表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

3・スコール

一ノ瀬夕凪(いちのせゆな)……だっけか。悪いけど一緒に来てもらうよ」

「……誰? というか、行きませんけど」


 人に見られた恥ずかしさからか涙もある程度引いていき、濡れた顔を袖で拭う。


「あーいやいや……勘違いしてんなぁ。来てくださいってお願いしてるわけじゃないの。来てもらうって言ってんの」


 ため息交じりにそう返す女性は、ポケットからめんどくさと小さく呟きながらスマホの画面をこちらに向ける。

 映っていたのは、アパートの部屋の前で深く息を吐く私の姿だった。


『異能――概念省略・リミット解除』


 ここに来る前、能力を使ったその瞬間。周囲には聞こえないほど小さく呟いたはずの言葉まで、映像にはしっかりと乗っていた。

 流石にこれはマズイ……


 原則、保護区域で異能と呼ばれる鵺と戦うための力を使用してもいいのは勇者だけ。

 街中には異能の使用を感知する機器がありとあらゆる場所に設置されており、少しでも使用の兆候を見せただけで内部警備を任されている勇者がすっ飛んでくる。

 もちろん分かっていた。だからこそ、私はそれへの対抗策を講じていた。

 ……だが、こうして映像に押さえられては言い逃れは出来ない。


 ただ同時に、目の前の女性は勇者には見えない。

 こういった公務の際には制服の着用が義務付けられているはずで、スーツ姿で対処を行う勇者など聞いたことは無い。


「あなたの所属は?」

「お、映像見せただけで大体察したね。わざわざ所属を聞くってことは、どうせ私が勇者じゃないってとこまで分かってるんでしょ? なら、腹の探り合いなんて面倒なことは止めて仲良くしようよ、優等生ちゃん」

「……いきなり勇者でもない人間に脅されて、警戒しないわけないじゃないですか」

「脅しって、言い過ぎ言い過ぎ。ちゃんと正式な手順を踏んで、権利を持った上で連れて行こうとしてるって」


 彼女がそう言って胸ポケットから取り出した藍色の革製の手帳には、顔写真や部隊番号と書かれた数字の羅列、そして勇者とは異なる銀色の狼を模した徽章があしらわれていた。

 少なくとも、公務員や勇者関連の徽章は一通り見たことがある。けど、私はその徽章に見覚えが無かった。


「私はスコールの東雲梓(しののめあずさ)。スコールってのは優等生ちゃんみたいな異能持ちの勇者崩れを監視したり、保護区域での異能事件を内密に処理するための国家公認の正義の味方ってわけ」

「それを信じろと?」

「信じる信じないじゃないっての。優等生ちゃん次第だけど、別にこっちだって今すぐに捕まえて牢屋にぶち込もうって訳じゃないんだから、そんなに警戒しないでよ」

「捕まえるつもりじゃないなら、私はどこに連れていかれるんですか」

「質問ばっかだなぁ……めんどくさい。ここで逃げたら勇者に突き出すし、付いて来ればチャンスをあげる、以上。もう何聞かれても答えないからね」


 東雲は気だるそうに話を切り上げ、こちらに背を向けながら通話を再開し始める。

 適当に流された会話の中で一応選択肢は与えられたものの、この状況ではどうやっても逃げられない。

 というか、話をそのまま信じるのであれば逃げれば敵は国になる。そんな度胸は私には無い。


 作戦は完全に失敗し、泣き顔を訳の分からない組織の見知らぬ人間に見られ、異能の使用現場を押さえられ、抵抗のチャンスすら無く連行される。


 泣きっ面に蜂どころの話ではない。あまりに上手くいかなさすぎる。


「よしっ、迎えは呼んだからちょっとおとなしく待っててね。優等生ちゃん」

「さっきからその呼び方、気に障るんですけど。どこまでこっちの事知ってるんですか」

「さっき言ったでしょ、もう答えないっての」

「……ッチ。なら、これだけ。さっきの映像、たまたま撮れたって訳じゃないですよね。私はいつから監視されてたんですか」

「……なんでこの状況で強く出れるかな。まぁ、車来るまで暇だしそれくらいならいっか。

 ――監視は君が勇者試験に落ちた時点から今に至るまでずーっとだよ」


 嘘つけ、と言いたかった。が、やっぱりかと納得してしまう自分がいる。

 たまたま監視されている時に、たまたま異能を使ってしまって、たまたま映像を撮られてしまったなんて偶然があるわけがない。

 最初から警戒されていたのだ。こいつはいつかやらかすぞと。


 訓練を受けた勇者候補がもしも保護区域で暴れれば、異能の内容によっては大規模な災害とそう変わらない。

 監視され続けていた事に対して一切許容は出来ないし、正論だけの理屈やら理由やらで納得できる話ではないが、事前に危険人物をマークしておいて警戒しておくというのは理解はできる。

 私がそれの対象になったことが気に食わないだけで。


「あ、別に今回は部屋にカメラ仕掛けて着替えやらまで覗いたわけでも、盗聴器を仕掛けてプライベートな音声を盗み聞きしたわけでも無いから安心してね」

「……それはよかったです」


 ――この人、今回はって言ったな……

 ということは、場合によってはそこまでされていた可能性まであった訳だ。普通に恐ろしい……てか、勇者試験に落ちただけでそんなことされたら流石にたまったものではない。


 ただ、現に国の予想通り私はやらかしてしまったので、非常に文句が言いづらい。あまりにも立場が弱すぎる。『でも、こっちの見立て通りやらかしたじゃん』と言われればぐうの音も出ない。


 それに、今ここで無駄な不平不満を訴えて反感を買い、この後の内容の分からないチャンスとやらを潰すわけにはいかない。

 相手の機嫌を取るような賢い生き方はもう出来ないが、何をしてはいけないかくらいなら判断できる。

 ……多分。うん、たった今犯罪を犯した身だけど。多分大丈夫。


 それから数分ほど待ち続けていると、黒のハイエースが目の前の路地に止まった。


「お、きたきた。申し訳ないけど、こっから向かう先は秘密基地みたいなもんだから、場所が分からないように特殊な目隠しと耳栓をつけさせてもらうね」

「分かりました。お好きにどうぞ」

「おや、素直。言っとくけど、異能で効果無効化とかしても一発でバレるから止めときなよ」


 ……バレるなら止めとくか。

 図星を突かれ、黙って指示に従う。車から東雲が取り出した目隠しと耳栓を付けた瞬間、視覚や聴覚を含めた五感がほぼ機能しなくなる。異能に近しい力だろうか。

 ただ、唯一東雲が私の手を引いているのは分かる。その感覚を頼りに、前へと歩みを進める。


「よっこいしょ……よし、出していいよ」


 東雲は一ノ瀬を誘導しながら、そのままクルマの後部座席へと座らせると、車は再びエンジンを吹かしながら目的地へと進んでいく。


 ― ― ―

「はぁっ……はぁっ……」


 一般人の避難と被害の確認がようやく終わった頃、藤宮は人混みをかき分け、何かを探すように辺りを見渡しながら路地裏を駆け抜けていた。


 気のせいかもしれない。正直、フードを深く被っていたせいでよく顔は見えなかった。ただ、あの人なら。一ノ瀬さんなら、この騒動に駆け付けてくれる。そんな気がした。


 お願い、間に合って。そんな希望を抱きながら、路地の角を曲がった時だった。

 目隠しをしたターゲットとおぼしき人影が、小柄な女の子と共に車に乗り込む瞬間が見えた。


 待って!


 その言葉を言い切る前に、車は発進してしまう。それに追いつく体力は、もう私には残ってはいなかった。


「あの車……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