File36.空白の記憶
──前回のあらすじ──
2人のいた廃屋が消え、真神類や警察にとって、白龍の怪物に関する一切を振り出しに戻された現実。
そんな最中、一縷の望みにかけ、バイクを走らせた誠良は、変わらぬ日常を送る明大と遭遇を果たすのだった。
ぼんやりと、覚醒しているかも定かでない意識。さながら夢現か、眼の前の光景と裏腹に、俺の思考はゆっくりと進む。
──たしかに見たのは、惨殺された華奈子さんの姿。これは夢だ、と。そう思い込んで、また夢の中へと足を踏み入れる。
ここが夢の中とはいえ、彼女を殺したのだ。慈悲など与える必要も無い。俺は、襲い来る敵をいなし、拳を振るっては沈黙させ。新しく出てきた黒い敵を相手にしようとして、不意に割り込んだ声に──姿に、その足を止めざるえなくて。
「───っ、かな…こ、さ…なん、俺…?っ!?」
朦朧としていた意識が、急激に覚醒する錯覚。
これは現実だ、と。本能がそう告げる最中、眼前に立った彼女─華奈子さんの瞳が、反射した景色を映し出す。
炎の中に立つ、白い龍にも似た怪物。いつか見た、忌々しい姿…光景。
パチっ、と。火花が一つ弾けて、振り上げていた腕が、視界に入る。
──違う!
見えるのは、白い怪物の腕。
──嘘だ!
手に残るのは、他者を屠った確かな感覚。故に。
──俺が、怪物なわけがない。
無意識に後退りして、否定しようと首を振る。
覗き込む華奈子さん。その表情に…彼女に、何が起きたかを思い出して。
──俺はまた、世界を破壊した。
ーーー
パチリと目が覚めて、カーテンの隙間から差し込んだ光が、俺の意識を覚醒させる。
いつもと同じ朝。まだ温い、隣に残った彼女の体温を確かめて。俺はそっと、ベッドを降りる。
「おはよう、明大さん」
食欲をそそる匂いと共に、鼓膜を震わせる愛しい声。
ただ一瞬、俺は誤魔化すようにカーテンを開け、なんてことないように口を開ける。
「おはよう、華奈子さん」
いつものように、挨拶を笑みと共に交わし合う。
──そんな、いつも通りの朝。で、あるはずなのに。
「──っ!」
「ちょ──明大さん、急にどうしたの…!?」
脳裏に過った記憶。たまらず一歩踏み出しめ、壊れないように、彼女を抱きしめる。
たしかに感じる体温。柔らかく、壊れてしまいそうな身体。聞こえる彼女の心音が、その生命をここに主張していて。
「──よかった…本当に…」
崩れ落ちた足元。俺は縋るように、なんとか声を絞り出す。
夢の中で見た、幾度となく目にした彼女の亡骸。それは、病院で目覚めたあの日から、幾度となく華奈子さんが殺され、その度に怪物となった、俺自身のことであって。だからこそだろう。愛する彼女が、ただそこにいるというだけで。荒ぶりかけた心が、どうしょうもなく歓喜の声を上げる。
「…大丈夫よ、明大さん。──貴方がいる限り、私はずっと、離れたりなんかしないから」
しばしの沈黙の後。そんな声と共に、彼女腕が回される。
頭を過った記憶。幾度となく、現実であることを否定した、事実の数々。所詮は夢だ、都合の悪い悪夢だ、と。そう決めつけようとするには、思い出しすぎていて。
だからこそ、自分が──そして、白龍の怪物が何者か、今一度向き合う必要がある、と。
「華奈子さん、俺は…」
「──知ってるよ。ずっと、ずっと前から」
なんだって知ってるんだから、と。俺の言葉を遮って、頭を撫でてくる華奈子さん。理屈でもなく、純粋で、偽りの無いその声は、最早麻薬も同然で。
ただ、確かな温もりの中。ゆっくりと倒れ込む彼女に、俺はこの身を預けた。
ーーー
あの日から1週間。襲われることも、逃走劇をすることも無く、過ぎ去っていった日常。
いつものように、華奈子さんを見送った俺は、ふとカレンダーを確認して。そこに書かれた日付を、自らの脳裏に焼き付ける。
記憶にある限り、俺が一度壊した、誠良達と対峙した日。夢の中でもなく、俺達はたしかに襲われ、逃げた。そう、逃げたはずだったんだ。──華奈子さんが、死ぬ光景を見るまでは。
いつもの動線をなぞって、外出の支度を揃える。
なんでもない1日であってほしい、そう願ったのは確かで。繰り返された1週間を思い返して、玄関の扉を開け放つ。
何事も起きることの無かった、綺麗なままの街並み。人も、構造物も、何もかもいつも通りで、まるで怪物がいなかったかのような、そんな平穏な風景。…ある意味、俺が目覚める前の世界の、その延長線。
連なる影が短くなった頃。無意識に向かった足は、ふとその動きを止めて。眼前に立つアパートが、俺の視界に映り込む。
「やっぱり、そういうことか」
言い聞かせるように呟いて、ポケットに入っていた鍵を、静かに握りしめる。
ここは、俺が入院前に住んでいた社宅。…それも、目覚めた時には既に、焼け跡の残る廃墟であったはずの場所。
