変化と温もりと
目を開けると、見慣れた真っ白な天井が目に入った。ぼんやりとして上手く頭が働かず、なんだか思うように身体も動かない。
視線だけを動かせば、ベッドのすぐ側の椅子に座るアルヴィン様と視線が絡んだ。同時に、自分の右手が彼の両手に包まれていることにも気が付く。
「……アルヴィン、様?」
掠れる声で、名前を呼ぶ。アルヴィン様は何も言わず、悲痛な表情を浮かべて私をじっと見つめるだけ。
霧が晴れていくように少しずつ意識がはっきりしてきた私は、地下アジトで意識を失ったことを思い出した。
「アルヴィン様、助けにきてくださって、ありがとうございました」
私の手を握る彼の手を、そっと握り返す。するとアルヴィン様は何かを堪えるように、きつく唇を噛んだ。
宝石のようなアルヴィン様の瞳が、悲しげに揺れる。
「……俺は、礼を言われる資格なんてない」
「えっ?」
「今回も前回も、ニナを守れなかった」
その様子からは、自分をひどく責めていることが窺える。あんなにも早く場所を特定して助けに来てくれたのだ、責めるどころか感謝すべきところだろう。
前回など、あの男しか悪くない。そもそも私が勝手に一人で出掛けて殺されたことに対して、アルヴィン様に悪い点なんてあるはずがない。
そう告げたところ、アルヴィン様はかぶりを振った。
「何より、今回の件は俺のせいだ。すまない」
必死に誰も悪くないのだと訴えても、アルヴィン様には伝わっていないようだった。私はゆっくりとベッドから身体を起こし、アルヴィン様に向き直る。
「アルヴィン様に謝られると、悲しくなります。それに私は今こうして無事なんです。アルヴィン様のお陰で」
「…………」
「助けに来てくれた時、本当にほっとしたんですよ」
そう言って笑顔を向ければ握られていた手を引かれ、抱き寄せられた。アルヴィン様の体温や優しい香りは、私をとても安心させてくれることに気付く。
耳元で「無事でよかった」と呟いた彼の声は震えていて、私は静かにその背中に手を回した。どれほど心配してくれたのかを想像するだけで、胸が痛んだ。
「もう二度と、ニナを傷付けさせないと誓う。あの男も絶対に見つけ出して殺す」
「……アルヴィン様」
「とにかく、ニナはまだ休んだ方がいい。交代で見張りをつけるよ。まずはラーラを呼んでくるから──」
するりと身体を離し、立ち上がったアルヴィン様の手を、私は気が付けばしっかりと掴んでいた。
「ニナ?」
「……え、ええと」
ほぼ無意識だった私は、自分の行動に困惑していた。けれどひとつだけ、分かることがある。
私はまだ、アルヴィン様と離れたくない。彼がこの場を離れてしまうのが、とても寂しいと感じてしまう。
「もう少しだけ、一緒にいてくれませんか」
「大丈夫、すぐに他の人間を呼んでくるよ」
「その、アルヴィン様がいいんです」
そう告げてすぐ、自身が我儘を言ってしまっていることに気が付き、慌てて口を開く。
「ご、ごめんなさい。ずっと付き添ってくださっていたし、アルヴィン様もお休みになられた方が良──」
「ニナ」
名前を呼ばれて顔を上げれば、口元を手で覆い頬を赤く染めたアルヴィン様の姿があって、息を呑んだ。同時に自分の発言を思い出し、顔に熱くなっていく。
アルヴィン様は小さく息を吐き私に向き直ると、ベッドの上に腰を下ろした。熱を帯びた瞳で見つめられ、落ち着かなくなる。
「……ニナは本当にずるいね」
「す、すみません」
「君が許してくれるのなら、ずっと側にいるよ」
「許すも何も、お願いしたのは私ですから」
「ありがとう。……だめだ、すごく嬉しい」
お礼を言うのはこっちだと言うのに、調子が狂ってしまう。けれど、アルヴィン様が笑ってくれて安堵した。
「今日は朝までここにいるから、安心して」
「でも、それだとアルヴィン様が休めないのでは」
「俺は大丈夫だから」
1日中仕事をした上に私を助けに来てくれ、あの男と戦った後、ずっと付き添ってくれていたのだ。顔に出していないだけで、相当疲れているに違いない。
部屋に戻ってゆっくり休むよう伝えるべきなのに、とても寂しいと思ってしまう。いつから私は、こんなにも我儘になってしまったのだろうか。
そしてしばらく悩んでいた私は「あ」と顔を上げた。
「もし良かったら、ここで一緒に寝ませんか」
「え?」
「ベッド、すごく大きいですし」
先日の宿屋のベッドとは違い、このキングサイズのベッドなら二人一緒に眠っても、間にシェリルが2匹くらい入れそうだ。
