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異世界のんびり鍛冶屋『ひっそり暮らしたい刀匠の異世界工房』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第8話 押しかけ弟子は、朝からうるさい

 静かな朝、というものは貴重だ。


 沢の水音が遠くで鳴っていて、森の葉擦れがそれに重なる。焚き火の残り火を起こせば、ぱちりと小さな音がして、仮設の炉の土壁が朝の光を鈍く返す。誰にも呼ばれない。余計な話もしなくていい。ただ火の具合を見て、炭の減りを確かめ、今日やるべき仕事の順番を頭の中で並べていく。


 そういう時間が、俺は好きだった。


 いや、好きというより、それがないと落ち着かない。


 昨日は村へ行って、包丁を渡して、妙に目立ってしまった。食堂で飯まで食わされて、村人の視線も浴びた。悪いことではなかったし、包丁がちゃんと役に立ったのは正直うれしかった。だが、うれしいのと疲れるのは別だ。


 人と話すのは、やっぱり気を使う。


 だから今朝は、久しぶりに自分の拠点へ戻ってきた実感が強かった。


 沢で水を汲み、顔を洗い、火を起こす。炭の乾き具合を見る。昨日持ち帰った塩と布を小屋の中へ置く。ようやく手に入った生活物資を眺めながら、これで少し寝床もましになるか、と考える。包丁一本で塩と布が手に入るなら、やはり道具は偉大だ。


 今日の予定は決まっていた。


 炭を追加で焼く。

 炉壁の一部を補修する。

 余裕があれば、あの妙に重い灰黒色の鉱石を少し試す。

 それから、柱用に残していた木をもう少し整える。


 悪くない。かなり悪くない一日だ。


 そう思っていた。


「たのもーっ!」


 森の静けさをぶち抜くような声が飛んできたのは、朝飯代わりの干した木の実を齧っていた時だった。


 俺は手を止めた。


 聞き間違いかと思ったが、間違いではないらしい。続けて、ざかざかと草を踏み分ける音が近づいてくる。獣ではない。軽い。人の足音だ。


「ここか!? 森の鍛冶屋の工房って!」

「……工房ってほどじゃない」


 思わず返してから、自分で失敗したと思った。


 答えた時点で「ここです」と言ったようなものだ。いや、そもそも隠れる気もなかったが、こんな朝っぱらから人が来るとは思っていなかった。


 木々の隙間から飛び出してきたのは、小柄な少女だった。


 ぱっと見た時の印象は、まず「近い」だった。勢いがある。ずんずんこっちへ近づいてきて、止まる前から目がきらきらしている。年は俺より少し下か、同じくらいか。髪は赤茶色で、肩のあたりで跳ねている。耳が少し尖っていて、背丈のわりに腕と脚がよく締まっていた。


 それから、目が妙に良かった。


 良い、というのは形の話じゃない。視線の走り方だ。普通の人間ならまず小屋とか人の顔とかを見るところを、この少女は一瞬で炉、叩き台、炭置き場、道具台へ視線を走らせていた。しかもただ見ているのではなく、「見て分かっている」目の動きだった。


 それだけで、少しだけ嫌な予感がした。


「おまえが森の鍛冶屋か!」

「……森の、は余計だ」

「やっぱりそうか! 女将さんの包丁を打ったっていう!」

「誰だおまえ」

「よし!」


 よし、じゃない。


 少女は俺の問いに答えるより先に、その場で勢いよく頭を下げた。


「弟子にしてくれ!」


 朝からうるさい上に話が早すぎる。


 俺はしばらく黙って少女を見た。頭を下げたままぴくりとも動かない。いや、細かく見ると足先がわくわくした感じで揺れている。たぶん緊張より興奮の方が強いのだろう。


「嫌だ」

「早っ!?」

「即答で悪いが嫌だ」

「ちょっとは考えろよ!」

「考えた結果だ」


 というか、考えるまでもない。


 弟子。つまり人を置くということだ。それは静かな暮らしと真っ向から相性が悪い。自分の作業場所に他人がいるだけで落ち着かないのに、そこへ教えるだの面倒を見るだのが追加される。想像しただけで面倒だ。