どうして今になって、ここにいるのか。復元しているのか。…それは、一応心当たりがあるけどさ。だからこそ、人のいないここは、より一層不気味に感じられるわけで。
「──あくまで副産物…ってわけね」
自分で納得して、言い聞かせるように呟いてみる。なんとなくだが、俺にできること…やってきたことがわかった気がする。
兎にも角にも、これは僥倖だ。思い出すことのできなかった、過去3年にわたる空白の記憶──その手掛かりが、完全に復元されているのであれば、の話だけど。
カチャリ、と。鍵の開いた音がして、『田辺』と表札のある一室へ足を踏み入れる。
…これがいつの状態を保っているのか、それはまだ定かではないが。俺の目の前には、荒れ果てた空間が広がっていた。
ーーー
自分の部屋を漁り終え、既に陽が傾きかけた頃。いくつかのモノを物色──いや、元々俺のものだったら「持ち帰った」が正しいのか?まぁとにかく、いくつかめぼしいモノを鞄に詰めて、俺は社宅を後にする。
結局のところ、一通り漁っても俺の記憶を埋めるほど真新しい情報は見つかっていない。が、しかし。
「…進展はあったはずなんだ」
ポツリと呟いて、見慣れた街並みを歩く。
社宅内で見つけたものは、基本的に家具とかばかりだった。ただ、山積みになっていたそれらの中で、偶然見つけた小箱と、破れた紙切れを見た、あの瞬間。強烈な目眩と吐き気に襲われて。なんとかこと無きを得たものの、生きた心地がしなかった。
…まぁ、そんな紙切れは読めないし、小箱も中身は空だったんだけどな。それでも、他のものとは違う、俺の記憶にまつわる重要なピースな気がして、鞄に詰め込んでしまったが。
「はぁ…」
無意識に出た溜息が、人混みに呑まれては消えていく。
今起きている、まるで繰り返されたかのような日常。そして、夢の中だと思い込もうとした、脳裏に焼き付くあの姿。1週間過ごして分かったことといえば、華奈子さんは、ずっと知っていたということだけ。──そう、俺の記憶や身体のことも、全部。
───ゴーン、ゴーン、と。
不意に聴こえた鐘の音が、俺の鼓膜を震わせる。17時を知らせる、某教会の放つ慣れ親しんだ音。
習慣というのは、きっと無意識に働きかけるのだろう。だからこそ、宛もなく彷徨っていた足は、見慣れた街並みを映し出す。…気付けば、俺は華奈子さんの職場近くへ到着していたらしい。
「──もう、そんな時間か」
いつもなら意図して向かっている、華奈子さんを迎える時間。そんな自分の呟きは、俺があの部屋にどれだけ囚われて、拘束されていたかの表れだろう。…まぁ、言い方を変えれば時間を忘れて集中していたとも言えるけど。
兎にも角にも、今は情報が必要だ。こうして鮮明に思い出した以上、俺がオリジナルであることは、紛れも無い事実だと受け入れる他無いし。他の可能性を考えても、結局ソレ以外では辻褄が合わないからな。…尤も、どうやって怪物に変身すればいいのかとか、その辺の因果は俺自身わからんが。それでも、思い当たる条件はちゃんとある。
──だからこそ、どのみち華奈子さんから話を聞かないといけない。
俺が、どのように怪物へと成って。
俺が、どうして記憶を失っていたのか。
足が、そんな俺を動かそうとして、不意に掴まれた腕が、そんな体を引き留める。
「アンタに聞きたいことがある。…明大」
何処か俺に近いような、そんな気配。
1週間ぶりに聞いた声。これを久々だと感じたのは、きっと気の所為じゃないだろう。…でも、だからこそ。振り返り、対面した彼の顔を前にして、気が緩んだのかもしれない。
──佐倉誠良。
俺の恋人の弟にして、正真正銘の正義のヒーロー。故に。
怪物であると自覚した俺は、そんな彼へと向き直った。
名前:佐倉智代子 (26)
性別:女
備考:華奈子の双子の妹であり、誠良の姉。
頭がよく切れ、巷では敏腕美人探偵と騒がれている。…が、その私生活は華奈子、或いは誠良がいないと生活ができないほどズボラなどこにでもいる暴虐無尽気味な姉。他姉弟と同様、特定のものに固執しやすい性格。
明大の幼馴染であるが、華奈子とは異なり、そのことを再び忘れてしまった。
☆─改変条件─★
前提:オリジナル(=明大)が心の底で切望、或いは『そうである』と定めた状態を逸脱した際に起きる現象。
1.デモルフィネに関連するモノは、改変の影響を受けない。
2.上記の存在が既に過去のモノであった場合、ソレが無かったものとして因果が結び付く。(無かったものとして処理される)
3.???????
※本話の場合、上記1に該当するノックオフが死んだ状態での改変であった為、ノックオフに関連する全ての因果(=華奈子が襲われたという事象)が、7日前を含む過去の地点において、起こり得ることが無いものとして処理された。




