10・確認と準備は入念に
「軍基地に潜入って……なんでそんな仕事が私に回ってきたのか、流石に説明が欲しいんだけど」
「しょうがないなぁ。一つは、優等生ちゃん自身も分かってると思うけど、ホクサイちゃんとの異能の相性の良さ」
東雲の言う通り、仲秋さんの能力と私の能力はとんでもなく相性がいい。
仲秋さんの能力で他人の外側を作り、私の能力で内側を模倣する。なりすましという分野に関して、これ以上に無いほどの組み合わせだと言い切れる。
仲秋さんの能力の詳細までは分からないが、なりすまし相手のデータさえあれば、どこにでも忍び込めるだろう。
ただ、聞きたいのはそこじゃない。
その思考を読み取ったかのように、東雲はまぁまぁとこちらをなだめるようなジェスチャーをしながら、次を話し始める。
「んで、二つ目は、優等生ちゃんが聞きたくてたまらないであろう、軍基地に潜入する理由ね。昨日、保護区域で発生した鵺騒動だけど、ちょーっと引っ掛かることがあってさ。対処でバタついてる今のうちに、勇者側で掴んだ情報を盗ってきて欲しいんだよね」
「それって、勇者側に情報を渡せって言えばいいだけなんじゃないの。スコールは国家公認の組織なんだし、国経由でそれくらい出来るでしょ」
「あ……東雲さん、スコールの立ち位置をちゃんと説明してなかったんですね……」
ははは、と苦笑いを浮かべる仲秋さんに東雲は『めんどくさかったからねー』と軽く返す。
自分だけ会話がかみ合わない現状に首をかしげていると、仲秋さんはコホンと咳ばらいをした後に、自身の異能を使用し空中をホワイトボードのように使い、東雲の代わりに説明を再開する。
「一ノ瀬さんの認識通り、スコールは国家公認の組織なんですが、与えられている特権は現行の法で裁かれないって一点だけなんです。そのおかげでスコールメンバーは自由に動けますし、オフィスビル下の地下通路の建設なんかも勝手に出来るんですが、私たちの行動そのものを、国が手助けすることは無いんです」
「……いやいや。法に裁かれないって、もしスコールのメンバーが暴れたり不正を働いたらどうするのよ」
「そうなった時は国が自由に扱える軍隊、勇者様が直々に処罰を下しに来る。私たちも勇者側が保護区域内で不正を働いてる証拠を掴んだら、勇者だろうが関係なく裁く。お互いに相互監視で成り立ってるってわけ」
「ただの犯罪、なら国に任せますが、異能が絡むと対処できる人間は限られてしまいます。それに、もし勇者が結託して国家転覆を企てれば、国は力を失いそれを止められなくなる。だからこそ、私たちスコールがその抑止力として存在しているんです。わ、私は戦闘も苦手なので、他の人に任せっきりですけどね……」
仲秋さんはへへへと謙遜しつつ、宙に浮いた絵の具を近くにあったクロスでふき取っていく。
どこが『国家公認の正義の味方』だ……
東雲との初対面の際に、彼女が言った文言をそのまま真に受けてしまったのが、勘違いの原因だ。
その発言をした主がどんな人間なのかを考慮出来ていなかったのは私にも否が……
……いや、無い。最初からあいつが説明すればよかっただけの話だ。
問題の根源である当の本人は、部屋の隅のロッキングチェアに腰掛け、ゆらゆらと椅子を揺らしながらくつろいでいる。
仲秋さんのいつもの事といったような空気感と、丁寧な説明を聞いた感じ、これまで東雲の適当さに振り回される事も多かったのだろうと、同情交じりの想像をしてしまう。
「……とりあえずは理解できました。ちなみに一応聞くけど、潜入とか無しで、話し合いで平和に解決とかは出来ないの?」
「100パー無理だね。あいつら、私らの事嫌ってるから」