 少女はがばっと顔を上げた。


「なんでだ!」

「静かに暮らしたい」

「鍛冶屋なのに!?」

「鍛冶屋だからだ」

「いや分かんねえよ!」


 こっちだって、なんで初対面の相手にこんな朝から大声で突っ込まれなきゃならないのか分からない。


 少女はむっとした顔のまま、しかしすぐに気を取り直したように胸を張った。


「あたしはリッカ! ドワーフだ! 鍛冶見習い、っていうか見習いにもなれてないけど、鍛冶師になるって決めてる!」

「そうか」

「反応うっす!」

「自己紹介が終わったなら帰れ」

「終わってねえよ! 大事なとここれからだよ!」


 すごい勢いだ。


 言葉数が多い。声が大きい。朝の静けさがごっそり削られていく気がする。俺は早くも頭が痛くなりそうだった。


 リッカと名乗った少女は、帰れと言われたにもかかわらず、まるで帰る気配を見せなかった。むしろこちらを押しのけるように、拠点の中へ視線を這わせる。


「……へえ」


 その「へえ」は、最初の騒がしさとは違う声だった。


 少女の目が炉に吸い寄せられる。次に叩き台の石、乾かしている炭、積んである鉱石、道具台の並び。その視線の流れが、さっきよりずっと遅くなった。


「これ、おまえ一人で組んだのか」

「そうだ」

「この炉、仮設だよな。なのに風の抜け、思ったより死んでねえ」

「……見て分かるのか」

「そりゃ見るさ」


 返ってきた声は、少しだけ低かった。


 俺は眉をひそめる。さっきまでの勢いだけの押しかけ娘だと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。


 リッカは勝手にしゃがみ込み、炉壁の土をじっと見る。触ろうとしたので、反射的に声が出た。


「触るな」

「おっと、悪い」


 言われると素直に手を引っ込めた。


 その代わり、今度は道具台を食い入るように見つめる。小刀、火打石、削った木材、紐、鉱石の欠片。並び方まで見ているようだった。


「……これ、使う順で置いてるのか」

「そうだ」

「炭がこっちで、水がそっち。火からの距離、ちゃんと切ってる」

「見れば分かるだろ」

「分かるけど、分かるようにやってるやつ、そうそういないぞ」


 そこまで言われて、少しだけ返事に詰まる。


 褒められているのかもしれないが、素直にうれしいと言うには相手がうるさすぎる。いや、うるさいわりに見るところは見ているのが、余計に面倒だった。


 リッカは立ち上がると、今度は小屋の方へ目をやった。


「寝るとこ、狭っ」

「寝るだけなら十分だ」

「いや、十分って……」

「その代わり鍛冶場は使える」

「人が住む場所より先に鍛冶場を優先したのかよ」

「当然だろ」


 言い切ると、リッカは一瞬呆れたような顔をしたあと、次の瞬間には腹を抱えて笑い出した。


「ははっ、うわ、ほんとにそういうやつなんだな! 女将さんが言ってた通りだ!」

「余計なことを言ってるな、あの人」

「『無愛想だけど刃物の話になると急にまともになる』って」

「……帰れ」

「まだ弟子入りの返事もらってない!」

「断った」

「断られただけで帰るか!」


 帰ってほしい。


 切実にそう思う。せっかくの静かな朝が、もう跡形もない。炉の前に戻って炭の具合を見る気分も削がれてきた。


「弟子は取らない」

「なんで」

「人に教える気がない」

「じゃあ見て覚える!」

「勝手に決めるな」

「住み込みじゃなくていい! 通うから!」

「通うな」

「なんでだよ!」

「うるさいからだ」

「それ今ちょっと傷ついたぞ!」


 ちょっとで済むなら帰ってくれ。


 俺は額を押さえたくなったが、そうすると負けた感じがするのでやめた。代わりに鉈を取り、積んであった薪の方へ向かう。話しても埒が明かない。こっちは仕事があるのだ。


 ところが、俺が薪の山に手を伸ばすより早く、リッカが目を輝かせてそちらへ飛んだ。


「薪割りか!?」

「違う、運ぶだけだ」

「なんだ、でもやる!」


 勝手にやるな、と言う前に、少女は鉈ではなく手頃な木片を掴み、薪をまとめ始めていた。動きに迷いがない。軽い材と重い材を分け、乾いているものを炉の近くへ寄せ、湿っているものは別に避ける。


 その手際に、俺は少しだけ目を細めた。


「……おまえ、鍛冶屋の家か」

「おっ、分かったか」

「薪の分け方で分かる」

「へへん」


 得意げに鼻を鳴らすな。


 だが確かに、ただの村娘ではないらしい。火を使う仕事場の動きを知っている手つきだ。重さの見分け方も悪くない。見た目の騒がしさに反して、手元はちゃんとしていた。


「親父が鍛冶師だ。村の鍬とか釘とか、あと包丁もたまに打ってる」

「たまに、か」

「うちは刃物専門じゃないからな。でもあたしはずっと鍛冶やりたくてさ」

「親父に教わればいいだろ」

「教わってるよ。でも違うんだ」


 リッカは薪を抱えたまま、珍しく少し真面目な顔になった。


「女将さんとこの包丁、見たんだ。あれ、親父が前に直したことある。でも、おまえのは全然違った。重さも切れ方も、あの人の手に合ってる感じがした」

「……」

「ただ切れるようにしただけじゃないだろ。使うやつ見て打ったろ」


 そこで、俺は返事をしなかった。


 図星だったからだ。


 もちろん、長々と観察したわけではない。だが、あの女将の包丁の握り方、力の入れ方、台所の動き方は少し頭に残っていた。そのぶんだけ、重心や柄の太さを寄せたのは事実だ。


