアルヴィン様は言っていた。
手紙のやりとりをしているけれど、内容はいつも通りの元気いっぱいのエリカでほっとした。魔法の練習も頑張っているようで、早く会えたらいいなと思っている。
「……あの、アルヴィン様、流石に近すぎるのでは」
「そう? 本当は膝の上に乗ってほしいくらいだけど」
「…………」
そんな今日も私はアルヴィン様の執務室にて、仕事をする彼の隣で勉強をしていた。
二人掛けの長椅子が用意されており、常に肩が触れ合っているような状態で、どう考えてもおかしい。
私はマイペースに勉強をしているだけだから問題はないけれど、アルヴィン様は人間がこなせる限界を超えた量の書類仕事を日々こなしているのだ。
こんな状況で作業していれば効率も悪くなるだろうと思ったものの、オーウェン曰くむしろ上がっているようで、何も言えなくなってしまう。
「ニナは俺の側にいるの、嫌?」
「いや、ではないですけども」
「良かった。嬉しいな」
そして一番の問題は、私がアルヴィン様の側にいることに何の抵抗もなくなってしまったことだった。
嫌どころか、あの日以来彼の側にいると、やけにほっとしてしまうのだ。一緒に過ごす時間が長すぎるせいで、これが当たり前のようになってしまっている。
「ニナは優しいね。大好きだよ」
アルヴィン様から向けられる優しさや好意が、心地良いと思い始めてしまっていることにも気がついていた。
「……ありがとう、ございます」
歪な家庭で育った私は家族とすら一緒に過ごすことは多くなく、愛情だって向けられたことはなかったのだ。
このままでは、いつかアルヴィン様がいないと駄目になってしまいそうな気がして、少しだけ怖くなった。
◇◇◇
テオとディルクと夕食を取った後、会議が早く終わったというアルヴィン様が部屋を訪ねてきて、私はお茶の準備に取り掛かった。
元の世界で何でも自分でしていた私は、いちいちメイドを呼ぶのは落ち着かない。そのため、お茶くらいはなるべく自分で淹れるようにしている。
ただ、一国の王子様であるアルヴィン様に飲んでいただくような味ではない。
だからこそ、彼と一緒の時にはメイドに頼みたいのに、アルヴィン様は私が淹れたものが良いと言うのだ。
「ねえ、ニナ」
「すみません、お茶はあと1分ほどで──」
「この紙、なに?」
「えっ?」
「ニナの好みの男リストって書いてあるんだけど」
ポットを片手に何気なく振り返った私は、思わず熱湯の入ったそれを放り投げそうになった。
アルヴィン様の手元には、テオがくれた以前くれたものと同じリストがあったからだ。しかもしっかり目を通していらっしゃる様子。
私がテオに貰ったものは、しっかり仕舞ってあるはず。どうしてアルヴィン様の手元にあるのだろう。
「テオから渡された書類に挟まっていたんだ」
「…………」
何でも雑なテオが予備を作ったのは良い心掛けだけれど、管理はしっかりしていてほしかった。考え得る中で一番良くない相手の手に渡ってしまっている。
「へえ、庭造りや魔物の解体が得意で、平民の地味な男か。ニナって、こういう男が好きなんだ」
「あの、それは……」
「俺とは正反対だね」
アルヴィン様はにこにことした笑顔ではあるものの、部屋の中の温度が明らかに下がっていく。
「あの、それは違うんです! 本当に」
「違う? ニナが言ったわけじゃないんだ?」
「私が言ったことではあるんですけれども……」
「そう。事実なんだ」
このままではまずいと思った私は、ひとまずポットをテーブルに置き、アルヴィン様に向き直る。
「上手く言えないんですけど、好みのタイプじゃなく、手を貸してほしいタイプって感じでして……」
「人生の手助けをしてほしい男のリストなんだ」
「いやいやいやいや」
お願いだから、話を聞いてほしい。間違いなく悪い方向に話が進んでいる。人生の手助けとは一体。
「まずは身分を捨てればいい? 髪も暗く染めて、ああ、むしろ顔も変えた方がいいのかな」
「全部必要ありませんから落ち着いてください」
そんなことを笑顔で言われ、眩暈がするのを感じた。
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