11・潜入開始
保護区域から生存圏の外側へと足を進めれば進めるほど、周囲の装いは勇者一色に似通っていく。
ちらほらと見える一般人は、勇者たちの腹を満たすための飲食業従事者やらインフラを整備するための技術者のみ。
候補生の時に見飽きた光景だが、今となっては懐かしいという言葉すら出てしまう。
勇者区画と呼ばれるこの場所は、言葉の通り勇者の基地やら武器の製造所等々、勇者関連の施設が立ち並んでいる。
人類の生存圏はこの勇者区画が周りをぐるっと取り囲み、その内側に保護区域が存在する形で平和を守っている。
そう、勇者は鵺から人々を守る素晴らしい職であり、尊ぶべき存在なのだ。
だからこそ、勇者に守られている保護区域で勇者をボコボコにして、軍基地に潜入して資料を盗むというのは、背中からナイフを突き刺すようで大変心苦しいわけで。
……いや、所詮は気が乗らない私自身を正当化するための方便にしか過ぎないのだけど。
少なくとも私は、勇者を神聖視していない。
結局は、ただの人だ。私も、彼らも。
その上で、私は勇者にならなくてはいけない理由があるから、私は勇者になる。あくまで地位や名誉ではなく、手段としてしか勇者というレッテルを見たことしかない。
「ね、おねーさん。俺とお茶しようよ。勇者特権で色々サービスしてくれるとこ知ってっからさ!」
「あ、いや、まだ配達が……」
「いいじゃんいいじゃん。そんなの届ける仕事より、俺らと遊んだほうが楽しいって」
――ほら。どんな高尚な職に就こうが、人は人だ。
二人組の男が、一人の女性にしつこくつきまとっている。品のない野良犬のような、下卑た視線。理屈の無い短絡的な思考。
それに怯えるような表情と、配達予定のものであろうパンの入った袋を抱えるように、恐怖で縮こまる小柄な女性。
大通りの影でちょうど誰も気にしないような場所。他の勇者の目のつかない場所で声をかけている辺り、男たちは手馴れているのだろう。
レッテルを振りかざし、他人に迷惑をかける馬鹿はどこにだっている。それは保護区域だろうと、勇者区画だろうと変わらない。
正直、たまたま見かけただけで、彼女を助ける義理など無いのだが、こんなカスが勇者になれているのに心底腹が立つ。
「ほー、是非とも教えてほしいね。その勇者特権を振りかざせる店とやらを。三等勇者なら、どんなサービスをしてくれるんだ?」
「し、士道さんっ?! いや、こ、これは違くて!」
「そ、そうですよ。俺たちはただ、お茶を御馳走しようとしただけで」
「バカどもが。舐めたことばっかしてっから、お前らは五等止まりなんだ。海藤、若草、誠心誠意詫び入れて、さっさと消えろ」
士道の記録を読んだ際に、資料にあった二人組。士道の直属の部下だが、出来は悪く才能もない。
なぜこんな奴らを士道が見捨てないのかは謎だが、模倣した心によると放っておけないらしい。
二人はすぐさま『すみませんでした!』と頭を下げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。私が偽物だとは疑われなかったようだ。
中、外ともに問題なし。憂さ晴らしを含んだ検証が済んだところで『ありがとうございます!』という女性の声を背中に、目的地へと足を進めていく。
「あれが……ね。はっ、東雲は目も腐ったのかしら。ガキのおもりなんてさせられて、困ったものなのよ」
紙袋をガサゴソと漁り、砂糖のたっぷりまぶされた揚げパンを頬張りながら呟かれたその言葉は、一ノ瀬に届くことなく喧騒にかき消された。
― ― ―
「手帳を拝見いたします……はい、問題ありません。どうぞ、中へ」
演習場や武具の保管庫のような建物が立ち並ぶ区画。その中心に佇むのは、白を基調としたひときわ大きい無機質な表情をした軍の心臓、軍基地本部。
警備員に『東雲が士道からくすねていた手帳』を見せ中に入っていく。
すれ違う勇者たちはこちらに会釈をし、私はそれに答えるように『よっ』といった軽い言葉で返す。
想像以上にこの士道という男は好かれているようで、誰もかれもが尊敬の眼差しを向けてくる。
それ自体は問題ないのだが、面倒なのは士道はその思いを無下にしないタイプの人間ということだ。
「よっ、お疲れさん。嫁さんは元気か?」
「最近調子上がってきてるらしいじゃねぇか。このまま頑張れよ」
「なーに落ち込んでんだよ。今週末にでも飲みに行こうぜ、奢ってやっから。話はそこでな」
と、すれ違う一人一人の顔色を伺い、一人一人に適切な『相手が欲しいと感じている言葉』を投げかけていく。
やりたくてやっているわけではない。士道ならこうするを徹底すると、どうしてもこうしなければいけない。
あの子と同じ。他人を思いやり、優先できる人物。
私とは真逆だからこそ、異能による疲労は一層溜まっていた。
このまま長引かせてしまうと、確実にボロが出てしまうため、ゆったりとした歩みを少しだけ早める。
潜入前に頭に入れておいた基地内のマップをなぞるようにして、難なくたどり着いた保管室は、東雲から聞いていた通り警備はおらず、鍵もかかっていなかった。
ぎぃっと少しさびた金属音を立てる扉を開けてみると、少し埃っぽい空気が鼻腔をくすぐる。
