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縁結びの令嬢はもう結ばない ~王家の縁を全部組んでいた私を追放した結果、誰も結べなくなったそうです~  作者: 早乙女リク


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第1話:断罪されたので、縁結びの仕事はもう辞めます

「ロザリンド・アルシェット。お前との婚約を、破棄する」


大広間の中央で、王太子オルフェウス様の声が響いた。


わたしは、泣かなかった。


泣いたところで、来月に控えたリューベルン王国との同盟婚が、まとまるわけではないからだ。


「聞いているのか、ロザリンド」


「はい。承っております」


わたしは静かに頭を下げた。周囲の貴族たちが、ざわりと揺れる。断罪される令嬢というのは、もっと取り乱すものらしい。あいにく、わたしにはその余裕がなかった。取り乱すより先に、頭の中で勘定が始まってしまうのだ。


(——来月の同盟婚。あれはわたしが二年かけて糸を通した縁だった。北のリューベルン王家と、うちの王家。家格だけ見れば釣り合わないあの縁を、続くものに仕立てるのに、どれだけの下ごしらえが要ったか)


オルフェウス様の隣で、セシリア様が勝ち誇ったように微笑んでいた。男爵家の令嬢。半年前、王太子の目に留まった、真実の愛のお相手。


「わたくし、存じておりますのよ」


セシリア様の細い声が、広間に通る。


「ロザリンド様が、宮廷の縁組を陰で操っていらしたこと。あなたは人と人を、まるで駒のように扱っていらした。心のない、恐ろしい方」


違う。わたしは、駒のように扱ったことなど一度もない。


家格と持参金だけで縁を決めれば、その縁は三年で壊れる。壊れた縁は、家と家の遺恨になる。遺恨は、やがて戦になる。だからわたしは、釣り合いの奥にある相性を、利害を、後々のしがらみまで読んで、続く縁だけを結んできた。


けれど、それを口にする資格を、わたしはもう失っていた。


「その通りですわ」


だから、わたしはそう言った。


「わたしは、王家の縁組を組んでまいりました。同盟婚も、臣下の縁談も、跡目の調停も——ええ、すべて」


「……開き直るのか」


「いいえ。ただ、事実を申し上げているだけです」


セシリア様の顔が、わずかにこわばった。彼女はきっと、わたしがすがると思っていたのだろう。涙ながらに無実を訴え、みっともなく取り乱すと。


そうしてやってもよかった。けれど、意味がない。


(この方たちは、気づいていない。わたしが今この瞬間、王家の縁組から手を引いたことの意味に)


わたしの目には、見えていた。


この大広間に集まった貴族たちの間に張り渡された、無数の糸。誰と誰が結ばれ、誰と誰が反目し、どの縁がわたしの手でかろうじて繋ぎ止められていたか。


その糸が、今、片端からゆるみ始めている。


わたしという要石が、抜けたから。


「王太子殿下」


わたしは顔を上げた。


「一つだけ、お尋ねしても?」


「……なんだ」


「来月のリューベルン同盟婚。あの縁の続きは、どなたが差配なさいますか」


オルフェウス様が、一瞬、言葉に詰まった。


その隣で、セシリア様が胸を張る。


「わたくしがいたしますわ。愛のある縁こそ、本物ですもの。ロザリンド様の冷たい計算など、もう要りません」


「そうですか」


わたしは、それ以上何も言わなかった。


言っても無駄だからだ。リューベルンの縁がなぜ危ういのか、王女殿下の乳母の実家とうちの財務卿がどんな因縁を抱えているのか、それを結び目でどう躱したのか——説明したところで、この方たちには「糸」が見えていない。


見えない人に、糸の話はできない。


「ロザリンド・アルシェット。お前を、ヴェルンフェルト辺境へ追放する」


オルフェウス様の宣告に、広間がまたざわめいた。


ヴェルンフェルト。王国の北の端。縁という縁が切れ、村同士がいがみ合い、跡目も同盟も何十年と滞っていると噂の、荒れた辺境。


縁を組んでいた女が、縁の切れた土地へ送られる。


なるほど、皮肉が利いている。


「承りました」


わたしは、三度目の礼をした。


もう、この王家のために縁を結ぶことはない。命令もしない。すがりもしない。ただ、静かに去るだけだ。


わたしがいなくなったあと、この方たちが誰とも縁を結べなくなっていくのを——わたしは、見届ける必要すらない。


*


馬車が王都を出る頃、雨が降り始めた。


侍女のハンナだけが、わたしについてきてくれた。追放される主人に付き従う侍女など、物好きにもほどがある。


「お嬢様。本当に、よろしいのですか」


「何が?」


「あんなに……あんなに、王家のために尽くしてこられたのに」


わたしは、窓の外を見た。遠ざかる王城。その一室——わたしがいつも縁組の釣書を広げていた小部屋の、灯りのついた窓。


そこには今も、山のように釣書が積まれているはずだ。


わたしが手をつけられなくなった、宙に浮いた縁談の山が。


「ハンナ」


「はい」


「もう、いいの。わたしはもう、あの人たちのためには結ばない」


雨の向こうで、城の灯りが小さくなっていく。


わたしは知らなかった。


この夜、わたしが手を引いたその瞬間から、王家の縁が——同盟も、縁談も、跡目の話も——片端から、静かにほどけ始めていたことを。


そしてわたし自身が、縁の切れたあの辺境で、生まれて初めて「自分の縁」に出会うことも。


まだ、何も。


はじめまして。早乙女リクです。


「縁を組む道具」と呼ばれた令嬢の、静かな仕返しの物語をお届けします。彼女が抜けた王家が、これからどうなっていくのか——そして、縁を結ぶ彼女自身が、どこで結ばれるのか。


次話、ロザは追放先の辺境で「縁談を全部突き返してきた男」と出会います。


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