第14話 弟子ではないが、勝手に炭は焼く
翌朝も、リッカはいた。
もう驚かない。驚きたくない。驚いたら負けだと思う。
工房の前に出ると、赤茶色の髪を朝日に照らしながら、ドワーフ娘はしゃがみ込んで薪の山をいじっていた。昨日と同じく、勝手に。しかも今日は、ただ薪を分けるだけではなく、細薪と太薪の間にさらに中くらいのものを挟んで並べ替えている。
「……何してる」
「見りゃ分かるだろ。朝の火起こし用」
「昨日言ったはずだ。余計なことはするな」
「余計じゃない。必要なことを勝手にしてる」
「それを余計って言うんだよ」
振り向いたリッカは、まるで褒められたみたいな顔でへらっと笑った。腹立たしい。
だが、並べられた薪を見て、俺は一瞬だけ言葉に詰まる。
悪くない。
むしろ、かなり分かっている並べ方だ。太さの段がついていて、湿り気の残るものは奥へ、乾いたものが手前。火を繋ぎやすい順番になっている。昨夜の炭の残り具合まで見た上で、朝に必要なぶんを考えた並びだった。
「……誰に教わった」
「だから言っただろ。親父のとこ見てたって」
「見てただけで、ここまでやるか普通」
「勝手に触るなって何回も怒鳴られたから、逆に覚えた」
それはなんというか、覚え方が力技すぎる。
俺は水桶を下ろして炉の前にしゃがみ込み、灰を寄せた。昨日の火種はまだ生きている。そこへリッカが並べた細薪を一本入れてみると、火の拾い方が素直だった。
使いやすい。
認めたくはないが、使いやすい。
「な?」
「何がだ」
「今、ちょっと感心しただろ」
「してない」
「した顔してた」
「顔を読むな」
「読みやすいんだよ、おまえ」
読みやすいのはどっちだと言い返したくなったが、面倒なのでやめた。朝の言い合いで消耗しても仕方がない。
火が落ち着いたところで、俺は炭の山へ目をやる。昨日焼いたぶんがもう少し欲しい。炉壁も一部補修したいし、近いうちにもう少し大きめの仕事をするなら、炭の備えは多い方がいい。
そう考えた時、隣からずいっと顔が寄ってきた。
「炭焼くのか?」
「……近い」
「焼くんだな?」
「焼く」
「手伝う!」
「いらない」
「でもあたし得意だぞ」
「自分で言うな」
「ほんとだって!」
うるさい。だが、得意だというのはたぶん嘘ではないのだろう。昨日の薪の扱いを見れば、それくらいは分かる。
俺は立ち上がり、炭焼き用に取っておいた木材の方へ向かった。硬さのあるもの、火持ちのいいもの、割るときれいに繊維が出るものを選ぶ。炭はただ木を焼けばいいわけではない。何を炭にするかで、火の質が変わる。
リッカはその後ろについてきて、しゃがみ込んで木口を覗き込んだ。
「これとこれは?」
「そっちは火の立ち上がりはいいが、持ちが少し軽い。こっちは逆」
「じゃあ混ぜる?」
「場合による」
「今は?」
「……今は混ぜる」
答えた瞬間、自分で少し嫌な顔になった。
今、普通に会話した。しかも仕事の段取りについて。こいつに教えるつもりなんてないのに。
リッカはそんな俺の内心など気にも留めず、ぱっと顔を明るくした。
「よし、じゃあ分ける!」
「待て。勝手に全部触るな」
「なんでだよ」
「木口の乾き見ろ。こっちはまだ少し重い」
「……あ、ほんとだ」
「炭にするならこっちは後だ」
そこまで言ってから、また自分の口が余計に動いているのに気づいた。
リッカはにやにやしている。
「今の、完全に指示だったな」
「違う」
「違わない」
「独り言だ」
「すげえ親切な独り言だな」
「うるさい、手を動かせ」
言ってから、しまったと思う。
手を動かせ、ではない。完全に仕事を振っている。
