07.理由
いつもは賑わう食堂に、今はほとんど人がいない。
静寂のなか、長方形の白いテーブルを前に座って、蛍光灯を見上げながら、とろねえのあたりめを無心で咀嚼し続けていた。
酒の肴を取られ続けたとろねえが、引きつった笑みを浮かべる。
「灰歌。それ私のなんだけど?」
「美味しいから・・・・仕方ないよね」
反省する気などない私を見て、とろねえがため息をついた。
ゆらゆらと酒瓶を揺らしながら、ふと思い出したように言う。
「で、藻さんには会ったの?」
「会ってない」
「えっ、もう治ったって聴いてないの!?」
驚くとろねえに、顔を向けて、平然と答えた。
「何話せばいいのか、わからないから」
まもに、藻の怪我が完治したと聞いた。
だけど私はあれ以来、藻に会ってない。
あのときの私の言葉を、藻がどう受け止めたのか。これからどうするのか。何を選択したのか。わからない。
あの人は、この隊に残るんだろうか。
「灰歌と藻さん、すっげぇギスギスしてたもんな。そりゃあお見舞いなんて行く気になんないか」
「え、バレてたの?」
「だって、藻さんが撃たれる前に、灰歌の怒鳴り声とか2人の会話とか、全部通信にだだ漏れだったし」
知りたくなかった。
がくりと肩を落とした私に、とろねえが笑いながら言う。
「正直、藻さんが撃たれたって聞いたときは、灰歌がとうとう殺ったか!って思ったよ」
「私が殺るなら、首の骨ボキンだよ」
くいっと骨を折るジェスチャーが、ますますとろねえを笑わせた。
アルコールが入ってるからなのか、上機嫌になってる。
「というか身内殺しなんて、とろねえのほうがやりそうだよ。前の任務でくらげが顔に痣つくってたのって、とろねえのせいでしょ」
「ははっ!アイツが先にやって来たんだから仕方ないだろ。それに、本気で殺る気なら、10分後にくらげは木っ端微塵になってるよ」
目が笑ってない。
本気でやりそうだと思ったけど、いつものことなので今更止める気もない。
口の中で、ふにゃふにゃになったあたりめを、噛みながら、じっと考える。
今度会ったら、何を話そうか。
会う前から嫌いあってたから、笑いながら会話できるとは思えない。
あの時の藻は、笑ってたけど。
「でも、撃たれたあと、話したんだろ?そのとき仲直りしたんじゃないの?」
「仲直りっていうか・・・・散々文句いいあって、怒鳴って、笑って、泣いた」
「何その青春ドラマ!?短時間で濃厚な時間を過ごしたな!?」
「ちがうよ!こんな青春嫌だよ!ララ隊長さまにボディーガードやれとか言われるし、大嫌いな奴のお守りさせられるし・・・・!」
あたりめを飲み込んで、とろねえにぐちぐちと思いを漏らす。
「ぜったい、任務中にみんなに怪我させまくった私への当てつけだよ・・・・嫌がらせだよ!もうほんと鬼!悪魔!魔王!!」
「ははは。最後には同意する」
ほんのり赤くなったとろねえが、にっとわらう。
「でもな灰歌。本当に使えない奴なら、あの魔王様は即クビにすると思うよ」
酒瓶を傾けるとろねえに、しかめっ面で答えた。
「どういうこと?」
「嫌がらせじゃなくて、灰歌が一番適任だったから、ボディーガードに選ばれたんじゃないかってこと」
瓶の中身がなくなって、ぽいと空中に投げられた。
ゴミ箱へと落下していく瓶を見送り、ぶすっと口を突き出す。
「嘘だぁ。ボディーガードなんて、強ければ誰だってできるでしょ。くらげとか、とろねえとか、りゃなにだって・・・」
「強ければいいってもんじゃないよ。たとえば、あの組長が、ボディーガードなんて、できると思うか?」
返り血まみれで笑う問題児を思い出して、真顔で首を横に振った。
組長だったら、誤って、敵と一緒に護衛対象も斬りそう・・・・。
とろねえが、肘をついて、諭すように話す。
「ボディーガードをする人間は、自分も護衛対象も守れるくらい、強くなきゃいけない。つまり、二人分の命を守るってことだから、責任は重大だ。そして、自分よりも、護衛対象の命を優先しなくちゃならない。
でも、それだけの条件なら、私や皆だって、藻さんのボディーガードに選ばれる」
「・・・・じゃあ、なんで私が選ばれたの」
酒が入った影響なのか、少し眠たげな目が細められて、静かに声が流れる。
「藻さん、ここに来る前ちょっと色々あっただろ?そのせいで自殺願望を持ってた。
それを灰歌なら消せるって、ララさんは思ったんだろ。
だから、灰歌が藻さんにぴったりだって、判断されたんだよ」
まぁ、全部予測だけどさ。
新しい酒瓶を開けながら、とろねえは言った。
思わず、ぽかんとした顔になる。
嫌がらせじゃなくて、適任だったからボディーガードにされた?
あの隊長が、そう判断した?
とろねえの言葉を反芻して、そこでようやく気がついて、私は不機嫌たっぷりの声を出した。
「・・・・・それ、実際にララが言ってたんでしょ」
きょとんとした後、ぱっととろねえが笑った。
「あはは!ばれたか!なんでわかったの?」
開き直る酔っぱらいに、呆れながら言う。
「藻が死にたがってたこととか、ララに事情聞かないとわからないでしょ・・・・・。それに、予想にしてはあまりにも詳しく言いすぎ」
「うわぁ〜〜〜やっぱ酒入ると駄目だなぁ。ララさんに『なんで灰歌を藻さんのボディーガードにしたの?』って昨日聞いたんだよねー。あ、口止めされてたから秘密な!」
全く気にせずに笑う姿を見ながら、ため息をついた。
ララが言ったらしい言葉に、私は苦笑する。
嬉しいような、なんというか、複雑な気持ちだ。
厄介払いってわけじゃ、なかったのか・・・・。
でも、一つだけ腑に落ちない。
「なんでララは、私なら藻の問題を解決できるって思ったの?」
ん〜〜〜?と言いつつ思案したとろねえが、にやりと笑って、言った。
「『馬鹿と天才は紙一重だからな』って言ってた」
激昂した私を、とろねえがけらけらと笑った。
とろねえの台詞を打ってるとき
「青春」って打とうとしたら
「性春」って出たから
ほんと、とろりげすだなって思った。