部屋は天井まで届くほどの高さのある棚が所狭しと並んでおり、ファイルに挟まれた資料の数々がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
ただ、整理だけはきちんとされているようで、探すのに手間はかからなかった。
『保護区域での鵺による暴動に関する報告書』
これだ。
ファイルの背表紙に書かれた年月日を確認し、目的の物と相違ない事を確認する。
これで、ここに用はない。すぐにでも――
「おやぁ?士道三等勇者。こんな所で何を?」
「……お疲れ様です。凪田一等勇者殿」
後ろから声をかけられ、ビクッと身体が反応してしまう。
振り向き、士道の記録を頼りに言葉を紡ぐが、厄介な相手と出会ってしまった。
事前に仲秋さんから、出来るだけ接触を避けてくださいと言われていた人物が2人いる。
一人は、軍トップの戦力である七星勇者たち。そして、もう一人が――目の前にいる凪田辰巳である。
勇者トップクラスの階級である一等勇者で、なおかつ軍基地全体の管理を担っている人間。こちらは七星とは違って常に軍基地にいる関係で、正直鉢合わせる可能性は非常に高かった。
「その手に持っているのは……先日の鵺騒動の報告書ですねぇ。もう一度聞きましょうか。こんな所で何を?」
凪田は蛇のように細い目つきをさらに細めながら、首を傾げ、顎をさする。
ねっとりとまとわりつくような言葉に込められた圧で、睨まれたカエルのように身体はギュッと固くなり、思わず唾を飲み込んでしまう。
この男の感の鋭さと、疑わしきを追求し切る姿勢は、出会うタイミングによっては致命傷になると釘を差されていた。
加えて、この男――
「またどこぞの汚らしい野犬が、誇り高い勇者の皮をかぶって私の庭を荒らしているじゃないかと……私は気が気じゃなくてですねぇ」
――スコールを誰よりも敵視しているのだ。
それもそのはずで、スコールメンバーの潜入はこれが初めてというわけじゃない。
スコールが潜入する度に、軍基地の管理者である彼が責任を取らされているらしく、並々ならぬ恨みがあるのだとか。
少なくとも、スコールの人間だと知られれば簡単に逃げることは出来ない。
警戒は多少なりともしていた。ただ、相手は一等勇者。警戒のアンテナを高くしすぎれば、すぐにバレてしまう上に、士道らしさが消えてしまう。
出来る限り自然に、と振る舞っていたのが、土壇場で裏目に出てしまった。
こうなったら……事前に考えていた賭けに出るしかないだろう。
「ははは、凪田殿も心労が絶えない様ですね。申し訳ありません。事件解決の一端を担った候補生の藤宮から、事件に関して『話忘れていたことがあった』と、私に相談がありまして、その追記をと」
実際の所、士道は相談なんてされてない。
だが、記録によると士道は候補生の指導を担当しており、藤宮とは上司部下のような関係が築かれているらしい。
ここまでは士道の記録を頼りに事実のみを口にしてきたが、こればっかりは、関係性から導き出したそれっぽいでまかせであり、成功率の読めないギャンブルでしかない。
出来る限り士道の人格に沿って紡いだ言葉に、凪田はふむ、と小さく呟いた。
ただ、顎を擦る手は止まらず、傾げた首は戻らず、疑いの目は一向に逸らしてはくれない。
「なるほどなるほどぉ……確かに、それなら辻褄があいますねぇ……」
「ご安心を。調書が済み次第、すぐに報告書は元の位置に――」
「いえいえ、そこは心配してませんよぉ。ただねぇ……どーしても、私は藤宮さんからあなたに相談があった、という部分が気になりましてねぇ……候補生はこの資料室に入れない規則ですが、致し方ありませんねぇ――入ってきなさい」
凪田は誰かへと呼びかけ、同時に両手をパンパンっと二回叩いて鳴らすと、廊下からコツコツと足音が聞こえ始める。
まさか。ゆっくりと近づいてくるその気配を、私は知っていた。
ギィッという音を立てながら開いた扉の先に見えたその姿に、士道の立場すら忘れて思わず目を見開いてしまう。
窓辺から差し込むふわふわとした光が銀髪を照らす。黒い軍服はそれを引き締めるように、凛とした表情で彼女を包み込んでいる。
藤宮静香。数か月ぶりの直接対面に息が詰まるような感覚と、最後の彼女との思い出が否が応でもフラッシュバックする。
――あぁ、もう。あんたは本当に、いつもいつも私の前に……
ゆっくりとこちらへと近づいてくると同時、私を一瞥した彼女の赤い瞳。
マズイ。そう感じた時にはもう遅く、藤宮の表情が一瞬、目を見開いたまま固まってしまう。
「こちらの士道さんが、あなたから『話忘れたことがあった』と相談されたと言っているのですが……本当ですかぁ?」
「えっ……あっ……」
問いかけられた質問に面食らったように、藤宮はこちらと凪田を交互に見つめる。
――やっぱり気づかれたか。
あからさまに視線が泳ぎ、あっえっ?と漏れ出た感嘆詞を携えながらあたふたしているのだが、凪田はこちらしか意識していないようで、気にする様子は一切ない。
本当にやりづらい相手だ。少しでも意識が逸れればやりようはあるのだが、今のこの状況では東雲に渡された最終手段に手を伸ばす隙すら無い。
緊張で引き延ばされた時間間隔の中でどこかに隙は無いかと必死に探している――その時だった。
「士道さんに相談したのは――本当です」