だがもう遅い。リッカは元気よく「はい!」と返事をして、さっさと木材を分け始めていた。しかも俺が言った通り、木口の乾き具合を見て選んでいる。覚えが早い。
くそ、やりにくい。
俺は炭焼きの場所を整えながら、小さく息を吐いた。地面の浅い窪みに材を組み、空気の通り道を考えながら重ねていく。完全な窯があるわけではないので、こういう細かな組み方で燃え方を制御するしかない。
「そこ、詰めすぎると駄目だぞ」
「分かってる」
「いや、見た感じちょっと――」
「分かってるって。ここ抜くんだろ」
「……そうだ」
返しが正しいのが腹立たしい。
リッカは本当に、火を扱う場で育ってきたのだろう。木の重ね方、空気の逃がし方、土のかけ方。細部はまだ粗いが、考え方はずれていない。見よう見まねだけでここまで来たなら、素質はある。認めたくないが、ある。
炭焼きの準備が進むにつれ、リッカの声も少しずつ落ち着いていった。
作業に入ると、こいつは意外と静かになる。
木を置く手元。
土をかける量。
煙の出方を見る目。
朝から騒がしい押しかけ娘と、火の前で黙って手を動かすその横顔が同じ人間とは思えない。特に、煙の色を見て小さく眉を寄せる時の表情は、本物の職人見習いの顔に近かった。
俺はその横顔を一瞬だけ見て、すぐ目を逸らした。
こういう時に変に認めると、あとで面倒になる。
「……おまえ」
「ん?」
「土、もう少し薄く」
「このへん?」
「そうだ。そこは火が死ぬ」
「了解」
また指示を出してしまった。
いや、今のは指示ではない。事故を防ぐための最低限の修正だ。そういうことにしておく。
リッカはそんな俺の言い訳めいた沈黙を知ってか知らずか、素直に土を調整した。火の通りを見て、上から押さえ、少しだけ空気を逃がす。ぎこちなさはある。だが、雑ではない。
炭焼きに火を入れると、しばらくは目が離せない時間になる。
煙の量。
色の変化。
熱の回り方。
どこから漏れるか。
リッカは俺のすぐ隣でしゃがみ込み、真剣な顔でそれを追っていた。さっきまでの大声はどこへやら、今は必要なことしか言わない。
「白いな」
「まだ水分が多い」
「いつ締める」
「もう少し抜いてから」
「先に閉じると?」
「生焼けになる」
「なるほど」
頷くのが早い。
そのまま少し時間が経つ。森は静かで、火と煙の気配だけがゆっくり流れていく。こうしていると、こいつが横にいることを忘れそうになる。いや、忘れたいだけかもしれない。
不意に、リッカが小さく言った。
「……やっぱ、いいな」
声が静かだったので、聞き返す気にもならなかった。
「何が」
「火の番してる時間。親父んとこでも好きだった」
「……そうか」
「みんな鍛造の方ばっか見たがるけど、あたし、こういう地味な時間も好き」
「地味なのが好きなら、なおさら弟子はいらない」
「なんでそこに戻るんだよ!」
静けさが三秒しか続かなかった。
だが、その三秒で分かったこともある。
こいつは派手な鍛冶の瞬間だけに飛びついているわけじゃない。炭焼きや薪の選別みたいな地味な下仕事も、ちゃんと面白がっている。それは、火を扱う人間としてはかなり大事だ。
……認めたくはないが。
炭焼きが落ち着き、煙の変化を見て締めに入る頃には、日はだいぶ高くなっていた。
リッカは額に汗を浮かべながらも、妙に満足そうな顔をしている。俺はといえば、朝からずっとこいつに調子を乱されて疲れていた。だが、その疲れの中に、ほんの少しだけ仕事がうまく進んだ手応えが混じっているのが厄介だった。
実際、進みはいい。