 リッカは薪を下ろし、まっすぐこっちを見た。


「そういう鍛冶、見たいんだよ。教わりたい」

「断る」

「なんでだよ! 今、ちょっといい空気だっただろ!」

「それとこれとは別だ」

「堅っ!」

「静かに暮らしたいんだ、こっちは」

「弟子が一人増えたくらいで騒がしくなんねえよ!」

「すでに騒がしい」


 言うと、リッカは一瞬だけ口をつぐんだ。


 その沈黙に、少しだけ俺は安心しかけた。ようやく諦めるかと思ったのだ。だが次の瞬間、少女はぱっと顔を上げて言った。


「じゃあ、しゃべらなきゃいい!」

「おまえがいちばんしゃべってる」

「……たしかに」


 自覚はあるのか。


 俺は深く息を吐いた。


 正直、困っていた。うるさい。押しが強い。帰れと言っても帰らない。だが、その一方で、炉の見方や薪の扱いを見る限り、まるで素人でもない。少なくとも火を扱う場への敬意はある。そこだけは、ごまかしがきかない。


 職人の目というのは、思っている以上に態度に出る。


 形だけ興味のある人間は、刃物や炉を「すごい」とは言っても、どこがどうすごいのかは見ていない。だがリッカは違った。風の抜けを見た。道具の並びを見た。薪の分け方を迷わなかった。そういうのは、見れば分かる。


 だから余計に面倒だ。


 本気のやつは、雑に追い返すとあとで気分が悪い。


「……今日は帰れ」

「弟子にしてくれるなら」

「しない」

「じゃあ帰らない」

「なんでそうなる」


 俺が頭を抱えかけたその時、リッカは急に「あ」と声を上げた。


「そうだ、これでも見ろ!」


 何を見せるのかと思ったら、腰に差していた小さな鉈のような刃物を抜いた。自作だろうか。形は荒いが、一応刃物になっている。柄の締めも甘いし、刃線もまだ不安定だ。だが、ゼロから作ろうとした跡はある。


「……おまえが打ったのか」

「そうだ!」

「いつ」

「半年前くらい」

「親父の手は」

「借りてねえ! いや、炉は借りたけど! でも打ったのは自分だ!」


 勢いのまま差し出されたそれを受け取り、少しだけ重みを見る。


 出来は甘い。かなり甘い。だが、刃物の形にしたいという意志はある。先端へ重みを持たせたいのか、そこだけ少し肉が残っていた。扱いとしては未熟だが、何も考えていないわけではない。


「……駄目じゃない」

「ほんとか!?」


 顔を輝かせるな。うるさい。


「駄目じゃない、であって、いいとは言ってない」

「でも駄目じゃないんだな!」

「うるさい」

「へへっ」


 へへっ、じゃない。


 それでも、その笑い方は少しだけ子どもっぽくて、さっきまでの押しの強さとは違って見えた。単純に鍛冶が好きなのだろう。好きで、見たくて、学びたくて、勢いのままここまで来た。迷惑だが、分からなくはない。


 俺が無言で刃物を返すと、リッカは大事そうに受け取って腰へ差した。


「な、だから弟子に」

「断る」

「そこはぶれねえのかよ!」

「そこはぶれると困る」


 ようやく、少しだけ諦めたらしい。


 リッカは頬を膨らませたまま、しかし本当に帰る支度を始めた。とはいえ、ただすごすご帰る感じではない。周囲をもう一度ぐるっと見回し、炉の位置を確認し、道の方角を頭に入れている。あからさまだ。


「来るなよ」

「何が?」

「明日」

「なんで分かるんだよ」

「顔に書いてある」

「そんなに分かりやすいか、あたし」

「かなり」

「まじか……」


 そこだけ少し落ち込むな。


 リッカは草の上を二、三歩進んでから、くるっと振り返った。


「でも来るからな!」

「来るな」

「朝早く来る!」

「やめろ」

「薪持ってくる!」

「いらない」

「じゃあ鉱石!」

「勝手に決めるな!」

「また明日!」


 最後までうるさかった。


 少女はそのまま森の道を駆けていき、やがて足音が遠ざかる。静けさが戻る。戻るはずなのに、さっきまでいた声の残響みたいなものがしばらく耳に残って、妙に落ち着かなかった。


 俺はその場に立ち尽くし、しばらく森の方を見ていた。


 炉は変わらずそこにある。道具も同じ位置だ。小屋も静かだ。なのに、ほんの短い時間あいつが暴れ回っただけで、拠点全体の空気が少し変わってしまった気がする。


 ため息が出た。


「……面倒なのが来たな」


 口ではそう言いながらも、完全に嫌というわけでもない自分に気づいて、さらに面倒になる。


 うるさい。押しが強い。朝から騒がしい。

 だが、鍛冶を見る目だけは本物だった。


 それが、いちばん厄介だ。


 俺は額を押さえ、頭を軽く振ってから炉の前へ戻った。炭の状態を見て、火床に手を入れる。やることは変わらない。変わらないはずだ。そう自分に言い聞かせる。


 けれど、たぶん明日の朝は、もう今日までみたいな静けさでは来ない。


 そんな予感だけは、やけにはっきりしていた。

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