「そもそもが監視しあう対象ですし、今までも今回みたいな施設への潜入を繰り返したり、あとは……東雲さんが結構無茶するので、良くは思われてないですね」
「いやいや、それほどでも」
「なに自慢げに言ってんのよ。褒められるような事じゃないでしょ、この感じ」
はははと誤魔化すように笑う東雲を横目に、私はしぶしぶ手渡された資料に目を通していく。
細かい内容は直近数ヶ月だけだが、それでも出生地や経歴、家系図など、人一人の人生を記したその書類には、膨大な量の情報が含まれていた。
やるしかないか……
ため息とともに迷いを吐き出し、文字をなぞるように読みつつ、人間性を考察していく。
自分自身の自我を押し込め、空いた隙間に男の――士道達也という人格を形成していく。
「人柄は……いや、経歴を見るなら……」
ぶつぶつと思考を口に出しつつ、士道の心の形を形成する。
思考、調整。また、思考。
同時に体を軽く動かす。肉体を観察しつつ、彼ならどう体を動かすか、細かな癖は無いかを洗い出す。
動きは心よりも違和感が出やすい。細かな動作一つ一つをイメージし、脳に叩き込む。
そうしていると、ただの想像でふわふわとしていた輪郭がようやく形作られていく。
「異能――概念付与・存在模倣」
異能によって中身が形作られると同時に、士道の筋肉量などを考慮した仮想の重みや、それを支えるための力などが追加されていく。
脳は作られた肉体を自分の物として認識し始める。
体を含めた状態での模倣なんて経験したことが無いため、今までにない『他人の物が自分の物になっていくような不思議な感覚』はあるものの、動きに支障はなさそうだ。
「……よし。んで、俺はどういう手順で資料を盗めばいいんだ?」
「お、出来たっぽいね。ルートは単純。勇者施設にある保管室から、報告書を盗むだけ。鍵とかもかかってないし、三等勇者が資料を持ち出しても、適当な言い訳で下は騙せるからそこはアドリブで」
東雲に手渡された軍服に着替えつつ、士道の情報と一緒に頭に叩き込んだ軍基地のマップを思い浮かべる。
資料室は地下一階。潜入から脱出まで、上手く行けば三十分程度で終わるだろう。
「仲秋さん。あんたの異能に弱点ってあるか?」
「あ、えっと、水です。私の異能は水溶性で少しでも触れると、触れた部分が溶けて消えちゃいます。一応汗とかは異能の効果で抑えれるので、そこは安心してもらって大丈夫です」
ありがたいことに外はカラッと晴れた快晴。雨の可能性もないなら、水を被るような事もないだろう。
後は模倣による自我を侵される恐怖に精神が持つかどうかだが……ここは耐えると言うしかない。
「本人と鉢合わせる可能性は?」
「大丈夫、大丈夫。そのための準備ってわけ」
東雲は得意げそうな表情で、胸ポケットから携帯端末を取り出す。
映っていたのは、目隠しを着けられた状態で、椅子に縛り付けられ、一切の行動を封じられた、自分と瓜二つの男性の姿だった。
気絶しているのか体はぐだっと背もたれに預けられており、普通に事件の香りがする。
……いや、裁かれないだけで事件ではある。ただ、死んではない。多分だが。
東雲が部屋を離れる際に言っていた準備とはこれのことだったのだろう。
部屋を離れて戻って来るまで、空いていた時間は大体三十分程度。その間に三等勇者を制圧……というよりはボコボコにし、拉致監禁まで行う手際の良さ。
今だけは、ほんの少しだけだが味方で良かったと心から思ってしまった。
思い切りの良すぎる強硬策に頭を痛めていても、東雲は依然としてふふん、と鼻を高くしている。
呆れつつ、というよりは諦めつつ動かした『こいつ、どうにかなりませんか』という私の目線を感じ取った仲秋さんは、苦笑いをしつつバツの悪そうな顔で目をそらす。
「……そりゃあ嫌われるわな」