アルヴィン様は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた後、困ったように微笑んだ。
「お願いだから俺以外の男にそんなこと、絶対に言わないでね」
「は、はい」
「良かった。今夜は一緒に寝ようか」
自分から言い出したことなのに、いざアルヴィン様の口からそう言われると、なんだかそわそわしてしまう。
「支度をしてくるから、少しだけ待っていて」
「分かりました」
「すぐに戻ってくる」
私の頭を撫で、アルヴィン様は部屋を出ていく。
それからすぐに入れ替わるようにラーラがやってきて、彼女は再びきつく抱きしめてくれた。
「本当にニナが無事でよかった。エリカも大丈夫よ」
「よかった。ありがとう、ラーラ」
エリカはまだ眠ってはいるものの、治癒魔法もしっかり効いたようで、何の心配もないらしい。
テオも泣き疲れて眠っているようで、明日起きたら黙っていたことを謝って、たくさん話をしようと思った。
「聞きたいことは沢山あるけれど、今日のところはもう暗い話はやめておくわね。で、今晩はアルヴィンと寝るって聞いたけど、どういうこと?」
「それは、その」
そうしてアルヴィン様が自分の側から離れることに対し、すごく寂しく感じてしまったと話せば、ラーラは「まあ」と開いた手のひらを口元に当てた。
「お前にも乙女なところがあったのね」
「えっ?」
「離れ難くなるなんて、可愛いじゃない。アルヴィンに守られて、流石に意識したのかしら」
よく分からずにいる私を見て、ラーラは薄く笑う。
「なんだか寂しいけれど、アルヴィンは性格以外は良い男だもの。仕方ないといえば仕方ないわよね」
「どういうこと?」
尋ねてみても、ラーラは「あいつのアシストはしたくないから、内緒」なんて言って教えてはくれない。
そうしているうちに、ノック音が響く。
「あら、王子様が戻ってきたわよ。ゆっくり休んでね」
立ち上がるとラーラはまた明日と言い、あっという間に部屋を後にした。アルヴィン様はラーラにお礼を言い、こちらへと向かってくる。
夜着姿を見るのは初めてで、普段とはまた違う雰囲気にどきりとしてしまう。冷静になると一緒に寝ようだなんて、とんでもないことを言ってしまった気がする。
「待たせてごめんね、寝ようか」
「は、はい」
「よく眠れる香を持ってきたんだ」
「ありがとうございます。わあ、いい香りですね」
アルヴィン様の手にあるお香からは優しい甘い花の香りがして、とても落ち着く。すぐに眠たくなりそうだ。
ベッドに座っていた私は、おずおずと再び横になる。アルヴィン様も、人一人分空いたところに横になった。
つい緊張してしまう私を見つめ、アルヴィン様は柔らかく目を細める。
「かわいい」
「そんなこと、ないです」
「ニナが世界で一番かわいいよ」
片手を伸ばしたアルヴィン様は私の長い髪を掬い、指先でさらさらと梳いていく。
そんな仕草ひとつひとつも、まるで好きだと言われているように感じてしまう。
「ねえ、ニナ。抱きしめてもいい?」
「えっ」
「もちろん、それ以上は何もしない」
いつもはそんなことを聞かないのにと思いながらも、無理を言っている側の私はこくりと頷く。するとアルヴィン様は「ありがとう」と微笑み、距離を詰める。
やがて静かに抱き寄せられ、心臓が跳ねた。薄い夜着のせいで、いつもよりずっとアルヴィン様の温もりが伝わってくる。
やっぱり驚くほどほっとして、気が付けば私の口からは彼に対するお礼の言葉がこぼれていた。
「……それは、何に対するお礼?」
「アルヴィン様には沢山良くしてもらっているので」
いつだってアルヴィン様は私優先で、私のことを一番に考えて、私のために動いてくれている。
「当たり前だよ。俺はニナのために生きてるんだし」
「気持ちは嬉しいですが、そこはご自分のために……」
「俺には責任があるから」
責任とは一体、何のことだろう。やがて髪を梳いていたアルヴィン様の手が、私の頬に触れた。
「それに、どうしようもないくらい君が好きなんだ」
「…………」
「絶対にニナを、この世界で幸せにする」
聞きたいことは色々あるのに、アルヴィン様の優しい声や温もり、甘い香りによって瞼が重たくなっていく。
そっと頭を撫でられ、アルヴィン様の声が遠くなる。
「……好きになって、ごめん」
そんな言葉を最後に、私は穏やかな眠りについた。




