05.命令
薄暗い廊下を勢い良く進む。
扉の前に立つと、ここで藻の履歴書を破いた記憶が蘇った。
記憶に浸らず扉を開けると、ララの片目だけの鋭い視線を受ける。
「自分から謝罪にでもきたのか?」
冷たい声を無視して、ララの目の前に立ち、机を叩く。
沈黙のなか、ララを睨みつけた。
「ララ。藻はこの隊にくるまえ、敵に攻め込まれて、味方を犠牲にして助かったって言ってたよね」
「それがなんだ?」
「藻はその事件の後、軍をやめようとしたんでしょう」
「何故そう思う?」
息が詰まって、唇を噛む。
藻は天才だ。
天才だからこそ、みんなに必要とされる。国も藻を必要としていた。
だから、たとえたくさんの人の命を犠牲にしてでも、藻は生かされた。
自分が原因でたくさんの人が死ぬなんて、藻にとっては悪夢だったはずだ。やめたくなるに決まってる。
『嫌なら、やめて、逃げてしまえばいい』
その頭脳を、国が手放すはずがない。
藻は、逃げられなかった。
だから。
「・・・藻は死にたがってた」
撃たれるとわかったあの瞬間、笑っていた。
やっと、逃げられると。
「知ってたんでしょう?」
私の問いに、ララは答えなかった。
それが肯定だとわかって、怒りが湧いた。
私が叫ぶよりも先に、ララが静かに言う。
「『決して死なせるな』と、命令されたんだ。それに従うのは当然だろう。たとえ藻がどう思っていようが、上の奴らが必要としているのはあの頭脳だ。藻の気持ちなんて関係ないんだろう」
「そんな・・・・・・」
紫色の目に、情けない顔をしているであろう私が映される。
「これが、軍だ。私たちはただの道具だ。使えるか使えないか。あいつらはそれ以外どうでもいいんだ」
その言葉に、何も言えない。
なんて、酷い。
撃たれるとわかって笑ってしまうほど、追い詰められた人間を生み出すなんて。
そこまで追い詰めても、逃がしてくれないなんて。
「灰歌。改めておまえに命令する」
動けない私に構わず、ララは冷酷に言った。
「藻を生かせ。たとえ本人が自殺したがっても、止めろ。それが上の意思だ」
承諾も拒絶も出来ず、その場に立ち尽くす。
全身に鉛がついたみたいに、体が重い。
下がれ、と言われて、ゆっくりと部屋からでた。
藻は、腹部を撃たれたけど、すでに治療を受けて一命はとりとめてる。
目が覚めたら、何を思うんだろう。
死ねなかったと、また絶望するんだろうか。
「・・・・・ほんと、嫌な奴」
呟くと同時に、私は真っ直ぐ医務室へ向かった。
終わらなかった。