一人でやるより早い。手元が増えた分、火を見ながら別のこともできる。口がうるさいのを我慢すれば、だが。
工房の前へ戻ると、リッカは両手を腰に当てて炭焼き場を見回した。
「うん、いい感じ」
「言うほどおまえの手柄じゃない」
「でも半分はあたしだろ?」
「半分もない」
「三分の一?」
「五分の一」
「刻むなあ!」
刻みたいのはこっちの平穏だ。
俺は道具台へ向かい、次の仕事のために小刀を手に取った。柄材を少し削るつもりだったのだが、背後から気配が離れない。分かっている。視線が刺さっている。
「……何だ」
「見てていい?」
「勝手に炭焼いてたんだから、今さら聞くな」
「おっ、それ許可?」
「違う」
「どっちだよ!」
結局、リッカはすぐ横ではなく、少し離れた椅子に腰掛けてこちらを見始めた。前より距離を取っているぶん、少しは学習したらしい。そういうところだけ変に素直だ。
俺は柄材を削りながら、時々リッカの方を見た。
目が真剣だ。
手元をちゃんと追っている。
刃の当て方、木目の見方、削る順番、全部を目で拾おうとしている。
ああいう目は、簡単にはごまかせない。
鍛冶を少しかじっただけの人間なら、「すごい」で終わる。だが本気で見ている人間は、何をどうしているかまで食い入るように追う。リッカの目は後者だった。
だから余計に面倒だ。
もし本当に素質がなくて、火遊び感覚で騒いでいるだけなら、もっと冷たく突き放せた。でも、火の見方も薪の分け方も炭焼きも、少なくともまるきり駄目ではない。むしろ、素地がある。
それが分かってしまうと、邪険にしきれない。
「……そこ」
気づけば口が動いていた。
「ん?」
「見てるなら、木目も見ろ。逆から削ると欠ける」
「おお、はい」
「あと刃は立てすぎるな。今の材だと食い込みすぎる」
「はいはい」
「返事が軽い」
「いや、今すっげえ真面目に聞いてる」
「ならもっと重そうに返事しろ」
「注文多っ!」
自分で言っていて、もう完全に仕事を教える側の口になっている気がした。
違う。これは弟子に教えているのではない。ただ、変なところで木を駄目にされるのが嫌なだけだ。そういうことにしておく。
昼近くになるころには、工房の前には新しい炭が並び、薪も整理され、柄材の削りも進んでいた。朝の騒がしさを考えれば、かなり仕事は進んだ方だ。たぶん、一人より早い。
それを認めたくないので、俺はできるだけ無表情を保った。
すると、リッカがにやりと笑った。
「なあ」
「何だ」
「これ、もう半分弟子だよな」
「違う」
「仕事したし」
「勝手にしただけだ」
「教わったし」
「独り言だ」
「指示もされたし」
「事故防止だ」
「一緒に炭焼いたし」
「手が足りなかっただけだ」
「じゃあ四分の一弟子?」
「一ミリも弟子じゃない」
「否定が強い!」
俺は全力で顔をしかめた。
「弟子ではない。勝手にいるだけだ」
「でも役には立ってる」
「……それは」
「それは?」
リッカがぐっと顔を寄せてくる。
うるさいし近いし面倒だ。だが、ここで完全に嘘をつくのもまた腹立たしい。朝から一緒に炭を焼いて、それで何の役にも立っていないとは言えない。
だから俺は、ものすごく嫌そうな顔のまま言った。
「……手際は悪くない」
「よし!」
「褒めてない」
「半分褒めてる!」
「弟子ではない」
「でも半分だろ?」
「違う」
「じゃあ見習い未満のさらに半分?」
「細かくするな!」
リッカは笑い、俺は深いため息をついた。
静かな暮らしは、今日も少しずつ遠ざかっている気がした。
だが、その遠ざかり方が思ったより仕事の進みと結びついているのが、いちばん面倒だった。




